「先生、こちらをお返しします」
週が明けて月曜の朝、ホームルームが終わると青奥寺が封筒を渡してきた。中を見ると雨乃嬢に預けていた『護りの指輪』と『灯火のネックレス』が入っている。なんとも律儀なことだが、雨乃嬢に直接返してくださいと言いづらかったのでありがたい。
「ああ、ありがとう。結局青納寺さんは分かってくれたんだろうか」
「大丈夫です、しっかり言い聞かせましたから」
「青奥寺が言い聞かせたってことは、分かってなかったってことじゃ……」
「大丈夫です、しっかり言い聞かせましたから」
「おう……」
うん、これ以上の詮索はよそう。青奥寺の目つきがちょっと厳しくなってるしな。
「それと先生、今日の放課後は剣の鍛錬の方をしっかりお願いしたいんですが」
「うん? それは構わないが、何か思う所があるのか?」
「はい。先日のあの戦いを見て自分が話にならないレベルだというのが分かったので」
「先日の戦い」というのは俺のガイゼルの戦いのことだろう。確かにあの戦いでは青奥寺の出る幕はなかったし、そう思ってしまうのも仕方ないかもしれない。人対人の戦いだったというのも大きかったのだろう。
「分かった。青奥寺の望むようにやってやるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
礼をして青奥寺は自分の席に戻っていった。それを目で追っていた双党が俺の方をちらりと見る。その口の端がにやけているのに多少の不安を感じつつ、俺は職員室へと戻った。
職員室に戻ると、俺の横の机に男性が座っていた。
もちろんそこに座る人間は一人しかいない。今俺が担任代行をしている2年1組のもとの担任、2学年主任の熊上先生だ。
「熊上先生、退院されたんですね」
声をかけると熊上先生はこちらを向いて手を挙げた。
数か月の入院生活のせいか以前の熊のような風貌はかなり薄れ、ちょっぴりイケメン紳士になっている気がする。
「やあ相羽先生、済まないね迷惑をかけて。ずっと担任をやってもらってたんだって?」
「ええ、なんか流れでそうなりました。でも手がかからないクラスだったので俺は大丈夫でした。ただ生徒の方がどうかは分かりませんが」
「ははっ。校長と山城先生から、相羽先生はよくやってるって聞いてるよ。色々とね」
そこで熊上先生の人の好さそうな目がキラリと光る。まあそりゃ色々と話は聞くよなあ。
「そこも自分としては最初かなり驚いたんですけど……。熊上先生はすぐに復帰されるんですか?」
「実はそのことなんだけど、身体の方はまだ本調子じゃないんだ。一応学年主任としては復帰するんだけど、担任までは手が回せそうになくてね。できれば相羽先生にはこのまま担任を続けてもらって、俺が副担任に回る……そんな話になってるんだ」
「はあ……?」
ええ、熊上先生の顔を見てこれで担任下りられるとか思ったんだが……やはり勇者に安息はないのか。
「相羽先生には本当に申し訳ないんだけど、すでに新学年が始まってから相羽先生の方が1組の担任も長くやってるし、そのままの方が生徒も落ち着くと思うんだ。もちろん生徒の進路とかは俺の方でもがっちりフォローするから安心してくれ」
「あ~……学年の先生方がそれでいいというのであればもちろんやります。生徒たちにも慣れてきて、楽しくやっているところもありますので……」
「ホント済まないね。いや助かるよ。入院中子どもにも働き過ぎだとかさんざん嫌味言われてさ。小さい頃遊んでやれなかったことを恨まれてるみたいで参ったよ」
熊上先生は苦笑いをしながらも済まさそうに頭を下げた。
「それは父親としては悲しい話ですね。家族のために頑張っているのにって感じで」
「そうそう、ホントにそう。相羽先生も結婚したら分かる時が来ると思うよ」
「う~ん、それはまず最初のハードルが高すぎて……」
「そこはウチの学校は色々優良物件……なんて言うと怒られるけど、あてはあるからいくらでもいけるんじゃないか。初等部とか独身女性の先生も少なくないしね。話によると青納寺も先生のところに来てるとか。彼女は変わってるけどいい娘だよ」
熊上先生も雨乃嬢のこと知ってるのか。確かにいい娘なのかもしれないが……あれは変わってるってレベルなんだろうか。
「ははは……。まあその辺りはまだ考えていないってことで。今は仕事に慣れるので手一杯ですから」
「ん? もしかして年上が好みか? 山城先生を考えてたりするなら応援するよ。ちょっと離れすぎな気もするけど」
「あら、なにが離れすぎなのかしら?」
いつの間にか熊上先生の後ろに、激強『威圧』スキル発動中の妖艶系美女が……。
俺はそっと机の上から教科書を持って一時間目の授業に向かうことにした。
熊上先生、再入院とかにならなければいいんだが。