翌木曜日、放課後に獣人族エンジニアのイグナ嬢とともにランサスたち『赤の牙』が住む家を訪れた。
イグナ嬢を連れて行ったのは、彼女もスキュアに会いたがったからである。もちろん弟のレグサも気になっているようだ。
家に上がると、リビングには金髪イケメンのランサスと、妖艶美女のスキュアだけがいた。レグサは部屋でゲーム、他の二人、ロウナとドルガは空気を読んで(?)出かけたとか。
四人でテーブルを囲む形になり、ランサスがペットボトルの茶を出してくれる。本当にこちらの生活に慣れてきているようだ。
椅子に座っているスキュアだが、色々と憑き物が落ちたような様子であった。紫の髪はすべて下ろしてウェービーなロングヘアになっており、目からは険が完全になくなっていた。しかしその分生気も失われているようで、なんとなく心ここにあらずといった様子も感じられる。
スキュアの魔力を感知してみると、一般的な魔導師くらいしかないようだ。この間のダンジョン生成によって魔力発生器官ごと魔力が奪われたからだろう。完全に失っていないので訓練次第では元に戻るかもしれないが、目の前のスキュアを見る限りその意思をもてるようには思えない。
話は、ランサスが軽く頭を下げるところから始まった。
「アイバさん、今日は呼びつけて済まない」
「いや、どうせ転送で来るだけだから大した手間じゃないさ。それよりスキュアは体調は大丈夫なのか?」
「ああ、魔力を大幅に失った以外は特に問題はないようだ。スキュア、そうだな?」
「ええ。おかげさまで健康を害するようなことにはなっていないわ。今さらながら、自分がこうして生きていること自体には感謝してる。部下を生かしておいてくれていることにもね」
「なら結構。それでどんな話をしてくれるんだ? 俺が聞きたいのはあのゼンリノ師と、そして『魔王』がなにを狙って地球に来たかなんだが」
早速本題に入ると、スキュアは軽く息を吐き出し、それからなにかを吐き出すように、ゆっくりと話し始めた。
「……ゼンリノは、『導師』様が力を取り戻すのに、この世界に多くのダンジョンが生まれることが必要だと言っていたわ。自分が地球に来たのもダンジョンを増やすためだとも言っていた」
「しかしダンジョンを増やすだけが目的なら、わざわざお前の力を使う必要はないだろう」
「そうね。私が協力をしたのは、あのダンジョンを更に発達させて、私たちが元居た世界とつなげるためだから」
「世界をつなげる? ダンジョンに『次元環』でも作ろうっていうのか? ……いや、そういえば……」
以前ルカラスが、俺の管理しているダンジョンの一つに異世界と通じる穴が開いていたと言っていた。大した穴ではないのことでアンドロイドに監視をさせ、その映像などは見たりもしていたが、その後特になにもないのでほとんど忘れかけていた。
だがその事例から考えれば、ダンジョンを経由して、異世界とこちらの世界をつなげるということは可能ということになる。問題は、その目的がなにかということだ。
「で、異世界とこっちとつなげる理由を口にしていたか?」
「『導師』様の力を向こうの世界にも浸透させるためだと言ってたわね。『導師』様はまだ向こうの世界も諦めていないのだそうよ」
「あ~……、要するに全部自分が支配したいってわけか」
『魔王』の元の姿である『応魔』の『王位』は、とにかく世界を支配したい生き物らしい。なので『魔王』が支配したがりなのは、ほとんど本能のようなものなのだろう。
「それと、あちらの世界とつなげるのにこの地球がとても都合がいいらしいわ。距離が一番近いのだそうよ。勇者様には身に覚えがあるんじゃないかしら」
「……なるほどな。召喚された勇者が地球人なのにも理由があったってわけか」
よく考えたら銀河連邦があるこの世界で、召喚対象としてわざわざ文明が遅れている惑星を選ぶ理由はない。地球人が選ばれたのが偶然であるなら、距離が近いというのは非常に説得力がある話だ。
俺がうなずいていると、スキュアはさらに言葉を続けた。
「それと『導師』様は、こちらの世界に魔力を扱う技術を普及させたいという考えもお持ちだそうよ。あちらの世界とこちらの世界をつなげるのには、そういった意味合いもあるらしいわ」
「なぜ魔力を、というのは聞くまでもないか。どうせ『魔王』……『導師』は魔力でパワーアップするから、魔力がそこらじゅうにあった方が都合がいいとかだろう?」
「そうなのかしら。そこは私にはわからないわ。『導師』様は、向こうの世界にいた時は昔の失われた技術を復活させるとおっしゃっていたわ」
「人が魔力の便利さに気付いたら、世界に魔力がさらに拡散するからな。それがそのまま奴の力になるし、普及させようとするのは当たり前だろう」
もっとも、それなら地上から魔力を失くせば『魔王』は復活しないのかというと、そうでもないのが奴の面倒なところである。そして奴が復活した時に、魔力がなければ人間側は『魔王』への対抗手段を失うのである。
「それで、ほかにゼンリノ師はなにか言っていなかったか?」
「そうね……それ以外は特になにも言っていなかったと思うわ」
新しい情報はいくつか得たが、対応が必要というほどのものはなかった。
ただ異世界の女王様には、これからさらにダンジョンが増えますよとか、まだ『魔王』は狙ってますよとかは伝えておいた方がいいかもしれない。向こうの世界とつながっているダンジョンがあるのだから、向こうとこっちで通信できるような技術も『ウロボロス』なら作れるのではないだろうか。
などと考えていると、今まで黙って聞いていたイグナ嬢が口を開いた。
「あの、スキュア支部長、少しいいですか?」
「もう支部長はよして」
「えっと、じゃあスキュアさんは、まだ『導師』様のことを信じているんですか? ルカラス様には会って話をしたんですよね?」
聞きづらいことをズバッと聞くのは獣人族の性向である。彼らは迂遠な物言いを好まない。
ちなみにスキュアは、すでにルカラスに会わせてある。ルカラス自身は「またハシルのお人よしが出たか? それとも新たなハーレム要員か?」などと文句を言っていたのだが、「情報収集のためだ。それとスキュアにはもう相手がいる」と言ったら一応対応はしてくれた。
「ええ。彼女が『導師』様に匹敵するような存在であることは感じたわ。そして彼女の『魔王』についての話も聞いた。でもそんなに簡単に変わるものではないわ」
「そうですか……。でも、もうなにかしようって気はないんですよね?」
「力を失ってしまったし、あのダンジョンを作ることで私の役割は終わったから」
「ならそれでいいです。スキュアさんは私たちのために色々やってくれましたから、今度は自分のために生きてください」
イグナ嬢のその言葉に、スキュアは寂しそうに笑った。
「そんなことが許される身ではないのだけれどね。結局バーゼルたちも勇者様に任せることになってしまったし……」
『バーゼルたち』というのはスキュアの部下たちのことである。今は『ウロボちゃん』の監督のもと、密林のダンジョン管理に追われているはずだ。
「あいつらはつまらん考えなど起こせないように生活に追われてもらってる。お前も少しばかり残った力を使って残りの人生をみじめに送ればいい。無力なまま生きることが自分への罰だと思うんだな」
「さすが勇者様、悪者には手厳しいのね」
「自分が悪者だったと思えるならまだ救いがあるさ。ここで自分が正しいことをしてきたんだなんて言ってたら、『精神魔法』で洗脳してたところだ」
「いっそその方が幸せかもしれないけれど」
自嘲気味にそんな言葉を吐くスキュアの肩を、ランサスが優しく抱いた。どうやらこれ以上お邪魔虫はいない方がいいようだ。
「ま、話をしてくれたことは感謝する。ランサス、なにかあったら言ってくれ」
「わかった。アイバさんには本当に世話になるな」
「その分働いてくれれば文句は言わんさ」
その後イグナ嬢が弟のレグサ少年の部屋に突入していった。
俺はそのまま転送で『ウロボロス』に戻ったが、イグナ嬢が戻って来たのは一時間後だった。どうもレグサがすっかりゲームにハマって大変なことになっているらしい。
正直仕事さえしっかりやるならゲームにでもハマっていたほうが平和な気もするが、まあそのあたりの感覚は人それぞれだ。
スキュアもなにか打ち込めるものでもできればいいんだが。そこはランサスが上手いことやってくれるのを祈るのみだ。
申し訳ありませんが次回10月20日の更新はお休みさせていただきます
次回は10月23日の更新になります