女エルフ副官は別の部屋に行くと、部下と思われるエルフ兵に指示を下した。
やはりメンタードレーダ議長と、それ以外の乗員を別の往還機に乗せて惑星へと下ろすようだ。
指示を受けて部屋を出て行く兵士の後をさらについていくと、複数の兵士に囲まれて歩かされるメンタードレーダ議長とすれ違った。
『他の乗員にはミスターアイバが助けに来るので協力するように言ってあります。よろしくお願いしますね』
『了解です。議長もお気を付けて』
とやりとりをしながら、俺は議長の後に連行されてきた議長の補佐官たちの方へと向かった。補佐官たちは護衛や宇宙船の乗組員を含めて全部で14名だった。全員が手錠をかけられており、20名ほどの兵士に囲まれて歩かされている。
彼らの後をついていくと、通路の窓の外に係留された宇宙船が見えてきた。どうやらその航空機にも見える宇宙船が往還機らしい。
俺たちはその往還機につながれたチューブを伝って機内へと入っていった。
往還機内は、雰囲気としては地球の小型の旅客機のようだった。
補佐官らは手足に錠がはめられているのだが、その上で椅子に固定され、身動きが取れないようにされていた。彼らの左右を囲むように兵士たちが座ると、20分くらいして往還機は軍港から発進した。
往還機に窓はないが、前にモニターがあって、そこには青い地球によく似た星が映っている。見た目は人間に近いエルフ型宇宙人が住む星であるわけだから、地球に似るのは当然かもしれない。
ある程度惑星に接近するとモニターの映像がブラックアウトした。そこに映った文字によると、どうやら大気圏に突入するということらしい。
地球の科学力では大気圏を出入りするのに非常なリスクを負うようだが、どうやら銀河連邦の科学力ではそうではないらしい。多少機体は揺れたが、特に大きな動きもなく、しばらくするとモニターが復活し、眼下の美しい海原を映し出し始めた。
さらに飛行すること15分ほど、大部分が緑に覆われた大陸が見えてくる。そこで往還機は高度を下げ始めた。
陸地は山岳地や森などがある一方で平野部には市街地が広がるという風景は、地球のそれとほぼ同じものである。市街地の建物が多少未来的かな、というくらいで、例えば空を飛ぶ車みたいなものは走ってはいない。
ただ気になるのは、その市街地に建つ建物がすべて統一された規格にそって作られ、整然と並んでいることだ。道路も完全に碁盤の目のように通されていて、本来なら完璧な都市計画のもとに作られた都市だと感嘆すべきところなのだろう。だが俺の感覚からすると、人間性の剝離した、牢獄のような都市にしか見えなかった。
往還機は一際規模の大きい市街地の外れにある、軍事基地と思しい敷地の方へと向かっていった。
着陸態勢に入った往還機はヘリポートのような敷地の上で停止、垂直に降下して着陸を終了した。
「よし、立ち上がって歩け」
往還機の外部へのドアが開くと、補佐官らの椅子への拘束が外され、エルフ兵士が誘導して彼らを外へと連れ出していく。もちろん俺は、姿も気配も消しながらその後をついていく。
補佐官らは、そのまま近くに停めてあった、中型のバスのような護送車に乗せられた。
車内は意外と狭く、俺が乗り込む空間はなさそうだったので、ここからは『機動』魔法で空を飛んでバスの後をつけていくことにする。
バスは郊外へと向かい、そして森に囲まれたいかにも秘密の研究所みたいな建物がある敷地へと入っていった。周囲が鉄柵で囲まれていて、あちこにちセンサーや監視カメラが設置されている。
研究所自体は豆腐みたいなただの白い箱型の建物だが、勇者の俺から見るとかなり嫌なオーラというか、雰囲気が漂っているのが感じられる。『洗脳』という言葉のイメージを裏切らない施設のようだ。
護送車が建物の前に停車すると、玄関から兵士たちが出てきて、補佐官たちの身柄を引き継いだようだ。
もとの兵士たちはやりとりが終わると護送車に乗り込み、そしてバスはそのまま走り去っていった。
引き継いだ20名ほどのエルフ兵士が、補佐官たちを囲んで建物の中へと連れて入る。
もちろん俺はその後ろにピッタリとついて、嫌な感じの白い建物へと一緒に入っていった。
内部はなんの飾りもない廊下が続いていて、左右に扉が並んでいる。一行は奥へと歩いていき、そして階段を地下へと下りていった。
地下はまず厳重そうな扉があり、それが開かれると小さな扉が左右にずらっと並ぶ、薄暗い廊下が現れた。
刑務所の一角といった雰囲気で、兵士たちは補佐官たちを一人ずつ扉の奥へと押し込んでいた。見るとそこは独房のような狭い部屋である。要するに補佐官たちをそこに監禁しておいて、時が来たら洗脳などを行うということだろう。
とりあえず彼らが閉じ込められた場所は確認できた。その後兵士たちは1階に戻った。
「私は所長に報告をしてくる。副隊長、隊を所定の警備に戻せ」
「イエスサー」
というやり取りが兵士たちの隊長と副隊長の間で行われるのを見て、俺は隊長の後をついていく。
隊長は廊下をさらに奥に歩いて行き、とある扉の前で立ち止まった。
扉の表面に『所長室』との表示が浮かび上がっている。どうやらこの施設の長の部屋らしい。
「所長、ジ・ラウ少尉です。報告があります」
『入れ』
インターホン越しにやりとりが行われ、扉がシュッと開く。
俺は隊長の脇を抜けて、ひとまず部屋の端へと移動をした。
『所長室』は、教室ほどの広さの、どちらかというと殺風景な部屋だった。
大きな執務机があり、机の上には情報端末が置いてある。
あとはクローゼットが一つと、冷蔵庫のような形の料理サーバーが一つ、それと応接セットがひと揃えあるだけの部屋である。
執務机には白衣を着たエルフ型宇宙人の男が座っていて、端末のモニターを睨んでいた。
金髪緑眼の美形の中年男だが、その三白眼の目にはどこかマッドサイエンティストを思わせる狂気が宿っている。
隊長は執務机の前まで進み出ると、そこで敬礼をした。
それでも所長は目をモニターから話さず、口だけ動かした。
「将軍から話のあった検体が到着したのかね?」
「はっ! 銀河連邦議会付きのエリート14人が先ほど到着し、地下房へ収容いたしました」
「そうか。将軍からの伝言は?」
「こちらです」
隊長が、SDカードほどの小さな媒体を執務机の前に置く。
所長はそれを摘まみ上げると、机上の端末の近くに置いた。
それで媒体からデータが転送されたらしい。所長はモニターに表示されたものを読み始めた。
「……ふむ、洗脳して使えるようにしろということか。連邦議会付きエリートなら使いでもありそうだ。SPがいるなら『アビス』の探索にも使えるな。よろしい、将軍には私から返事をしておく。少尉はさがりたまえ」
「はっ、失礼いたします!」
隊長が執務室から去る。俺はそのまま残って所長の監視に入る。こっそり所長の背後に回り込み、端末のモニターをのぞき込む。
所長が新たに端末を操作すると、別の部屋の映像が表示された。どうやら『ウロボロス』にもある、汎用工作システムの設置された部屋のようだ。
画面の向こうにはヘルメットを被ったエルフの技師がいる。
「サン・ダオ技師長、『洗脳チップ』のストックはいくつある?」
「はい所長、『洗脳チップ』は現在ストックが247あります」
「数が増えんな。やはりあの金属の加工が難しいのか」
「はっ。『アビス』から取れる金属の加工がこの工作システムには負荷が高いようでして、思うように工作スピードが上がりません」
「だが総統閣下は洗脳チップの増産を御所望だ。やはり工作システムの改良を含めて生産速度の向上を図らねばならんか。まあいい、技師長、『洗脳チップ』を14、私の元に送ってくれたまえ。新たな検体が届いたのでな」
「できれば私も立ち会いたいのですが」
「許可しよう」
「ありがとうございます。では『洗脳チップ』を14、私がお持ちします」
そこで所長エルフは通話を切った。
さて、今の話で気になることが2点あった。
一つは『洗脳チップ』とやらの存在だ。研究所での『洗脳』というからには投薬しての刷り込みなどを行うのかと思ったが、どうやら機械を埋め込んだりするタイプの話らしい。
それはそれでいかにも銀河連邦的な話だが、逆に言えばその『洗脳チップ』とやらを潰せば洗脳という行為自体をなくせるわけで、分かりやすいという点でありがたい。
問題はもう一つの、『アビス』という言葉だ。これは巨大犯罪組織『フィーマクード』が『深淵窟』を指す言葉として使っていたもので、恐らくはダンジョンのことを指しているのだろう。
重要なのは『アビス』という言葉をエルフ所長らが使っていたということで、そこから惑星ドーントレスと『フィーマクード』、ひいては『魔王』とのつながりが明らかになった形である。
俺がエルフ所長の後ろで考えごとをしていると、先ほどの技師長が執務室へとやってきた。
「所長、お待たせいたしました。こちら『洗脳チップ』になります」
技師長が執務机の上に並べたのは、クレジットカードの半分ほどの大きさの、黒っぽい装置だった。虫の足のようなものが何本か飛び出ているその装置に、俺は見覚えがあった。
それは『フィーマクード』が『深淵獣』に取りつけていた、『深淵獣』を操る装置の小型版に違いなかった。