翌日。
今日は午前9時からメンタードレーダ議長との交渉である。
会場は昨日と同じだが、長いテーブルが用意されており、それぞれ6脚ずつ椅子が置かれている。
俺が青奥寺たちと共にその部屋に入った時には、すでにメンタードレーダ議長と、恐らくはそのブレーンである補佐官たちがすでに席についていた。
議長はやはり人型の靄であるが、それ以外の人間は政府高官といった感じのスーツに身を包んだ、様々な頭部を持つ宇宙人たちだ。
ちなみに端にライドーバン局長も座っていた。
案内に従って俺が議長の前に座り、左右に青奥寺、双党、新良、レア、そして『ウロボちゃん』が座る。
メンタードレーダ議長の姿に、特に双党が驚いたような顔をしていたが、さすがに誰も声を漏らすような失態はしなかった。全員高校生だが、そのあたり全員肝の据わった娘たちである。
全員が着席すると、壁のモニターに、俺が今回提案をした内容、すなわち「『魔導ドライバ機器』関連の技術を供与する代わりに、大量の資材と、地球が魔王の艦隊に襲われた時の救援を要求する」という旨の文言が表示された。未来的なモニターに「魔王」というファンタジックな言葉が真面目に表示されているのがなんとも奇妙で面白い。
モニター上には、対価として要求している資源について、『ウロボちゃん』が正確に算出した量などまでが細かく表示されている。他に批准書みたいなものまでそこにはあるようで、向こうのやる気が垣間見える。
『では、これから地球代表ハシル・アイバと、銀河連邦評議会議長メンタードレーダの二者間協議を行いたいと思います。例外だらけの協議とはなりますが、双方の益になるような話し合いになることを望みます』
メンタードレーダ議長が精神感応でそう宣言すると、青奥寺たちは一瞬ビクッとしたようだ。クウコで慣れてはいるはずなんだが、さすがにいきなりだと驚くか。
『互いに益になるよう努めましょう』
俺がそう返すと、全員がかすかにうなずいた。
ちなみにこちらの思考も議長が全員にリレーしてくれている。アンドロイドである『ウロボちゃん』が受信できるかどうか少し心配だったのだが、どうも微妙に反応をしているので聞こえているようだ。メンター人の交感能力は完全に未知数である。
さて、いよいよ地球人初の、地球外文明圏との大型交渉開始である。
正直力こそ正義な勇者には苦手な分野なのでどうなることやらという感じだが、そこはきっと『ウロボちゃん』が上手く補佐してくれるだろう。
地球的にも銀河連邦的にも超法規的な異文明との交渉は、なんとわずか1時間で終了した。
しかも俺の出した条件はほぼそのまま受け入れられての合意達成であった。
代わりにこちらが供与するのは、『魔導銃プロトX』と『魔導ジェネレータ』を中心とする『魔導ドライバ機器』の技術、それから現在『ウロボロス』が装備している速度8倍のラムダジャンプ技術である。
前者は銀河連邦がダンジョンや、今後『魔王』が引き連れてくるであろうモンスターに対抗するために必要な技術であり、後者は銀河連邦の軍が地球に救援に来る場合に必要になる技術でもある。もちろん彼らとしてはそれ以上に有用な技術であるのは間違いない。
一方で銀河連邦との軍事協定だが、これはあくまで『魔王』に対してだけに発効するもので、逆に銀河連邦が『魔王』の侵略にさらされた時は俺が助けに行くという相互的な協定になった。もっとも相互的とは言ったが、『魔王』を倒すのは俺だと決めているので、むしろ願ったりかなったりの協定である。
あとついでに惑星シラシェルにお忍びで遊びに来てもいいという許可ももらった。これで清音ちゃんとの約束は守れそうだ。
問題は、批准書が交わされた直後に、部屋の中に警報が鳴り響いたことだった。
一瞬メンタードレーダ議長を狙ったテロでも始まったのかと思ったが、外の気配からするとどうもそうではないようだ。
壁のモニターの画像が一部、外の景色を映し出した。高層から目の前の美しいビーチと海を見下ろす映像である。
多くのリゾート客が思い思いの様子で白い砂と青い海のコントラストを楽しんでいる楽園である……はずなのだが、そこは今半ばパニック状態にあり、多くの人間がこちらへ向かって一目散に逃げてきているところであった。
その原因は、青い海原の上を飛んでいる、奇怪な姿の生き物である。まあ「奇怪」などと言ったが、俺たちにとってはすでに見慣れているものではあったが。
隣に座っていた青奥寺が小声で耳打ちをしてくる。
「先生、あれはドラゴンと、確かワイバーンというモンスターですよね?」
「そうだな。それと海中にも何匹かいるっぽいな。多分シーサーペントとクラーケンの小さい奴だ」
「それはどういうモンスターなんですか?」
「バカでかいウミヘビとイカだ。ただブレス吐いたり魔法使ったりしてくる」
「それは非常に危険なモンスターでは?」
「陸には上がってこないから大丈夫かな。ドラゴンはマズいけどな」
海上すれすれを飛んでくるモンスターは、全長30メートルほどの羽根と角の生えたトカゲ、というには怪獣じみている見た目のドラゴンと、それより一回り小さいワイバーンだ。ドラゴンは1体だが、ワイバーンは20体ほどいる。
ライドーバン局長によると銀河連邦内の惑星には似たような生物が過去にいたという話だったが、アレは完全にダンジョン産のモンスターだろう。要するにどこかにある比較的高レベルなダンジョンがオーバーフローを起こしたということだ。
『ミスターアイバはあの生物の事をご存じなのですね?』
メンタードレーダ議長が靄を揺らしながら聞いてくる。
『ええ、あれはダンジョンからあふれてきたモンスターでしょう。多分この近くに知らぬ間にダンジョンができていて、それがオーバーフローしたのだと思います』
『昨日のお話だと、それは非常に危険なことなのではありませんか?』
『ええ、大変危険な状況ですね。放っておけばあの手のモンスターが無限に湧き出してきます。もし可能なら、「ウロボロス」にダンジョンの場所を特定させてこちらで潰しておきますが、どうしましょうか』
『お願いしましょう。ベルボル、シラシェル政府と軍に要請をしてください。ミスターアイバの船「ウロボロス」の作戦行動許可をただちに発行するように。評議会議長の超法規的特権を行使します』
『はいメンタードレーダ、ただちに』
動きが早いのはすばらしいんだけど、超法規的特権とかそんな簡単に使っていいんだろうか、などといらぬことを思ったりもする。
まあそれはともかく、目の前のドラゴンたちは今すぐどうにかしないとマズい。
『メンタードレーダ議長、とりあえずあのモンスターは私がなんとかしていいでしょうか。このままだとこのあたり一帯に大変な被害が出ると思いますので』
『恐らくこちらの即応警備対部隊が出てくると思います。それが通じなければお願いしましょう』
『警備部隊にも被害が出るかもしれませんが』
『無人機ですから大丈夫です。少し様子を見てみましょう』
議長の言葉に呼応するように、どこからか大きな円盤を中心に小型の円盤を四つくっつけたようなドローンが20機ほど飛んできて、機体の下部にある砲身のようなものをドラゴンたちに向けた。
最初に威嚇射撃をしたようだが、その光線で『ウロボロス』にも搭載されているパルスラムダキャノンの小型版であることがわかる。
威嚇射撃にまったく怯まないドラゴンたちに対し、次は本格的な射撃が始まった。見事な射撃精度で全弾がドラゴンたちに着弾をするのだが、表面の鱗を削るのみで、それほど有効なダメージにはなっていないようだ。ワイバーンの方は多少血を流しているのだが、それでも撃ち落とせるほどではない。
『ウロボロス』の武器はドラゴンにも効いていたのだが、やはり艦載の兵器とは出力が相当に違うらしい。
ドラゴンが大口を開けてブレスを吐く。至近距離からの射撃にドローンが一撃で破壊され、さらに一気に加速したワイバーンたちが文字通りの格闘戦を行うと、ドローンは次々と破壊されて海上に落下していく。
『なるほど、確かに通常の兵器では効果が低いようですね。あのパルスラムダガンは大型ドローンまでなら対応できるはずなのですが』
『今回お渡しした技術を使えば対応できるようになるでしょう。とりあえず今回は私が出ますね』
『申し訳ありません、ここはミスターアイバにお任せします』
俺は青奥寺たちに「行ってくる」と声を掛け、『ウロボちゃん』には「許可が出たらダンジョンを探しておいてくれ」と頼んで部屋を出た。