翌日は朝からレアがやたらと俺の方をじっと見てくることが多かった。
昨日の話は聞いているはずだし、彼女としては上機嫌でいてもおかしくなないのだが、どうも微妙に機嫌は悪い気がする。
午後は『総合武術同好会』をやるというので、俺も武道場に出向いていった。
久しぶりの武道場には、青奥寺、双党、新良の3人とレアがいて、道着姿でウォーミングアップを行っていた。絢斗と三留間さんの中等部組は夏期課外そのものがないので学校には来ていない。
レアの視線がやはり気になるものの、とりあえず俺の持つ短刀術を4人に伝授していく。
1時間ほどやって休憩を取ると、双党がツインテールを揺らしながらやってきた。
「先生先生っ、レアとなんかあったんですかっ?」
「いや別になにも。あ~そうだ、『アウトフォックス』に協力することは昨日決まった」
「えっ!? それってレアも知ってますよね?」
「そのはずだ」
「う~ん、じゃあなにが気に入らないのかなあ。聞いても教えてくれないんですよね~」
「聞いてんのか……怖いもの知らずだな双党は」
「だって言いたいことははっきり言わないと精神的によくないじゃないですか」
「まあそりゃそうだが」
と話をしている間にも、レアはこっちをじっと見ている。青奥寺と新良も気にはなっているようだ。
「それについては先生しっかりフォローしてあげてくださいね。どうせ悪いのは先生ですから」
「いやしかし全然思い当たる節がないんだよなあ。そういえば双党たちと同じ扱いをして欲しいと言っていたからそれか?」
俺がぽつりと言うと、双党がピクッと反応した。
「あ~、きっとそれですね。先生明らかにレアに壁作ってますからね」
「いやしかしそれはしょうがなくないか?」
「しょうがないとは思いますけど、それで女の子を悲しませたらダメだと思います。私たちと同じように勇者空間に引きずりこめばレアも大丈夫ですから、そうしてあげてください」
いやその意味が分からないんだが。文脈的には勇者だと正直に教えてやれということだろうか。
「まあそれはともかくだな、実は今度坂峰少年たちに接触しなくちゃならなくなりそうなんだ。双党には連絡が来てたりしないか?」
「えぇっ!? なんでですか?」
そう言いながら、双党は青奥寺と新良に目配せをする。それに気づいて2人は集まってくるが、取り残されたレアはジトッした目を向けてくるだけで、空気を読んだのかこちらに来ることはなかった。
「どうしたのかがり?」
「なんか先生が例の5人に会いに行くんだって」
「え? 先生、なにがあったんですか?」
青奥寺の質問に3人の視線が俺に向く。
「なんか彼らの身体の変化が異常だっていうんで、向こうの学校の先生からウチの学校に相談が来たらしい。それで俺が対応を手伝うことになった」
「超常的な話が裏にありそうだからってことですか? 明蘭学園ってその筋では有名なんですね」
「個人的な知り合い経由らしいけどな。それであれから双党に連絡がないか聞いたんだが、どうなんだ?」
「今のところはないですねっ。あっても困りますけど」
「そうか……。しかしどうするかなあ。正直に話すわけにもいかないし」
俺が頭をかくと、新良がいつもの無表情で口を開いた。
「校長先生には伝えてしまっていいんじゃないでしょうか。丁度いいようにしてくれると思いますが」
「私も賛成です。その方が話が早いと思います」
青奥寺が付け足し、双党も「そうかも?」と一応賛成の雰囲気を見せる。
「う~ん、そうするか。ただ一緒に行く予定の先生が保健の関森先生なんだよなあ」
と俺が口にすると、3人は「あっ」みたいな顔をした。もしかしたら全員関森先生になにかされたのかもしれない。なにしろ俺の身体のサンプルを取って研究したいとか言い出す先生なのである。
「それだと結局調べには行くことになりそうですね。お疲れ様です」
青奥寺にそう言われたが、やっぱり関森先生はそういう扱いなんだな。
まあ校長を巻き込めばなるようになるだろう。そもそもあの少年たちはしばらくは放っておいていい奴らだしな。
さて、その関森先生との仕事は週末なのだが、やはりまずはレアのことが気になるので、俺は翌日の午後、レアを『生活相談室』に呼び出した。
椅子に座るレアは相変わらずジトッとした目で俺に向けてくる。機嫌は直ってないようだ。
「センセイ、ワタシに何の用でぇすか?」
「レアはクラークさんから話は聞いているか?」
「センセイがニンジャマスターとして協力してくれることは聞いていまぁす。それについては本当に感謝していまぁす」
と言うわりにレアのセリフには抑揚がない。そんなに仲間外れなのが気に入らないのだろうか。仕方ないというのはわかってるみたいだったけど。
「ということは、その不機嫌な感じは先日言っていた、青奥寺たちと同じ扱いをしないってところか?」
「……む~、そうでぇす」
さらに膨れ面になるレア。クラーク氏の話を信じるなら、これは彼女の個人的な話になるんだよな。まあ確かにそうとしか見えないし、ここは腹をくくるか。
「ハリソンさんがそこまで望むなら同じ扱いをしてもいい。ただしこれから知ることは絶対に他言無用だ。特に君の所属する機関では決して話してはいけない。それが守れるか?」
ちょっと『威圧』も込めてみたが、レアはそれを気にした様子もなく、身体を乗り出してきて首を縦に振った。
「それは絶対に守りまぁす! センセイのプライベートを話すことは決してしないと誓いまぁす!」
「分かった、じゃあ覚悟を決めろよ、想像を絶する話になるからな。『ウロボロス』、俺と目の前の女の子を『統合指揮所』に転送してくれ」
リストバンド端末から『了解でっす』の声が聞こえ、俺とレアは光に包まれた。