明蘭学園では夏季休業は8月いっぱいと決まっているのだが、最近の流れ(?)に乗って、始業式の一週間前から『後期夏期課外授業』なるものをやっている。
前期の課外授業は異世界旅行で免除された俺だが、当然後期の課外授業は受け持つことになっていた。
で、その初日である月曜、俺は課外の古典の授業を終えホームルームで生徒を帰したあと、職員室で昼飯を食べていた。
「相羽先生お疲れさん。お盆は休めたかい?」
隣の席に座りながら、学年主任の熊上先生がすっかり熊に戻った状態で声をかけてきた。
「実家に戻りましたが、あまり休めた感じはしませんでしたね。ちょっと色々ありまして」
「早く孫の顔を見せろとか言われた?」
「ウチはその辺り結構放任主義なんで。確かに妹はちょっとうるさかったですけど」
「兄妹で話ができるならまだマシだかもね。妹さんは大学生かい?」
「いえ、まだ高校1年ですね。ちょっと歳が離れてまして。アレに比べるとウチの生徒は本当に礼儀正しいですよ」
「まあそりゃ家族と教師じゃ態度は変わるからねえ。ところで留学生のハリソンさんは今日も国から戻ってくるんだったっけ?」
「ですね。彼女も色々と大変みたいですからね。何か面倒事でも持ちこんでこなければいいんですけど」
「それは相羽先生の歴戦の戦士としての勘かな」
「どっちかというと愚痴に近いです。なんかほら、土曜に変な事件がアメリカであったじゃないですか」
「あれか、犯罪組織のボスの家が爆発してなくなったってやつかい。日本にいると信じられないような事件だよね。あ、もしかして相羽先生がやってたりする?」
「いやいや、そんなことしませんって。ああいうのは当事者が解決するものですから」
「できないと言わないところが相羽先生らしいね」
微妙に意味深なことを言いながら、熊上先生も弁当を取り出して食べ始めた。
熊上先生はこの明蘭学園の『裏』を知ってるいる人なので、俺のこともある程度把握している。
俺が弁当を食い終えてしばしまったりしていると、ふらりと教頭先生がやってきた。一見普通の中年の中間管理職みたいな風貌だが目つきは鋭い、『裏』を知っている先生だ。
「相羽先生、忙しいところ悪いけどこの後すぐ校長室に行ってください」
あれ、こっちもちょっと面倒事の予感が……。
勇者にとって『平穏』というのはずいぶんと贅沢品のようである。
校長室に入ると、ウェービーロングヘアの女優のような美人がニッコリと笑って出迎えてくれた。もちろん明智校長その人である。
応接セットに1対1で座ると、明智校長は早速と言った感じで話を切り出した。
「急に申し訳ありません相羽先生。いくつかお聞きしたいことと、お願いがあってお呼びしました」
「ええと、なんでしょう?」
「まずは先生もご存知だと思いますが、土曜日にアメリカで起きた事件についてです」
「あれは自分とは完全に無関係なのですが……」
「ふふっ、先生が関わっているというお話ではありません。実はあの事件を起こしたのは、アメリカの『クリムゾントワイライト』らしいのです」
「え……?」
少し驚いてしまったのは仕方ない。彼らが大きく動くことはないだろうと少し前に話をしたばかりだからだ。
「ええと、なぜそんなことをしたのかなんて話は校長先生は……」
「『クリムゾントワイライト』は、とある薬をその犯罪組織……『サバト』と言うそうですが、その『サバト』に卸していたそうです。恐らくその関係でなにかトラブルがあったのではと言われているようですね」
「はあ、なるほど」
明智校長はミステリアスな笑みを浮かべているが、今のはかなり極秘の情報な気がするな。まあ俺のほうもアメリカの『クリムゾントワイライト』についてはあまり関心がなかったのもあって、情報も本格的に集めてはいないのだが。
「問題はその事件について、留学生のハリソンさんがまたなにか先生に個人的なお話をするのではないかということなのです。彼女もいろいろとしがらみのある身のようですので」
「あ~、確かにそうかもしれませんね。まあ話は聞いてみますよ。協力するかどうかはその話次第ということになりますね」
「協力をする可能性はある、ということですか?」
「ええまあ。『クリムゾントワイライト』については、その大ボスが遠くに逃げてしまって、アメリカの連中は孤立無援の状態になってるはずなんですよ。で、その大ボスが逃げた原因は自分なので、さすがに無関係というわけにもいかなくなりまして」
「いわゆる『異世界』のお話ですね。そのお話はハリソンさんにはするつもりですか?」
「実は彼女には自分が勇者だというのは秘密にしてまして、代わりに最強のニンジャマスターということになってます。なので『異世界』の話まではするつもりは今のところありません」
「ニンジャマスター、ですか。面白いですね。しかしあまり隠し事をしない先生がハリソンさん相手に隠すのはなにか理由が?」
「さすがにこの世界で最強の国がバックにいる人間にはちょっと……という感じです」
「なるほど、確かに面倒になる可能性はありますね。わかりました、私の方でも同じ対応をしましょう」
「もしかしたら途中で面倒くさくなってバラす可能性もなくはありませんが、よろしくお願いします。それで、頼みというのはなんでしょうか?」
「そちらは全く別のお話になります。実は、本校の養護教員である関森先生に手を貸していただきたいのです。実は彼女は少し前に、他県の高校の教員をやっている知り合いから、生徒の身体の変化について相談を受けていたらしいのです。ところが実際その対象の生徒を調べてみるとどうも理解の難しい不思議な点が多くあったそうです。しかもその感じが相羽先生のそれと似ているということで、先生の知恵を借りたいというのです」
んん? なんかちょっと、どっかで聞いた話と被るような気がするのだが……。
「ええと、その身体の変化というのはどういうものなのでしょうか?」
「なんでも体重が急激に減って、身長が一気に10センチ以上も伸びたとか。しかも運動能力も以前と比較にならないほど上がり、別人のようになったそうです。しかし本人であることは間違いなく、なぜそんな変化が起きたのかを解明したいのだとか」
「なるほど、そういうお話ですか」
と真面目そうな顔を作ってうなずきつつ、俺は内心頭を抱えてしまった。
今の話は間違いなく坂峰少年たちのことだろう。しかしクウコとは、その件に関しては秘密にすると、あの後約束をしていたりする。
いやこれどうしたらいいんだろう。正直相手があの切れ者女医みたいな関森先生だと絶対に誤魔化しきれない気がする。やっぱり秘密にするなんていうのはどこか無理がでるものなんだよなあ。