さて、この『洗脳チップ』とやらを補佐官たちに使われてしまうとアウトなので、ここでいったんケリをつけないとならない。
そこで俺は、所長エルフと技師長エルフに『拘束』の魔法をかけて身動きが取れないようにした。ついでに『防音』魔法で声が外に漏れないようにする。
なお、この部屋に監視カメラなどがないのは『罠感知』スキルにより分かっている。
「うッ!? なんだ、身体が動かん……!? サン・ダオ、貴様か……ッ!?」
「いえ自分も動きません……っ! 部屋の防御機構ではありませんか!?」
「そんなものは存在しない! なんだこれは……!? なにが起きた!」
焦る2人の前に俺は姿を現した。といっても、一応『隠形』魔法で顔はわからないようにしているが。
「なんだ貴様は!? 今どこから現れた!?」
目を剥いて叫ぶエルフ所長に、俺は少し芝居がかった動きで両腕を広げてみせた。
「アンタッチャブルエンティティ、と言っておこうか。ちょっとお前たちの研究に興味があって邪魔させてもらった」
「なにがアンタッチャブルエンティティだ。大方反総統派の手先だろうが。ここのところ大人しくしていたと思っていたら、まさかここを狙っていたとは……!」
「勘違いをするのはそちらの勝手だ、好きにしてくれ。それよりこの『洗脳チップ』とやらだが――」
俺は机の上にある『洗脳チップ』を一つ手に取ってみた。
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洗脳チップ
対象に精神魔法を付与し、本人の判断力などはある程度保ったまま、外部の命令に従うよう強制する魔導具
発動時のみ多く魔力を消費するが、以降は対象の魔力を吸収して稼働する
頭部に近い場所に貼り付けると自動で起動する。
長期にわたって使うと対象の精神に損傷を与える危険がある
ミスリル製
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『アナライズ』すると、機能は想像通りといっていいものだった。
魔法ベースの道具らしく、触手が伸びて延髄に接続とかそんなエグい仕様ではないようだ。ただ残念ながらこの技術がどこから来たものかは出てこない。
「――面白い道具だな。だが銀河連邦の技術にはないものだ。この技術はどこから手に入れた?」
「答えると思うのか?」
「思わないな」
俺はそう言いながら、所長エルフの背後に移動をした。もちろん『洗脳チップ』を片手にだ。
エルフ所長はそれだけで俺がなにをしようとしているのか察したのだろう。顔をゆがませて喚き始めた。
「待て貴様! まさかそれを私に使うつもりではないだろうな! わかった、私が知っていることはすべて話す! それを使うのはよせ!」
「長時間使用しなければ大丈夫なんだろ? 意外と人道的な道具でよかったな」
俺は所長の首の後ろあたりに『洗脳チップ』を押し付けた。すると虫の足みたいな突起が動いて少しだけ皮膚に刺さり、自らをそこに固定した。所長エルフが「ぐっ!?」とか言ってたのでやっぱり少し痛いらしい。
直後に『洗脳チップ』の表面に魔法陣が浮かび上がった。なるほど確かに『精神魔法』の魔法陣だが、俺が知っているものより洗練されているようだ。
数秒すると、所長エルフの目から微妙に光が失われた気がする。といっても新良ほどではないのでパッと見はわからないだろう。
「どうだ、答える気になったか」
「……なにが知りたい?」
「この技術はどこから得た?」
「……この『洗脳チップ』の基幹となっている技術だな?」
「……そうだ。銀河連邦にはなかった、未知のエネルギーと技術体系による、まったく新しい機関だ」
「その『オメガ機関』を使った道具は他にあるのか?」
「……いくつかの研究所で分散して研究されているので、私もわからない。この研究所では、人間や『アビスビースト』を操る研究をしている」
「なるほど。ところでさっき出てきた『総統の客人』ってのはどんな奴か知ってるか?」
「……ちらとだけ見たことがあるが、巨躯のエルクルド星人だった。禿頭の男だ」
エルクルド星人はというのは新良のことで、要するに地球人とほぼ同じ見た目の宇宙人だ。
しかし巨躯で禿頭の地球人に見える男で『魔王』の関係者というと、少しだけ心当たりがある。それは異世界で『魔王』と対面した時に、その傍らにいた男である。
あの達人短剣使いバルロと同じ扱いだったので、間違いなく『クリムゾントワイライト』の幹部、つまり『魔王軍四天王』みたいな扱いの男のはずだ。
しかし事前にわかっていたこととはいえ、やはりこのドーントレスに『魔王』の手が入っていることは確定的になってしまった。
俺はそれからいくつかの質問をしたあと、技師長エルフにも同じく『洗脳チップ』を取りつけた。
その後技師長にこのドパル研究所を少しだけ案内させたが、やはり『洗脳チップ』の研究と製造、そしてそのチップを犯罪者などに取り付けて「人材として使える」ようにすることを行っている場所だということが判明した。
どうやらこのドーントレスでは、ゆくゆくは多くの人間に『洗脳チップ』をつけて使うことを考えているようだ。それを指示しているのは『総統』と呼ばれているトップだそうだが、なかなかにディストピアな構想である。
なお『アビス』、つまりダンジョンも惑星上に多く確認されているらしい。そしてそのダンジョン探索にも、多く『洗脳チップ』が取りつけられた人間が使われているようだ。異世界でも昔、奴隷にダンジョン探索させる貴族がいたが、それと同じようにエグいやりかたである。
さて捕まっている補佐官たちだが、所長エルフに聞くと、『洗脳チップ』を取りつけたあとは護送バスに乗せて首都まで連れて行く予定だったらしい。
そこで所長に、護送任務につくはずの兵士たち全員呼び出させ、その場で全員に『洗脳チップ』を取りつけることにした。その兵士たちに、地下に監禁されている補佐官たちを連行させ、研究所前に停めた護送用バスに乗せる。
全員が乗り込んだのを確認してから俺も護送用バスに乗り込んで、そこで欺瞞を解除すると、補佐官たち驚きの声をあげた。
「おおミスターアイバ!」
「皆さんお疲れ様です。まず回りの兵士たちですが、全員ある道具によって私の命令を聞くようになっていますのでご安心ください。これから皆さんには、護送されているという形で、この星の首都まで移動してもらいます。議長もそこにいるはずですので、最終的には議長と合流して往還機を奪って逃げ出す予定です」
「手伝えることはありませんか?」
「動くには自分一人の方が都合がいいのでお構いなく。兵士たちは皆さんの言うことも聞くと思いますが、よほどのことがない限りはなにもしないでください」
「わかりました。議長にもすべてミスターアイバに任せるよう言われておりますので、大人しく待っております」
「よろしくお願いします」
一応保険として全員に防御魔法『アロープロテクト』をかけておき、俺は護送用バスを出た。
護送用バスが研究所を出発したのを見送って、『機動』魔法で空に舞い上がり、一路首都へと全速力で飛行を開始した。