翌日土曜、俺は朝から『ウロボロス』の艦長席に座っていた。
目の前には猫耳アクセサリ付き銀髪美少女アンドロイド『ウロボちゃん』と、すっかり『ウロボロス』に住み着いている猫獣人技術員のイグナ嬢がいる。
ほか『統合指揮所』内のコンソール前には『ウロボちゃん』に似たアンドロイドクルーが10人ほどいて、それぞれの仕事をこなしている。
正面の大型モニターにはアメリカ合衆国の地図が表示されていて、その東海岸付近に赤いアイコンが表示されている。昨夜『ゼンリノ師』らしき人物が降下してきた場所である。
昨夜、『ゼンリノ師』は、新良ごと自分が乗ってきた星間クルーザーを爆破したらしい。自分から地球を離脱する方法を破壊するというのはおかしなことのように思えるが、『ゼンリノ師』が『魔王』の作ったコピーであれば納得できる。もとから帰るつもりはないということだ。
問題は、その『ゼンリノ師』がどこへ向かったのかということなのだが……。
「それで『ウロボロス』、どうなんだ?」
『はい艦長。特殊な魔力反応ですが、アメリカ合衆国内では今のところ感知されていません~。西海岸付近に一つありますが、これは『クリムゾントワイライト』の幹部スキュアのものと思われまっす』
ということであった。
「じゃあ調査範囲を広げてくれ。恐らくはスキュアと同等に近い反応があるはずだ」
『了解でっす』
それまでモニターを見ていたイグナ嬢が、俺の方を振り向いた。
「そういえばハシルさん、スキュア所長は結局アメリカ政府と裏取引をして活動を許されているんでしたよね~」
「らしいな。なにをやってるのかは知らないが、今は薬を捌いたりはしていないようだ」
「でも完全に地球人側になったわけでもないと聞きましたが~」
「なにかあった時にどっちにつくかはわからないだろうな。まあ『魔王』……『導師』側についたらその時は真っ先に叩き潰すけどな。スキュアは本人はそこまで強くない代わりに裏で色々やるタイプだし」
「ハシルさんそういう時は怖いですね~。本気で言っていそうです」
「もとはアメリカがその気だったら潰すのを手伝うつもりだったしな」
とはいっても、スキュア自身はアメリカ政府としても使いでがある『人材』なので、結局はクゼーロと同様生け捕りにはしただろう。
「そういえばイグナは『ゼンリノ師』とやらとは会ったことはないのか?」
「ゼンリノという名前だけは聞いたことはありますが、直接会ったことはありません~。剣と魔法と、両方に優れた魔法剣士だと言われてました」
「魔法剣士、ね。しかし高度な精神魔法も使っていたからな。結構な食わせ物なんだろう」
「そうなんでしょうかね~。でもその『ゼンリノ師』が地球に来たのなら、スキュア所長に会いに行く可能性はないのでしょうか~?」
「あ~……」
イグナ嬢の意見に俺はつい手を叩いてしまった。
言われてみれば一番に考えないといけない可能性である。
「そうすると『ゼンリノ師』はスキュアの元に向かっている可能性が高いな。もし高度な魔力隠蔽スキルを持っているなら、やっぱり食わせ物ということか」
「スキュア所長も『ゼンリノ師』を通して『導師』からの指示があれば、再び動き出す気がします。所長は『導師』のことをすごく信奉していたので~」
「だよなぁ」
しかし『導師』こと『魔王』は、恐らく俺が地球にいることは知っているはずだ。とすると、このタイミングでスキュアに接触してきたのは少し意味がわからない。なぜなら俺がその気になれば、スキュアなどどうにでもできるからだ。『魔王』が地球に攻めてきたタイミングで行動させるならともかく、こんな半端な時期にスキュアに接触するのは悪手でしかない。
「とすると、なにか違うことを企んでいる可能性があるのか……?」
「ハシルさん、なにか気になることがあるんですか~?」
独り言が聞こえてしまったようで、イグナ嬢が反応した。
「ああ、『魔王』がスキュアになにかさせようとしてるなら、止めないといけないと思ってね」
「それって力ずくで所長を倒しちゃうってことですか?」
「場合によってはな」
「ん~……」
そこでイグナ嬢は、人差し指を口元にあてて首をかしげた。
「所長はああ見えて私や部下には優しくしてくれたんですよね~。私も一応恩があるんです~」
「へえ」
「なんとか助けられる方向でいけませんか~? 私も協力しますので」
「イグナはそんなに仲良かったのか?」
「私はそんなでもないですけど、弟のレグサがお世話になってる『赤の牙』のリーダーと付き合ってたっていう噂がありましたね」
「あ~……、確かそれは俺も聞いたな」
忘れかけていたが、確かに『赤の牙』のリーダー、イケメン金髪剣士のランサスはスキュアのことをかなり気にしていた。なにかあったら説得を試みるから、一度会う機会を作って欲しいと言われていた気がする。
「じゃあイグナとランサスを連れて本部に行ってみるか。ああ、その前に一応『アウトフォックス』には話を通しておいた方がいいか」
レアのスマホに連絡するとすぐに『ウロボロス』に来られるというので、転送で来てもらった。
「済みませぇん、詳しい話をお願いしまぁす」
髪を下ろしたパーカー姿のレアが、艦長席の目の前で敬礼をした。
ちなみにレアの服と髪が適当なのは俺がすぐに来てくれと頼んだからだ。彼女は着替えたいと言っていたのだが、女子の準備に時間がかかるのはわかっていたので無理を言ったのである。
「昨日やってきた『ゼンリノ師』なんだが、アメリカにいる『クリムゾントワイライト』の支部長スキュアのところに向かった可能性が高い。なので俺もそっちに行ってなんとかしたいと思ってるんだが、かってに支部長に接触したらマズいだろうから、ハリソンさんの上司に話を通して欲しいんだ」
「なるほど、わかりまぁした。しかし『ゼンリノ師』はスキュアのもとになにをしに行ったのでしょうか?」
「それはまったくわからん。ただロクなものでないことだけは確かだ」
「そうでぇすか。わかりまぁした。すぐに局長に連絡を取りまぁす」
「頼むわ」
と言うと、レアはその場でスマホを取り出して操作を始めた。
ちなみに『ウロボロス』内でもスマホは普通に使うことができるが、これは銀河連邦の技術で地球のネットワークにアクセスしているからである。
連絡はすぐにつながったようだ。レアは二言三言説明をすると、すぐにスマホを俺に渡してきた。
「直接お話をしたいそうでぇす」
「わかった。ええと、相羽です。お久しぶりですクラークさん」
「久しぶりだなミスターアイバ。君のお陰で支部長のスキュアとは良好な関係を築けていたのだが、なにやら妙な動きがあるとか」
レアの上司はグレアム・クラーク氏と言って、やはりエリート感と歴戦の兵士感のある壮年の男性である。
スマホの向こうの声は以前と変わらず落ち着いたものであったが、俺がレアにしたのと同じ説明をすると、そのトーンはやや下がり気味になった。
「……なるほど、それはこちらとしても看過できない事態になりそうだ。接触をするのはお任せするが、済まないがハリソン少尉は伴ってもらいたい。よろしいだろうか?」
「ええ、それで構いません。ではすぐにでも向かいます」
結局レアには急いで着替えてもらう必要ができてしまったが、貴重な姿が見られたからよしとしよう。
さて、問題は『ゼンリノ師』が本当スキュアの元に向かっているのかということだが、勇者の勘的にはそれは間違いないと出ている。
とすればわざわざ地球を訪れた理由だが、帰還用の星間クルーザーを自分から破壊した以上、スキュアを『魔王』のもとに連れ帰るという話ではないだろう。とすると、地球でろくでもないことをさせるつもりなのだろうというのは想像がつく。
『赤の牙』のランサスが上手く説得できればいいんだが……。元恋人というなら、とりあえず話くらいは聞いてくれるだろうか。