転送された先は小さな部屋だった。
壁などはちょっと未来的な感じの素材やデザインだが、このあたりは『ウロボロス』などで慣れてしまっているのでどうということもない。
両開きの扉があって、表面に『進入許可』と表示が出ているので、そちらに向かう。
扉が左右に自動で開く。その先は広いロビーになっていて、多くの人間が立ち話をしていたり歩いていたりしている。人間といってももちろん全員が宇宙人であり、体型こそ人間に近いが、頭部の形状は様々だ。
そして入り口のすぐ向こうに、毛むくじゃらのライドーバン局長が立っていた。グレーの未来的なスーツ姿で、身長は190㎝以上あるだろうか。
すらりとしたその姿は非常にカッコよく見えるとともに、彼自身かなり強いということが勇者の目にはよく分かった。このあたりはさすがトップエリートというところだろうか。
俺たちは入り口をくぐってロビーに入っていくと、多少なりとも好奇の視線がこちらに注がれているのを感じた。この基地にとって俺たちはよそ者であるし、そもそも巨大戦艦に乗ってきた上に銀河連邦捜査局の局長が相手をする人間なんて、注目されないほうがおかしい。
「直接お会いすることができて大変嬉しく思うよミスターアイバ。ようこそ銀河連邦へ」
「初めましてライドーバン局長。この度はご招待いただきましてありがとうございます。色々とお世話になりますがよろしくお願いします」
互いに手を差し出して握手をする。局長は手まで毛むくじゃらだったが、やはりそれは戦う者の手であった。
「なるほど、手を握っただけでここまで圧倒される人間は初めてだよ。やはりミスターアイバは並大抵の人間ではないな」
「そういう局長もかなりやりますね。わかりますよ」
「ふふ、ミスターアイバにそう言われると嬉しいものだ。そして、そちらのお嬢さん方がミスターアイバの弟子というわけだな」
「ええそうです。じゃあ3人は挨拶を」
青奥寺と双党とレアがそれぞれ挨拶をする。もちろん彼女たちは全員翻訳装置を身につけているのでコミュニケーションも問題ない。
全員と握手をすると、ライドーバン局長はうなり声のようなものを上げた。
だがそれは威嚇しているわけではなく、感心したときに出す声だったようだ。
「なるほど、全員アルマーダ独立判事と同い年か。いずれも相当場数を踏んでいる目をしている。さすがミスターアイバの弟子だな」
「ええ、そこは自分も驚くくらいですよ。今回は見聞を広めるために同行させました。それからこちらが『ウロボロス』のAIアンドロイドです」
『ウロボちゃん』があざとい動作で礼をしながら『「ウロボ」でっす。よろしくお願いしまっす』と言うと、ライドーバン局長はわずかに目を細めた。
「局長、言っておきますがこのアンドロイドは自分の趣味ではありませんので誤解しないでください。地球の一部文化の影響を勝手に受けた感じですので」
「ふむ。もちろんこういった文化はこちらにもあるので理解はできる。ともかく基本的にミスターアイバは銀河連邦の法の及ばない存在ということは議長以下その側近も理解している。そこは安心してほしい」
人型アンドロイドはかなり規制が厳しいらしいからなあ。そこを問題視されるのは避けたいところだ。
「ではミスターアイバ、これから数日間よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
という感じで移動を始めようとすると、ニワトリに似た頭部を持つ、一見して整備員のようないでたちの宇宙人が走り寄ってきた。
「も、申し訳ありません。こちらあのリードベルム級艦の乗組員の方たちでよろしいでしょうか?」
「はい、自分が艦長のアイバです。なにか御用でしょうか?」
「自分はシラシェル軍のジラトト技術大尉です。ご存じと思いますが、こちらの港に初めて接岸する艦艇はすべてスキャンをさせてもらうことになっておりまして、アイバ艦長の船『ウロボロス』についてもスキャンをさせていただきました」
「ええ、それは聞いています。それで?」
「実は『ウロボロス』のいくつかの兵装などが、こちらの持つリードベルム級のデータのものと異なっておりまして、それが気になったのです。もしや『ウロボロス』は実験艦なのでしょうか?」
「あ~、実験艦というか、なんと言っていいのか……」
「それと、客船『トライセン』の方からも、『ウロボロス』がA級海賊ルベルナーザの艦艇5隻を一瞬で撃沈したという報告ももらっておりまして、戦闘データなどもご提出いただけると助かるのですが」
ジラトト大尉はかなり食い気味に迫ってくるのだが、どうもその様子は職業的な義務感でやっているというより、個人的な興味からという雰囲気が強い。
まあ確かに、好きな人間には気になる話だろうなあ。
俺がちらっと見ると、ライドーバン局長が苦笑いしながら対応してくれた。
「ジラトト大尉、彼の船の扱いについては、銀河連邦評議会の方から通達が来ているはずだ。そちらをまず確認したまえ」
「評議会、ですか?」
「そうだ。彼らは評議会預かりの存在であって、シラシェル軍では扱えないことになっているはずだ」
「わかりました、確認します」
ジラトト大尉はその場でどこかに連絡を取っていたが、答えを聞いて顔色……はよく分からなかったが、首をクイクイッと動かしてから、手のひらを胸にあてる敬礼をしてきた。
「失礼しました! 確かにこちらに『ウロボロス』を調査する権限はありませんでした!」
「あ~、わかっていただければ大丈夫ですよ」
「失礼いたしました!」
ジラトト大尉はそう言って小走りに去っていった。
その姿を見送ってから、ライドーバン局長は「ふむ」とうなった。
「通達が徹底していないのは少し問題があるな。惑星シラシェルは長い間紛争などとは無縁の星だ。気の緩みなどなければよいのだが」
「平和だからこそ高級リゾート地でいられるということですね」
「そういうことでもある。ただ今回、こちらに向かう客船が海賊に襲われたからな。本来ならこれは重大インシデントのはずなのだ。気を締め直してもらわぬと困るのだがね」
なるほど、あの海賊船の出現はかなりのイレギュラーということか。まあそうでなければ、豪華客船が一隻だけで航行するということもないだろう。
そんな場所に銀河連邦のトップがお忍びで来て、さらにそこに勇者がいる。もはやなにも起きない方がおかしいシチュエーションである。
まったくやれやれといった話になりそうだな、これは。