「さて、自分たちがいかに弱いかこれでわかってもらえたと思う。これに懲りたら、慢心することなく己の研鑽に努めて欲しい。異世界に行って戦ってきた君たちは、若くして十分に頑張っていると思う。その君たち自身の生き方に、君たち自身が泥を塗るようなことはしないでほしいと願うよ」
俺の説教を、少年たちは苦々しそうな顔で聞いていた。サヤという少女だけは唯一微かにうなずいていたようなので、彼女がいれば心を入れ替えてくれるかもしれない。
などと思っていると、坂峰少年がまだ納得していないという顔で質問をしてきた。
「アンタはその強さをどこで身につけたんだ? 俺たちが行った世界にはいなかっただろう?」
「あ~、俺が行った世界は多分別の世界なんじゃないかな。時代が違う可能性もある」
「そうかよ……。で、アンタはその力をなにに使ってるんだ? 金とか稼いでるわけじゃないのかよ」
「俺は今一般人として働いてるよ。給料も一般人と同じだ。住んでるのは安アパート。もちろんたまにこの力を使うことはあるよ。君たちが知らない敵もこの世界にはまだまだいるからね」
「特別な力を持ってるんだ。人とは違う生き方をしたっていいだろう? それに俺たちはこの世界を守るために何度も戦っているんだ。少なくとも俺たちは苦労をしてない連中にバカにされるいわれはない」
その意見に、サヤを除く3人がうなずいた。
「苦労ね……」
彼らの力はあくまでクウコが与えたものであって、その力は俺のように死にかけながら身につけたものではない。しかし力を持っていることを本人が受け入れられるように、異世界に行って戦ってきた記憶を持たされている。それ自体は面白い試みだとは思うのだが、それによってよくない言い訳が彼らの中で出来上がってしまっているのかもしれない。
そもそも今戦ってる『応魔』自体もクウコが設定したシミュレーションだしなあ。そのあたり全部話してやったほうがいいんじゃないだろうか。
と思っていたら、なんと俺たちの前に、和服を着た白い美女……クウコがいきなり現れた。
坂峰少年らもそれに気付いて、少し驚いた顔をする。
クウコは、俺の方を見て、申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「……突然、申し訳ありません……。お話を聞いていて……やはりわたくしのやり方が……間違っているのだと……思いました」
「どうするんだ?」
「すべてを……正直にお話して……彼らに決めてもらおうと……思います」
「そうか……それが一番いいかもしれない。やっぱり最初から無理があった気がするな」
「はい……相羽様のおっしゃるとおりかと……」
俺たちが話をしていると、ソウヤ少年が怪訝そうな顔で口を出した。
「なんの話をしてるんだ? 正直に話すって、女神様、それはどういうことだよ?」
クウコは少年たちに向き直って、やはり頭を下げた。
「まず最初に……貴方がたには謝らなくては……なりません……。貴方がたの力は……貴方がたが異世界で身につけたものではなく……わたくしが与えたもの……なのです」
「はあ? そんなわけないだろ、実際俺たちは異世界に行ってんだからさ」
「それは……。……っ!?」
そこまで言った時、クウコが急に身体を強張らせた。狐の耳と9本の尻尾が出てきてしまっているのも構わずに、暗闇である後ろを振り返る。
少年たちも全員が同じ方向に顔を向けた。明らかに異様な『なにか』が、そこに発生しようとしていた。
「おいなんだ、まさかまた『応魔』か……?」
「さっき倒したばかりでしょ。それにこの感じ……全然別ものじゃない……?」
「これ……ヤバくないか? こんな力、感じたこともないぞ……」
少年たちがそんなことを言いながら、地面から立ち上がろうとする。しかし彼らは気付いているだろうか。自然と後ずさっていることに。
俺は暗闇の駐車場に目を凝らしながら、クウコの隣に並んだ。
「これはまたクウコが出したのか?」
「いえ……違います……これは、まさかもう……『応魔』が……?」
見るとクウコは顔を青ざめさせ……ているかどうかはもとから白いのでよくわからないが、かなり恐怖を感じているような表情になっていた。
「なるほど、本物が予想より早く現れたって感じか。しかしこれはクウコの出したものとはまるで別ものだな」
「はい……まさかこれほどの……存在とは……思いませんでした……。これは、私の力を……超えている……かもしれません」
10メートル先の地面に、茨の蔓をこねくりまわしたような、赤黒い禍々しい模様が現れた。直径は5メートルくらいだろうか、魔法陣のようにも見えるが、もしこれが魔法陣なら、考えたのは神ではなく悪魔だろう。それくらい生理的に嫌悪感を抱かせる形状をしている。
そしてその模様は赤い光を強めながら、大きさを倍ほどにしたところで、とんでもなく気持ちの悪い魔力を垂れ流し始めた。魔力の素養がない人間でも30秒も浴びれば吐き気を催すような、そんな魔力である。
「おいこれヤバいぞ……、離れた方がいい……」
ソウヤ少年がそう言うと、少年たちは距離を取り始めた。正しい判断だとは思うが、残念ながら少女2人は腰が抜けてしまったようだ。動きが取れず、5人で固まることしかできなかった。
「出て……きます……」
クウコがつぶやくと同時に、禍々しい文様から、なにかがすぅ、とその姿を現した。
それは一応、クウコのシミュレートしたものに近かった。
本体は人間の女性の身体である。頭部から海藻のような髪が垂れさがり、顔まで隠しているのも同じだ。ただし異様に長い腕が左右に3本ずつあり、下半身はナメクジみたいな軟体動物になっていた。全高は5メートルはあるだろうか。髪の隙間から赤く光る眼は4つ、それが俺たちを見下ろしている。
その異様なモンスター……『応魔』はしばらく動かずにこちらをじっと見ていたが、不意に妙な声を出し始めた。
ミチミチミチ、というなにかを引き絞るような音にも聞こえるが、それが言葉であるのは俺の『全言語理解』スキルが教えてくれた。
『ほほほう、どうやら食いでがある世界に出たのう。これは楽しみ楽しみ、ほほほほう』
言葉を話すとなると、一応は知性がある存在のようだ。となると勇者的にはまずは対話を試みなければならない。
『あ~あ~、どうだ、言葉が通じてるか?』
『ほほほう? なぜ我らの言葉を使えるものがいる? まさかすでに食われた後なのではあるまいな。口惜しや口惜しや』
『誰も食われてないから落ち着け。それよりこちらは勇者だ。お前は何者だ?』
『ほほほう? 食われたわけでもないのに我らの言葉を解するか。なぜであろうか。食えばわかろう、食おう食おう』
『人の話を聞け。お前は何者だ』
『食われればそれもわかろう。食われよ食われよ』
あ、だめだこれ、言葉、というか概念が違うタイプだ。一見やり取りできているように感じられるが、実際は『全言語理解』がそれっぽく翻訳してるだけのやつだ。
明日所用により投稿できないので今日投稿いたします