巨大建造物の屋上では『侯爵位』が一塊になって、俺を見上げていた。
俺がその屋上に着地すると、じりじりと後ろに下がっていく。さすがに今の戦いを見て、俺がどんな奴なのかは理解したようだ。う~ん、これならもしかしたら話を聞いてくれるかもしれないな。
「いきなりやってきて悪いな。攻撃されたからこっちも反撃したが、戦うつもりはない。そっちの王様と話をしたいんだが、取り次いでもらえるか」
『こいつはなにを言っている?』
『王に会わせろと言ったか?』
『言った言った。たしかに聞いたぞ』
『突然現れ王を呼びつけるとはなんたる無礼』
『いや待て、こやつは取り次げと言ったのだ。王の元へ案内せよということではないか?』
『なるほどなるほど。無礼であることに変わりはないが、しかしあの力を持つなら聞かねばならぬか』
『今の我らの力では敵わぬ相手。ここは仕方なかろうか』
やはり互いにコミュニケーションを取っているし、社会性もあるようだ。こりゃ本当にやりづらいな。
「王がいるのならそっちに連れていってくれ。とにかく話がしたい」
もう一度言うと、『侯爵位』たちはボソボソと話し合った後、一匹を残して一斉に後ろに下がっていった。
残った一体が腕を振りながら、吸盤みたいな口を動かす。
『我らの王の元に案内する。ついて参れついて参れ』
「助かる」
その『侯爵位』は後ろを向くと、短い足で歩き始めた。
後をついていくと、案内役の『侯爵位』の足元に急に穴が開いた。『侯爵位』は躊躇なくその穴に落ちていく。なんかとんでもない入口だな。
穴のふちに立って中を覗き込むと、ただひたすらに黒い穴だった。
「やれやれ、これはさすがに初めてだな」
俺は息を吐いて、その穴に身体を飛び込ませた。
落下する感覚は20秒ほど続いた。
落下速度自体は途中で等速になったのできちんと制御されている通路(?)のようだが、さすがにあまり気持ちのいいものではなかった。
はるか下に光が見えて来たと思ったら、それは急速に接近してきて、俺は次の瞬間広大な地下空間に放り出されていた。
材質不明の床までは50メートルくらいあるだろうか。着地点には茨で作った輪を何重にもしたような魔法陣が描かれていて、それが落下速度を制御しているように見えたが、床が近づいてくるのに減速する素振りがない。
もしかしたら『応魔』の身体能力で耐える前提なのかもしれない。勇者である俺なら大丈夫だが、他のメンバーはキツかっただろうな。連れてこなくてよかった。
ズドン、という感じで床に着地する。周囲を見回すと、四方にそれぞれ100メートル以上ありそうな四角い空間だった。壁や床は基本的に濃いグレーで統一されているが、天井や床の一部パネルが輝いていて、外より明るいくらいである。見ると20メートルほど離れたところに案内の『侯爵位』がいてこちらを見ていた。俺がそっちに向かうと、その『侯爵位』は回れ右して歩き始めた。
進行方向には扉が見える。近づいていくと、その両開きの扉が縦横20メートルはありそうな大きなものだと気付く。その表面には、禍々しいレリーフが刻まれている。こんな文化も持っているのだなと感心しつつも、俺はそのレリーフの造形パターンになぜか見覚えがあるような感覚を持った。
「既視感、か? 疲れてるのかもなあ」
と口に出してみるが、自分が疲れてる覚えはない。それどころか俺には絶対にこのレリーフに似たものを過去に見たことがあるという強い確信があった。
『ここから先が王のおわす場所である。お前ひとりで行け』
『侯爵位』はそう言うと、扉の横に歩いていって、そこで直立不動の姿勢をとった。どうやら扉を自分で開けて入れということらしい。
俺はその巨大な扉に手をかけた。うん、やっぱりこれ覚えがあるな。そう、あの時も似たような扉を俺が開いたっけ。
両手で押すと、扉はゆっくりと動き、人が一人通れるくらいの隙間が開いた。俺はその隙間に身体を滑りこませ、扉の奥へと入っていった。
そこは広い廊下だった。幅は扉にあわせて20メートルだが、高さは50メートルくらいありそうだ。床も壁も天井も、固まった溶岩みたいな、黒いざらざらした石のようなもので作られている。しかも壁は妙に有機的なレリーフが刻まれ、生理的な嫌悪感を喚起する。
廊下の左右には、等間隔に扉が並んでいる。しかし俺が向かうべき目的地は廊下の最奥であると自然に分かる。なぜなら100メートルほど先に、入口と同じような巨大な扉が鎮座しており、その左右には衛兵らしき『応魔』に2匹立っているからである。
「この間取りも見覚えがあるな。しかしまさかなあ……」
とこぼしつつ、扉の前まで歩いて行く。
衛兵の『応魔』が俺の前に立ちふさがった。どちらも身長5メートルを超える巨人である。
人間に近い身体をしているが、頭部はのっぺりしたトカゲみたいな形で、目玉が大きく、そして半球状に飛び出している。
長い腕が4本、しかも腕の関節が人間より一つ多い。その手には鋭い鉤爪が3本、鈍い光を放っている。
足は短いが太く、電柱を三本束ねたくらいはある。だが歩いた感じを見る限り、俊敏な動きもできそうに見える。
見た感じ、完全に戦闘用の『応魔』という雰囲気だ。
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応魔 公爵位 親衛
『はざまの世界』を揺蕩う種族。
時折『世界』に現れ、その『世界』に甚大な被害をもたらす『厄災』とも言うべき存在。
位によってその特性や行動理念などが大きく異なり、『公爵位』は『統率』することを行動の核とする。
『公爵位』が『侯爵位』以下の個体に指示を与えることで、『応魔』は最適な行動をとることができるようになる。
ただし、同じ『公爵位』でも『親衛』は、『王位』を守るために戦闘能力を高めた個体であり、『統率』の能力は著しく低い。
特性
強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性
スキル
裂爪波 万爪撃 穿岩爪 高速移動 強再生 統率(弱)
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なるほどやはりこいつらが『公爵位』か。
こいつらはちょっと特殊な個体みたいだが、やはり戦闘用というのは合っているようだ。
後は言葉が通じるかだが……。
「あ~済まん、俺は相羽走だ。たぶん今お前たちが手を出している世界の人間だ。王に会って話がしたい。通してくれ」
と挨拶をすると、『公爵位』の一匹が、俺を見下ろしながら口を開いた。
『我らの王が支配するべき世界の者か。いったいどのようしてここまで来た』
「船に乗って来た。上にいる連中がけしかけてきたモンスターを全部倒したら、ここに案内してくれた」
『城を護る「侯爵位」の手下をすべて倒したというのか。ふむふむ、では王を狙ってここまで来たか』
「いや、とりあえずは話をするだけだ。こっちは基本的に戦うつもりはない」
『王を狙ってここまで来たか』
「いやだから……」
『王を狙ってここまで来たか』
あれ、ここで話が通じなくなるのか。さっきの『侯爵位』は通じたと思ったんだがなあ。もしかしたらなにかがきっかけとなってスイッチが入ってしまうタイプなのかもしれないな。
俺が溜息をついていると、2匹の『公爵位』は、それぞれ四本の腕で構えを取った。鉤爪の先端をこちらに向けて、なにか技を仕掛けてくる感じである。