雲を突き抜け、上空10キロは行かないくらいで俺は停止した。さすがに空気が薄く息苦しさを感じるが、そこは身体能力と『呼吸補助』スキルでなんとかする。勇者たるものこの程度の気圧の変化など気合でノーダメである。
上空からの『嫌な感じ』はかなり強烈になってきている。グレートドラゴンと同等の圧を感じる。相当強力な『何か』が……ネイザリン嬢が言っていた『ソリッドラムダキャノン』の砲弾が飛んでくるのだろう。恐らく音速の10倍とかそんな速度で接近しているはずだ。
俺は『感覚高速化』と『高速移動』スキルを発動して待機する。さすがに素の状態では勇者の反射神経をもってしても反応は難しそうだ。
「来たか」
大きさで言えばタンクローリーほどの物体が、恐ろしいスピードで向かってきている。
見えた。正面から見ると円形だが実際はミサイルのような形状の砲弾のはずだ。視認した瞬間にはもう目の前まで迫っている。
俺は全力で『拘束』魔法を発動、凄まじいエネルギーをもった砲弾をぎりぎりの距離で音速の等倍くらいまでに減速させる。同時に『空間魔法』を発動すると、その巨大砲弾は目の前に開いた黒い穴にすっぽり入って消えてなくなった。
『空間魔法』もさすがに超高速の物体は入らない。『拘束』が思ったより効いて助かった。
一息つくが嫌な予感が消えない。待っていると2発目3発目が飛んできた。もちろん1発目と同じ道をたどる。3発目は俺の方もだいぶ余裕があった。むしろいい鍛錬になったまでありそうだ。
しかし撃った本人たちはどんな反応をしているのだろうか。超エネルギーを内包した砲弾が着弾直前にいきなり消えてなくなるなど想像の埒外だろう。
「さすがにもう来ないか? この手の兵器は値段も高いだろうしなあ」
いくら国家規模の犯罪組織とはいえポンポン撃てる兵器でもないだろう。
さて向こうはどう動くか。長距離兵器が効かないならこちらが宇宙に出たところを攻撃してくるだろうか。とすれば追い払った方がいいな。
といっても相手は地上からは数百キロ離れたところにいるはずだ。いかに勇者が魔力に優れていてもそこまで届く魔法はない。
……いや、本当にそうか? どうもこの世界に戻ってから魔力が凄まじく上昇したのだが、その限界がどこまであるのかは試したことがないんだよな。
そもそもその力がどこから来たかというのも問題ではあるんだが、今はそれはいいだろう。とにかく試してみるか。
俺は両腕を前に伸ばし、魔法陣をその先に想起する。基本は『トライデントサラマンダ』、その魔法陣の先に『増幅』『加速』『圧縮』『誘導』の魔法陣を多重に配置。見る者が見れば俺の腕の先に魔法陣が10ほど並んでいるのが幻視できるはずだ。
「さて、届いてくれよっ、と」
『トライデントサラマンダ』発動。3重螺旋の炎の槍が、その先にある魔法陣をくぐるたびに魔力を増やすのがわかる。最後の魔法陣を通り過ぎた時にはそれは完全な3匹の龍の形をなし、大気圏を突破して空の彼方へと消えていった。
「ん~、さすがにどうなったかまでは分からないな」
完全に感知スキル外のことである。基本的に適当に撃っただけだし、『誘導』が上手くいかなければまず当たらないだろう。相手が戦艦といっても、ここから数百キロ先の宇宙空間に浮かんでいるとなったら砂浜にある一粒の砂みたいなものである。
「新良の『フォルトゥナ』のセンサーなら何かとらえてるか」
次の砲弾も飛んで来そうにないので、俺は一旦地上に戻ることにした。
地上が近づいてくると、調査船と『フォルトゥナ』が隣り合って着陸しているのが見えた。どうやら『フォルトゥナ』が移動したようだ。
そういえば『フォルトゥナ』をはじめてキチンと見た気がするな。上から見ると鋭い矢じりの形をしていて、男心をくすぐるかなりカッコいい船だ。これを預けられる『独立判事』という職務がどれほどのものか察せられるというものだ。
俺が地面に降り立つと、ヘルメットを取ったアームドスーツ姿の新良がやってきた。調査隊のネイザリン嬢も一緒である。
「新良、フィーマクードの戦艦がどうなったか分かるか?」
「3発のソリッドラムダキャノンを発射した後、謎の高エネルギー兵器に攻撃されて被弾、損害を受けて撤退したようです。ラムダジャンプしたことが確認されました」
「ああそうか。ならよかった」
「あの高エネルギー兵器は先生が?」
「そうだな。ぶっつけ本番だったけど魔法が上手くいったみたいだな」
俺がそう言うと、新良ははぁ、とかなり重い溜息をついた。
「……先生のことはかなり理解していると思っていましたがまだまだ不足だったようです。連邦の主力砲艦を凌ぐ高エネルギー砲撃ができるほどとは……」
「俺もさすがに驚いてはいるよ。昔より強くなってるからな」
「そういう問題でもないのですが」
「あの……」
そこで横からネイザリン嬢が声をかけてきた。完全な狐顔なので表情が分かりづらいが、かなり緊張している気がする。
「ソリッドラムダキャノンの砲弾はどうなったのでしょうか? いきなり反応が消えたと調査隊の方でも騒ぎになったんですが……」
「ああ、それは別の空間にしまったんだ。そういえば実は念のため研究所から色々機材を持ち出してきたんだけど、そっちの船で運べるかな?」
「別の空間?」
ネイザリン嬢が新良を見るが、新良は黙って首を横に振っただけだった。それを見てネイザリン嬢もなにかを悟ったように頷いた。
「ええと、機材については調査船に載せられると思います」
「なら船の格納場所に案内してもらおうかな。ああそれとあの研究所にあったラムダドライブのエネルギー炉、かな? それはごっそりなくなってるけど俺の仕業だから無視するように伝えて欲しい」
「はあ?」
「ネイザリン大丈夫。見れば後で全部分かるから」
「それと一発地上に大爆発を起こしときたいんだけど、どの辺なら後の調査に影響がないか教えてもらえると助かる」
「??? はあ?」
「ネイザリン大丈夫。言う通りにしていれば全部解決するから」
うん、新良という通訳(?)がいると話が早いな。これでとりあえず新良の依頼は完了、捜査局の局長へのサービスも問題なさそうだ。
『空間魔法』内にまたとんでもないものが複数入ってしまったが……そのうち役に立つ時が来るかもしれない。といっても主に破壊目的でしか使えなさそうだから、役に立たない方がいいのかもしれないが。