もと『クリムゾントワイライト』アメリカ支部長のスキュアと会話をした結果、
「『魔王』は地球と異世界をダンジョンでつなげようとした」
「地球と異世界は距離が近い」
と、少し気になることを聞くことができた。
そこで確認のため、俺はアメリカの『クリムゾントワイライト』支部跡を再び訪れていた。
一見するとアメリカンな大きめの白い一軒家だが、その地下は三階層のダンジョンになっている。そしてこのダンジョンは今のところ俺が管理をしている。
なにしろ上層で『特Ⅰ型』、すなわちBランクモンスターが出るという、俺が知る限り最高レベルのダンジョンである。アメリカの対『クリムゾントワイライト』機関である『アウトフォックス』でも、突入すればほとんどの隊員は生きて帰ってこられないだろう。
管理についてはレアの上司にも話を通してもらってOKを貰っているが、これに関してアメリカのトップ層には話は通じていない可能性が高い。知ったら絶対に自分たちが関わろうとするはずだからだ。
俺が家に入ると、『ウロボちゃん』に似た少女アンドロイドが迎えてくれる。服装がセーラー服なのは『ウロボちゃん』の趣味(?)である。
「お疲れさん。なんか異常はないか?」
『はい、二階までを見ていますが特に問題はありません』
「そうか。被害は出ているか?」
『モンスターのデータ収集が完全に完了するまでに3体が中破しました。補修を受けて現在は任務に復帰しています。データ収集後は被害は出ておりません』
「なら結構」
ダンジョン管理アンドロイドにはダンジョン産武器のほか、量産化された『魔導銃』も配備されている。パーティを組めば『特Ⅰ型』、Bランクモンスターまでなら余裕で対応できる。
「ちょっと奥の様子を見たいから俺も入る。特にフォローは要らないからお前たちは通常営業で頼む」
『了解しました』
他のアンドロイドたちから敬礼されながら家の奥に行き、地下への通路へ入っていった。
歩いてしばらくすると通路はダンジョンに変化する。現れるザコモンスターを蹴散らしながら奥へと進んでいくと、すぐにボス部屋前だ。
地下1階ボスはアンドロイドに討伐されたばかりらしく不在だった。出現するのは『ロイヤルガードデーモン』というBランク最上位の悪魔型モンスターらしい。青奥寺たちのステップアップには丁度いい相手なので、そのうち戦わせようかと思っている。
地下2階もサクサク進む。ボスは前も戦ったAランクの『ロイヤルデーモン』だ。言葉も解するほどの上位モンスターだが、今日は『魔剣ディアブラ』の一振りで瞬殺させてもらった。
しかしAランクでも最上位に近いモンスターを一撃で倒せる自分の力が怖い。昔は勇者パーティで力を合わせてヒーヒー言いながら倒していたんだがなあ。
地下3階も小部屋ごとに大量に現れるザコを蹴散らして進んでいくと、大きな両開きの扉の前に出た。この奥はボス部屋となるが、以前はここに『ゼンリノ師』とスキュアがいた。だが今はこのダンジョンの大ボスがいるはずだ。
息を一つ吐き出して扉を開く。
さて、最上位クラスのダンジョンの大ボスは……と少し期待しながら見ると、だだっ広い部屋の真ん中にいたのは、やはりデーモン系のモンスターだった。
身長2メートル半ほどの人型で、見た目は端正な顔立ちの貴族的風貌の男である。服装もファンタジー貴族が着ているような貴族服で、臙脂色を基調とした上品なものだ。
長い金髪を後ろに流し、露わになった額からは二本のツノがねじくれながら天に向かって突き出している。背中には蝙蝠の羽根と尻尾、オリハルコン製と思われる長剣を地面に突き立て、その柄頭に両手を乗せてこちらに視線を向けている。
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デーモンキング Aランクモンスター
デーモンキング族の下位モンスター。
極めて高い魔力を内包するが、その魔力のほとんどを身体強化に転化している物理攻撃、物理防御特化のモンスター。
元の身体能力も極めて高く、振るう長剣は山を断ち海を裂くと言われている。
配下を指揮する能力にも長けており、基本的に多くのモンスター、特にデーモン族を従えている。
極めて高い物理耐性、魔法耐性と再生能力を持つ。
弱点は聖属性。
特性
身体超強化 強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性
スキル
上級長剣術 飛行 上級指揮 超再生
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地下二階の『ロイヤルデーモン』は『デーモン族最上位』だったが、こちらは種族が変わって『デーモンキング族』だ。
『キング』が種族ってなんだよと突っ込みたくなるが、モンスター界隈は生まれつき上下が決まっているという世知辛い世界なので、これは仕方ないのかもしれない。
ともかくAランクでも上位のモンスターだ。単純物理型のようだが、見た感じあの『魔人衆』のバルロに近い圧がある。あいつなら喜んで戦ったかもしれないな。
ちなみにこれで『デーモンキング族の下位』ということは、上位は『特Ⅲ型』、Sランクになるということだろう。異世界で戦ったあの『ヘカトンケイル』とかいう『魔王』クラスの化物になるということで、なかなかに楽しそうな話である。
「ホウ、骨ノアリソウナ人間ガ来タモノダ。コレナラ戦イヲ楽シメソウダナ」
おっと、そこまで言葉を操るとは、やはり知能もかなり高いらしい。
もっともダンジョンモンスターなので、そう見えるように振舞っているだけの可能性もある。ダンジョンモンスターの生態は俺でもよくわからない。
「済まないな。こっちは戦いを楽しむ気はないんだ」
俺は『空間魔法』を開いて、武器を『魔剣ディアブラ』から『聖剣天之九星』に持ち替えた。言うまでもなく『天之九星』は超強力な『聖属性』持ちだ。デーモン族には天敵の中の天敵みたいな剣である。
「ソノ剣カラハ危険ナ力ヲ感ジル。速ヤカニ滅ボシテクレヨウ」
デーモンキングはオリハルコンの長剣を両手で握ると、切っ先を俺に向けるようにして構えを取った。瞬間足元から魔力の渦が吹き上がり、デーモンキングの全身をスパークしながら駆け巡る。離れていても肌を刺すほどの魔力の圧を感じるので、俺が知る限りで最高レベルに近い身体強化だろう。
それに合わせて俺も全身に魔力を巡らせて、『天之九星』を構える。刀身をかすかに震わせているのは、『天之九星』がデーモンキングを強敵と認めたからだろう。
剣士スタイル同士の戦いは、間合いの探り合いから始まる。互いにジリジリと距離を詰めていくと、俺とデーモンキングに挟まれた空間に、深海のような圧がかかり始めた。
それはもはや物理的な力になるほどの高まりを見せるが、やがてどこかで限界が訪れる。
その限界のわずか前、互いの身体が、踏み込みの音を残して前に出る。身体強化を伴った『高速移動』スキルは、音速を超える動きを可能にする。
そして甲高い金属音。オリハルコンの剣と『天之九星』がぶつかり合い、弾かれ合った音である。
俺とデーモンキングはすれ違い、そして互いの位置を入れ替えつつ再び交差する。
またも爆発的な金属音が鳴り響き、そしてまたすれ違う。再び向きを変え、ぶつかり合う俺とデーモンキング。そんな差し合いが10合ほど続いただろうか。
「ムウンッ!!」
デーモンキングが足を止め、暴風のようなラッシュを仕掛けてきた。あらゆる角度から、山をも切り裂くほどの斬撃が襲い掛かってくる。しかも時には巧妙なフェイントまで挟んでの、質と量を兼ね備えた圧倒的な剣撃である。
俺はそれらを『天之九星』で全て弾いて返していく。『感覚高速化』スキルを動員すればそこまで難しいことではない。デーモンキングのスピードはバルロにはかなり劣る。ただし単純な膂力は比較にならないほど高い。
「グウッ、守リガ堅イカ。ナラバッ!!」
デーモンキングは強烈な一撃を放ったと思ったら、背中の羽根をはためかせ空中へと飛び上がった。
振り上げた剣が鋭く紫に輝いているのは刀身に魔力を集中している証である。最大パワーの必殺剣を放つつもりのようだ。
「疾ク消エヨ!!」
空中から、剣を振り下ろしながら降下してくるキングデーモン。紫がかった剣の輝きはまるで彗星が流れ落ちてくるかのよう。単純な攻撃に見えるが回避しても追ってくるはずなので、出されたら詰みに近い技である。
唯一の対抗策は、向こうを超える魔力を込めた一撃しかない。
『天之九星』が、俺の魔力を帯びて蒼白に輝く。その光量はまさに地上に生じた太陽か。
俺は日輪を宿した剣を下段の構えから振り上げつつ、『機動』魔法によって飛び上がる。
地に落ちる彗星と、地から打ちあがる太陽のぶつかり合い。無論太陽が負ける道理はなく、蒼白の光は紫の光を圧し塗りつぶして、そして天へと駆け上がる。
飛び上がった先で剣を振り切った俺が、空中で停止して下を見ると、真っ二つになったデーモンキングが黒い霧となって消えていくところだった。