翌日は盆の入りということで、家族で近くの墓地に行ったりした。父方の祖父祖母は俺が学生の頃に揃って亡くなっていて、二人を迎えに行くみたいな感じだろうか。
母方の祖父祖母は健在だが、挨拶に行くのは明後日らしい。
墓地から4人で揃って家に向かって歩いていると、向かいから3人の女の子が歩いてくるのが見えた。私服だが高校生くらいの子たちのようだ。この辺でそんな子たちが歩いてるのは珍しい……思っていたのだが、その子たちの顔を見て俺は「ぶふっ」と吹き出してしまった。
「あっ、相羽先生こんにちは!」
「こんにちは相羽先生」
「相羽先生、その、すみません……」
最初のは笑顔の小動物系ツインテール女子双党、2番目は目に光のない無表情な新良、最後ちょっと申し訳なさそうな顔をしているのが青奥寺だ。
「あ、ああ、こんにちは。っていうかどうしたんだ一体……?」
俺が聞くと、双党が腰に手を当てて頬を膨らませた。
「どうしたじゃないですよう。約束しましたよね、夏休みに先生の家に挨拶に行くって。忘れたんですか?」
「いや、覚えてはいたけど、半分冗談だと思っててな? それに皆も今日あたりは家族と……」
と言いかけて、双党は両親がいないらしいことを思い出した。新良もお盆とかは関係ないし、青奥寺くらいか、お盆は家にいた方がいいだろうなんていうのは。
「まあ、私たちもちょっとお盆はマズいかな~とは思ったんですけど、でもこの時期以外先生もご実家に帰らないじゃないですか」
「いやまあそうだけど。だからって来る理由あるのか?」
「先生にはメチャクチャお世話になってるんだからあります! 是非ご家族にもお礼をさせてください!」
う~ん、もとはそんな理由で来るって話じゃなかった気もするが……いや、もとからそういう話だったのか? それなら彼女らも随分義理堅いということにはなるか。
俺たちがそんなことをしゃべってると、母が横から入ってきた。
「ねえ走、雰囲気からすると彼女たちは学校の教え子さん?」
「担任してる子たち。ちょっと個人的にいろいろ面倒を見ることがあって、それでお礼を言いに来たらしい」
「それって学校には伝わってること?」
「それは大丈夫。校長直々に面倒みてくれって言われてるから」
「私立だとそういうこともあるのかしらね。それならいいけど」
まあ教員としては教師をやってる息子が担任してる生徒と個人的に仲がいいなんて気になるよなあ。まあ校長公認なのも嘘ではないので、安心はしてもらいたい。
「それで彼女たちも、昨日の青納寺さんと同じで、家に来てお礼を言いたいらしいんだけど……」
「えっ!? 師匠が来たんですか!?」
俺の言葉に耳聡く反応したのはやはり青奥寺だ。双党も「先を越されたか~」とか言っていて、新良も「意外と抜け目がない」などと評している。
「偶然電車で一緒になってね。実家が駅一つ隣だったんだ」
「確かにそうですね。でもまさか師匠がそんな行動にでるとは思いませんでした」
「まあそれは俺も同じ意見かな」
などとうなずいていると、妹の巡が脇腹をつついてきた。
「ちょっと走兄ぃどういうこと? もしかして教え子に手を出してるの? しかも私と同じくらいの歳だよね?」
「手なんか出してないっての。ああもう、とりあえず家に帰ろう。しょうがないから青奥寺たちも来い」
ともあれ通りで何かしてるとご近所の目が怖いので、俺は無理矢理話を進めることにした。
「なるほど、皆さんの家の仕事を走が手伝っているんですか。それは結構なことですね。身体だけは私と違って丈夫ですから使ってくれて大丈夫ですよ」
家のリビングで3人の話(内容改変済み)を聞くと、父はそんなことを言ってはははと笑った。さすが現役社畜、息子が余計な労働をしていること自体にはなんの疑いも持たないらしい。
「担任ならクラスの生徒のために色々するのは当たり前のことですからね。それにこんな可愛らしい、アイドルみたいな娘たちに頼ってもらえるなら走も本望だと思いますよ」
なんだよ「本望」って。母も社畜……いや、こっちは学畜か? 聞いたことない言葉だが。
「ねえねえ、かがり先輩たちから見て走に……兄ってどんな感じですか? ちゃんと先生できてますか? できてないと思いますけど、って甘い!」
ふざけたことを抜かす巡に俺は背後からげんこつをくれようとするが、寸前で避けられる。ほう、勇者の気配を察するとはなかなかだ。
「相羽先生は臨時の担任の先生なんですけど、1年目の先生とは思えないくらい頼れる先生だと思います」
「ちょっと私には厳しいんですけど、いい先生だと思いますよ~。クラスの皆も普通に頼りにしてる感じですから」
「一度学校に不審者が入って来た時も、先生が取り押さえてくれました。初等部でも中等部でも有名です」
青奥寺はさすがにそつのない答えを返し、双党もまあ悪くない感じで、新良は俺の新たな情報を付け加えてくれた。
特に最後の情報で、父母と、特に巡が目を丸くした。
「ええっ、走兄ぃそんなことしたの!? それって新聞とかに載った?」
「いや多分ニュースにはなってない。女子校だし、そういうのが話題になるのはちょっとな」
「ああそうかあ。でも女子の前で活躍したって、ちょっとそれってアレじゃない?」
「なんだアレって」
「まさかのモテ期到来」
「そんなん一瞬で消えたわ」
「一瞬はあったんだ?」
「あったっぽいな。話に聞いただけだが」
「なんだつまんない」
兄妹でアホな言い合いをしていると、双党が物珍しそうな目で見てくる。
「先生って巡ちゃんと仲がいいんですね。高校生の妹さんがいるなんて聞いてませんでしたけど」
「別に言うことでもないからな。それにこいつバカだし」
巡が脇腹にパンチをしてきて、俺の腹筋の硬さに驚いた顔をする。バカめ、勇者の物理防御力をなめるなよ。
「ところで相羽先生って家ではどんな感じなんでしょうか? 私たちすごく興味があります」
「どうということもないというか、部活だけやってる感じでしたかね。勉強は特定のものだけ得意だった感じ、だよな?」
なぜか疑問系な父。成績はちゃんと見せていたはずなんだが?
「彼女とかは?」
「兄にはそういう人は全然いなかったから大丈夫ですよ。あっでも昨日怪しい人を連れてきてました」
「それは私の従姉妹ですね。多分彼女ではない……ですよね?」
「なんで青奥寺が疑問形なんだよ。違うって知ってるだろ」
「まあそうですけど」
「うわ~、美園って普通に師匠を裏切る感じ?」
「裏切ってないでしょ。かがり変なこと言わないで」
「その、相羽先生は昔から強かったのでしょうか?」
流れをぶった切る新良の質問に母が変な顔をする。
「強かった……っていうのは喧嘩とかそういうことかしら?」
「そうです。不審者を一瞬で取り押さえていたので」
「う~ん、喧嘩とかしたこともなかったと思うけど。武道をやってもいないし、足が少し速いくらいだと思ったけど」
そりゃ勇者になるまでは陸上やってるだけの男でしたからね。
「それでは、異性への興味がないということはありませんか?」
再び文脈ガン無視な新良さん。しかも意味深っぽい質問に俺の家族の目が点になる。というか青奥寺も双党も目が点になってるな。
もっとも復活が早かったのは妹の巡だ。
「ええと、璃々緒先輩、それって兄が同性に興味があるってことですか? それはなかったと思います……だよね?」
だからなんで俺に聞くんだよ。そんな素振りゼロだっただろ。
俺が目配せすると、新良は多少慌てたように付け足した。
「申し訳ありません。そういう意味ではなく、女性の気持ちに気づかないとか、そういう方の意味です」
いやそれ余計思わせぶりな質問になってませんかね。
巡の俺に向ける目がなんかすごく疑わし気になってるんですが。
「兄が鈍いという可能性は否定できないんですけど……もしかして、そういう相手がいるんですか!? まさかやっぱりモテ期が!?」
「ねえよ」
と俺は答えたのだが、青奥寺と双党が溜息を盛大に漏らしたので余計疑惑が深まってしまったようだ。
そんな微妙な雰囲気を察したのか、母が、
「そろそろお昼ですし、せっかく可愛い子たちがきてくれたんですからお寿司でも取りましょうか。皆で食べましょうね」
と言い出して、とりあえず仕切り直しとなった。