俺が転送されたのは、広大な山脈の上空だった。
『ヴリトラちゃん』の話の通りなら、アメリカのヴァージニア州のはずである。
ブレスレット越しに『ヴリトラちゃん』が示してくれた方向を見ると、山の斜面の一部の土が露出していて、すり鉢状の穴が開いたようになっている。
わずかに土ぼこりが上がっているようにも見え、そこでなにかがあったのは明らかだった。
『機動』魔法を全開にして飛んでいくと、穴は直径10メートルくらいのクレーターで、その真ん中に黒く焼け焦げた鎧――新良の『アームドスーツ』が横たわっていた。ほかにも残骸が散らばっているが、見た目からすると宇宙船の一部のようだ。
俺は素早く近づいて、まず『アームドスーツ』の上から『治癒』魔法をかけた。魔力の反応からまだ新良が生きていることはわかっている。これでとりあえずすぐにどうこうなることはない。
周囲に『気配察知』を飛ばすが、これといった反応は感じられない。下手人はすでにこの場を去ったようだ。
「『ヴリトラ』、新良の『アームドスーツ』を解除するよう『フォルトゥナ』に伝えてくれ」
『了解しました』
ブレスレット越しに指示をすると、数秒後に『アームドスーツ』が白く輝き、そこには新良だけが残された。
とりあえず全身をチェックするが、『アームドスーツ』の見た目ほどはダメージを受けてはいないようだ。たださっさの『治癒』魔法で表面の火傷などは治っているだろうが、身体内部になんらかのダメージを負っている場合もある。三留間さんの『治癒』スキルならそれも治せるだろうが、俺はそこまで『治癒』は得意ではない。
そこで『空間魔法』から『エクストラポーション』を取り出し、新良の首を固定して無理矢理ビンの口を新良の口の中に突っ込んだ。
「うぅ……ん……」
しばらくすると、新良は意識を取り戻した。
「私は……あ、先生……」
「どこか痛いところとかはあるか?」
「はい……ええと……大丈夫のようです。先生の魔法ですか?」
「いや、『エクストラポーション』を使った。生きてるなら治ってるはずだ」
「そうですか……ありがとうございます」
新良は礼を言いながらゆっくりと上体を起こした。どうやらもう大丈夫のようだ。
「凄まじい攻撃を受けました。あれは恐らく銀河連邦の兵器ではなく、先生が使っている魔法と同種のものです」
「まあそうだろうな。そうじゃなきゃ、オリハルコンとかで強化した新良の『アームドスーツ』にダメージは与えられないしな」
「そう……ですね。私もそれに頼って少し慢心したかもしれません」
「どんな相手だったかは見たのか」
「それが姿を見た瞬間に攻撃を受けたので……。しかし『アームドスーツ』が映像を『フォルトゥナ』に常時転送していますので、そちらを見ればわかるかもしれません」
「ならすぐ戻って見てみるか。魔力を使う相手なら『ウロボロス』が行方を追えるだろうしな」
「はい。……あ……っ」
「どうした?」
「それが、力が入らなくて……。腰が抜ける、という状態のようです」
新良は立ち上ろうとしているが、確かに下半身に力が入らないようで、膝立ちにすらなれないでいた。
命の危機にさらされたのだからそうもなるだろう。なんだかんだ言っても新良はまだ10代の女の子である。
仕方ないのでお姫様抱っこで抱えてやることにする。
新良は最初驚いたような顔をしたが、すぐに俺の首に腕を回して素直に抱きあげられた。
ちょっと俺の首を絞め過ぎな気もするが、それだけ恐怖を感じたということだろう。
「済みません先生」
「謝ることじゃないさ。とりあえず戻ろう。『ヴリトラ』、転送してくれ」
『了解しました。転送します』
転送されたのはさっきまでいた『ヴリトラ』の貨物室だ。
もちろん青奥寺たちはまだ船内に残っていて、お姫様抱っこされた新良のもとへ駆け寄ってくる。
「璃々緒、大丈夫?」
「ええ、怪我は先生が治してくれたから。ただちょっと力が入らなくて先生に抱えてもらっているだけ」
「先生、璃々緒は大丈夫なんですか?」
「『エクストラポーション』を使ったから傷は残ってないはずだ。立てないのは強烈な攻撃を受けて一時的にショック状態にあるだけだろう」
青奥寺に答えながら、俺は貨物室の一角にあるリビングスペースまで新良を運び、そこのソファに腰掛けさせてやった。
手を離す時に、新良がなかなか首に回した手を外してくれなかったが、どうも無意識の内にしがみついているようだ。もしかしたら受けたショックが意外と残っているのかもしれない。
「あ~、もう大丈夫だぞ」
と背中をさすってやると、新良は「あ、済みません……っ」と珍しくうわずった声を出して手を離した。
それを見て双党がニヤニヤと笑いながら新良を突っつき始め、新良が顔を赤くしたりしているが、まあこの感じなら大丈夫だろう。
レアや九神、そして三留間さんや清音ちゃんも心配そうに声を掛けていて、生徒同士の仲が良い姿に教師として心が温まるのを覚える。
が、ほっこりしてばかりもいられない。青奥寺の言葉で現実に戻される。
「それで先生、璃々緒をこんなふうにした相手はどうなったんですか?」
「行方不明だ。新良の『フォルトゥナ』に映像があるらしいんだが……新良、転送できるか?」
声を掛けると、新良は「今やります」と答えてブレスレットを操作した。
ブレスレットから光が走り、空中に画像が表示される。
それは『アームドスーツ』の頭部カメラからの主観視点の映像であり、今映っているのは、山の中腹に突き刺さった宇宙船を空中から捉えたものである。
画面の中でその宇宙船はゆっくりとアップになってくる。もちろん新良が宇宙船に接近しているのである。
その宇宙船は直方体の本体に円筒形の推進装置が四つついた形状をしていて、本体の一部、外部ハッチが開いたままになっていた。
映像はそのハッチに近づいていくのだが、そこで急にカメラが空へと向きを変えた。新良がなんらかの気配を察知したのだろう。
そして次の瞬間、光の球が迫ってきて、画面は全面が赤い炎に包まれ、そしてブラックアウトした。
「先生、今のでわかりましたか?」
新良がそう聞いてきたのは、俺が無意識の内に大きなため息を吐き出していたからだ。
「ああ。今のは間違いなく魔法だな。新良が食らう前に一瞬だけ相手の姿が映っていたぞ」
「本当ですか? 映像をスローで逆再生しましょう」
映像が逆再生されると、赤い炎が消えていき、その炎の元となった光の球が画面の奥の方へと戻っていく。
そしてその光の球を打ち出した人物が、上空に小さく表示されるシーンで映像は止められた。
「確かに一瞬ですが映っていましたね。拡大します」
新良が画面に手をかざすと、その人物が拡大して表示された。
その映像を見て、真っ先に口を開いたのは清音ちゃんだった。
「あっ、この人どこかで見たことがあります。確かお兄ちゃんと異世界に行ったときに、『魔王』って人の隣に立っていた人ですよね?」
そう、映像は多少ぼやけていたが、映っていたのはローブを身に着けた、菩薩のような顔をした禿頭の大男――惑星ドーントレスで相対した『ゼンリノ師』に間違いなかった。
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王都からオーズに至るまでのお話ですが、例によってソウシ以外のキャラクター視点のお話や、巻末の追加エピソードなど新規の書き下ろしもあります。
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