土曜はリーララに魔法講座をしてやったあと墜落した宇宙船を回収、日曜ゆっくり休んでその翌日。
朝のHRで3人娘が揃っているのにすこし安心感を覚えつつ一日の授業を終え、放課後の部活の指導に行くと、3人娘と雨乃嬢と三留間さんが揃っていた。
高等部の同好会なのに女子大生と中等部の子がいるのが当たり前になってきているのはやっぱりちょっとおかしいよな、と思いつつ、いつもの魔力トレーニングを行う。
「あ、先生、なにか体の中から魔力が生まれているような気がします」
10分くらいしてそう言ったのは青奥寺だった。
「ちょっと立ってみてくれ。魔力を吸収するのをやめて」
「はい」
青奥寺の全身を見ると、うっすらと魔力がにじむようにでてきているのが見える。特に下腹のあたりが濃いように見えるので間違いなく『魔力発生器官』ができたようだ。
トレーニングを始めて一月も経っていないんだが……やはり元から鍛えているから違うのだろうか。
「確かに魔力を作る力が身についたようだ。どこから魔力が出てくるか分かるか?」
「そうですね……おへその下あたり……でしょうか?」
「それで正しいと思う。次は魔力を吸収した時にその場所に魔力を持っていくようにしよう」
「わかりました。この魔力を使ってなにかをするのは……」
「まだ早いかな。とにかく毎日トレーニングを続けて出せる魔力の量を増やしていこう。自分で魔力を出して、それを再吸入することで自己トレーニングができるようになるのが次の目標だ」
「はい、分かりました」
青奥寺は再び座禅を組んでトレーニングに戻る。
それを横目に見て、雨乃嬢が、「うう、また寝取りが進んじゃう……」とか言っているのが聞こえたが、さすがに『聖女さん』こと三留間さんに聞かせるのは勘弁してほしいんだよなあ。
「私は少しサボっちゃったから頑張らないと……あぅ、痛い……」
と言っているのは双党だ。確かに先週は不参加だったからな。
新良と三留間さんは黙々とトレーニングを続けているが、順番でいくと次は新良だろうか。こういうのは一人が身につくと不思議と続いたりするものだが……。
しかし残念ながらそれ以上の変化はなく、今日の30分のトレーニングは終わりとなった。
「先生、今日の9時なんですが、またよろしいでしょうか?」
帰り際に新良がそう耳打ちしてきたのは、他の娘たちが武道場を出てからだった。
「またなにかあったのか?」
「先日のことについて、あの後少し気になる情報が入ったので」
「分かった、準備しとく」
と短いやりとりをしただけなのだが、それを武道場の入り口で見ている者がいた。
黒髪の下から刺さるような鋭い視線、風紀の乱れを許さない潔癖少女、青奥寺美園その人である。
「今怪しい約束をしていませんでしたか?」
「別に怪しくない。私の得た情報を先生と共有するだけ。そういう指示を上司から受けたから」
そう答えたのは新良だが、青奥寺はもちろん納得はしない。
「いくら相手が先生でも夜9時に会う約束をするのはだめだと思う」
「フォルトゥナに転送するだけだから誰にも見られないし問題ない」
「えっ、それってあの宇宙船で2人っきりになるってこと?」
青奥寺の後ろから双党がひょっこり顔を出す。
「結果としてはそうなる。でもただ話をするだけだから」
「それでも男女で2人っきりは良くないと思う。いくら璃々緒でも先生には勝てないでしょう?」
いやいや、なんで俺が新良を襲う前提なんですかね青奥寺さん?
「この間も呼んだけど問題はなかったから大丈夫」
「は? もしかして2回目なの? 先生、どういうことですか?」
青奥寺の目つきがまた殺人的に……。
「いやまあ、完全に新良の仕事の話だからな。ここでは言えないような話も出たから他にどうしようもなかったんだよ」
「……そうですか。それで、今日も2人きりじゃないとダメな話なの璃々緒?」
「今日の話は美園とかがりがいても問題はないかもしれない」
新良の言葉に双党がぴょんと跳ねる。
「あっ、じゃあ私たちも呼んでっ。それなら美園もオッケーでしょ。夜9時ね、待ってるから」
「ちょっ、かがり勝手に決めないで。まあでもそういうことなら仕方ないかな。璃々緒、私も呼んでくれる?」
「分かった、9時に転送する」
なんかよく分からないけどそれで疑いが晴れるならいいか。しかし夜9時にプライベートで女子生徒と会うということに変わりはないんだよな。下手に露見する前にこれも校長に言っておいたほうがいいのかもしれないな。
夜9時ぴったりに新良の宇宙船に転送されると、そこにはすでに青奥寺と双党もいた。彼女たちもここは2回目ということでもう落ち着いていて、すでに普通の部屋でくつろぐ感じである。
ちなみに2人とも私服なんだが、なんか妙に薄着な気がするのだが……。特に双党はオフショルダーとかいう襟元が大きく開いた服を着ていて目のやり場に困ってしまう。
とはいえまあそれも彼女たちの一面なのだろう。教師としては知っておかなければならないことなのかも知れない。
さて、4人で囲むテーブルの上には情報端末のようなものが置かれている。新良が操作をすると、宇宙空間を飛び去って行く宇宙船の映像が流れた。
「これはフィーマクードの船か? 全部捕まえたはずなんだが」
俺が聞くと新良が頷いた。
「はい。実はもう一隻大気圏外にいて情報収集をしていたようです。戦いの途中でフォルトゥナが感知したので、先生にお伝えすることができませんでした」
「そうか。さすがに大気圏外の船を落とすのは俺でも難しいからな。知っていても何もしなかっただろうけど」
「難しい……不可能ではないのですね?」
「恐らく魔法を工夫すればなんとかなるとは思う。それより情報はそれだけではないんだろう?」
「ええ、実は通信を傍受することができたのですが……とりあえず聞いてください」
新良が端末を操作すると、宇宙語(?)による通信が流れ始める。
『……海上の船の内部に『シード』の反応を確認し……』
『……こんな辺境惑星に『シード』だと? 現在任務を中断、優先して確保……』
『……船の周辺で現地住民が戦闘を行っている……』
『……構わん、殲滅して『シード』を確保しろ……』
『……こいつら、『ヘルシザース』との戦い方を知ってるぞ……』
『……降下中の部隊半数がやられた! なにが起きた……』
『……『ジンメル』が消滅!? クソ、艦砲射撃を……』
『……艦内に何者かが侵入! 化物かこいつは……』
『……来るな! 来るなぁっ……』
う~ん、後半はモンスターパニック映画のセリフみたいだが、多分下手人は俺なんだよなあ。
まあそれはともかく、問題は前半部分だろう。連中の言う『シード』が『深淵の雫』を指すのは間違いなさそうだ。とすれば……
「要するにフィーマクードの連中も『深淵の雫』を欲しがっているということだよな。だからあの場所に現れたということか」
俺が言うと新良は頷いた。
「そういうことだと思います」
「さっき映像に映ってた船は、地球に『雫』があるという情報を持って逃げたことになるわけだな。それはちょっとうまくないな」
「そうですね。『イヴォルヴ』を作るために『雫』を必要としているなら、その『雫』を採取できる惑星は彼らにとって重要な意味を持つはずです」
新良の言葉に双党が反応する。
「もしかして、『雫』を求めてフィーマクードとかいう連中が地球に押し寄せてくるってこと?」
「可能性はある。というかかなり高いと思う」
「だな。連中は今のところは惑星ファーマクーンで『雫』を調達しているみたいだが……」
「ファーマクーンには調査が入ることになりましたから、もしそれで彼らが『雫』の調達先を失うことになれば、いやでも地球に目を向けることになるでしょう」
新良が重々しく言うと、青奥寺もさすがに驚いたような顔をする。
「それはとても大変な事態になるんだと思うけど……対処のしようはあるの?」
「捜査局にはすぐに連絡は入れるけど、どの程度の対応になるかは分からない。フィーマクードと全面的にぶつかることになれば銀河連邦軍ですら相当な被害が出る。だから評議院も対応を渋っていて、それはそれで連邦内でも問題になっている」
「え~、こっちに被害が出ても我関せずってこと?」
双党が聞くと、新良は済まなそうな顔をした。
「その可能性もある。ただ前回今回合わせて4隻の船を失っているから、フィーマクードもそう簡単に次を動かすことはしないと思う」
「連邦の捜査局が惑星ファーマクーンの調査に入れば、そっちにも対応しなきゃならんだろうしな。下手するとそっちで武力衝突もあるんじゃないか?」
「そうですね。しかしいずれ地球に来るのは間違いないでしょう」
「ふぇ~、それってどうしようもなくない? 地球の軍事力じゃ勝てない相手なんでしょ?」
双党がテーブルの上に突っ伏して泣き言を言う。いやまあ仕方ない状況ではあるが。
「向こうがなんでもありで仕掛けてきたら勝ち目はほとんどない。地球に被害を出さないようにするためには大気圏外、宇宙空間で叩くしかないけど、地球の現有技術ではほぼ不可能」
「まあその前に、宇宙人が攻めてきますなんて誰も信じないだろうけどな。信じたところで国家間で足の引っ張り合いをするだろうしなあ」
「私もそう思います。ところで先生、先生の力でどうにかならないのでしょうか?」
俺を見る新良の目は真剣だ。これって宇宙艦隊相手に戦えるかって聞かれてるんだよな。新良もだいぶ毒されて……俺の力を分かってきた感じだな。
「そうだな。ちなみにこのフォルトゥナっていう宇宙船は普通に宇宙を飛べるんだろう?」
「はい、通常空間での機動も行えます。ただし巡洋艦クラスを相手にできる武装はありません」
「大きさはどのくらい?」
「全長120メートルですね」
「それくらいなら多分魔法で守れるな。障壁を張りながら飛び回って魔法を撃ちまくれば多分追い返すくらいはできると思う」
「はい? 向こうも攻撃をしてくると思いますが……」
「物理攻撃なら完全に遮断する魔法があるから大丈夫だ。適当に突っ込んで旗艦を潰せばさすがに逃げるだろ?」
「え、ええ、恐らくは……」
「じゃあ問題ない。あ、宇宙服はあるよな? さすがに宇宙空間に生身で出るのは俺も無理だしな」
そう言うと3人娘ははぁ~と溜息をもらした。地球は大丈夫だって話なのになんでそんな呆れ顔なの?
「先生って、どこか根本的におかしいですよね」
「私もそう思いま~す」
「私は気にしません。その時が来たらよろしくお願いします」
「あ、璃々緒それは抜けがけじゃない?」
「なんの話?」
「かがり、変なことを言うのはやめて」
「えっ、でも美園もそこはきちんとしとかないとだめだよ~」
「だからなにを……」
うん、なんか一瞬で違う話にいってしまっているようだ。
まあ確かに青奥寺の言うように自分でもおかしいとは思うけどね。でもできることをわざわざ重々しく言ったところでなにが変わるわけでもないからなあ。あまり言葉を飾るともったいぶってるとか文句言われるんだよ勇者って。