自分と同じ顔をした人間に出会うと死ぬ、なんて話もあるらしいが俺は今日も元気に業務に追われています。
今に始まったことではないが、魔物に監禁されようとパステルイカれ女に謎の技術を見せつけられようと俺は仕事から逃れることができない。
勇者共も「大丈夫だったか」「大変だったね」などと気を遣うような言葉をかけてくれるが、かといって俺の負担を減らそうという素振りはまったく見せない。今日も今日とて己の命をかなぐり捨てて魔物に立ち向かい、元気いっぱい死んでいる。口で言うだけならタダだもんねェ!!!
「神官さん神官さん」
ああ?
俺は首を繋げたばかりの蘇生ほやほやカタリナに視線を向けた。
ヤツは口元に手を当て、声を潜ませて言う。
「あの……まだああしてるんですか……」
ん? なんの話? 俺はカタリナの視線の先に目を向ける。
長椅子にうつ伏せに寝そべったエイダがいた。
ヤベッ……なんかあの光景に慣れてきてマジでちょっと忘れかけてた。
エイダはあの日からたびたび教会に来てはああして何も言わず長椅子に突っ伏しては日が暮れると帰っていくというサイクルを律儀に回している。まぁ教会の門は誰にでも開かれているから別に追い出しはしないが、かといって俺から接触する義務もないのでね。
俺は神官スマイルを浮かべて言った。
「あれは教会のオブジェです」
「酷い!」
声を上げながらとうとうエイダが動いた。動かな過ぎて寝ているのかと思っていたが、しっかり会話に耳を傾けていたようだな。面倒くさい女だ。
エイダは吊り上がった目をこちらに向けてヒステリックに声を上げる。
「こんなに落ち込んでいるのに慰めの一つもくれないの!?」
「知りませんよ。あの事件に関しては私だって被害者です。慰めなら私が貰いたいくらいですよ」
「うっうっ……やっぱアンタあの人と全然違う……あの人は私にそんなこと言わなかったのに……」
エイダがまた長椅子に額をつけてすすり泣いている。
あの人って俺に化けてたシェイプシフターか。そんなにアイツに入れ込んでいたのか? あの短期間で? コイツ結婚詐欺とかに引っ掛かるタイプだな。
「ちょ、ちょっと神官さん。そんなに冷たくしなくても」
カタリナが俺に非難めいた視線を寄こす。なんだよ、俺が悪いみたいじゃねぇか。俺は悪くないだろ。
……チッ、分かったよ。仕方ねぇな。
「今持ってきますから、そこで少し待っていなさい」
「えっ、プレゼント?」
その優れた身体能力を誇示するような反応速度でエイダが長椅子から起き上がった。
俺は部屋から一抱えほどもある瓶を持ちだし、額を赤くしたエイダに渡す。
「……なにこれ」
エイダが気持ちの悪い肌色の液体に満ちた瓶に嫌悪の視線を向ける。
俺は顔に神官スマイルを張り付けた。
「私に変身してた例の化物の死骸です」
「いらないよこんなの!!」
瓶を地面に転がし、わっと泣きながら長椅子に額を打ち付けるようにして突っ伏す。
「いくらなんでも酷いですよ神官さん」
カタリナめ。あの事件の際も呑気に死んでいたくせに知ったような口を。
俺は吐き捨てるように言った。
「軽率な優しさがデッドエンドを産む。私はその瓶入りのドロドロから学びました」
「極端ですね……優しさってそういう事だけじゃないと思うんです!」
おうおう。また面倒なことに首を突っ込むなコイツは。
カタリナが続ける。
「きっとエイダさん寂しいんですよ。この街に知り合いもいないわけですし、周りは強い人ばかりだし、目標もなくしちゃうし。そんな時に優しく話を聞いてくれる人がいたら嬉しいに決まってるじゃないですか……なのにその優しい人の正体が肌色のドロドロだったら、もう落ち込むどころの話じゃないですよ。可哀想に思わないんですか?」
うぅぅん、まぁ思わないではないが結局俺は己の身が一番可愛いのでね。コイツに関わるとロクな事にならない。とにかく俺はデッドエンドルートを回避したいんだ。
俺は降りかかる火の粉をカタリナに被せることにした。
「そんなに言うなら貴方がどうにかして下さいよ」
するとカタリナは思っていたよりもアッサリと頷いた。
「分かりました。私に任せてください」
*****
ま、任せるとは言った。確かに言ったが、一体何をする気だ?
祭壇の前にセットされた長机に白いテーブルクロスが引かれている。上に乗っているのは種々の酒やジュース類に数個のグラスと食器。テーブルのセッティングを進めながらカタリナがこちらに視線を向ける。
「神官さんはポテト塩味とコンソメ味どっちが良いですか?」
「えっ……コンソメ……ですかね……」
「分かりました、買ってきます」
待て待て! 俺は教会を飛び出していこうとするカタリナのローブを引っ掴む。
カタリナが怪訝そうな顔で振り返った。
「なんですか? あぁ、大丈夫ですよ。ケチャップも貰ってきます」
「ポテトなんてどうでも良いんですよ! ちゃんと説明してください。教会で宴会でもやる気ですか?」
「そうですよ」
そうなのか……
「なんですかその顔! 任せるって言ったの神官さんですからね。それにもう日も暮れてきましたし、蘇生に来る人だってそんなに多くないですよ。色々買ってきましたから神官さんも飲んで下さい」
「いや、私は結構です」
「まぁまぁ、そう言わずに。ほら葡萄ジュースもありますから」
お前そんな子供みてぇな宥め方があるかよ……
俺は葡萄ジュースで舌打ちを流し込んだ。
「つまり、ヤケ酒でもして気を紛らわそうってことですか?」
「違いますよ! もっと建設的な作戦です」
したり顔を浮かべたカタリナが長椅子で項垂れるエイダの横に腰かけ、無駄に明るい声を上げた。
「今日は私の知り合いを何人か呼んでありますから。存分に食べて飲んで楽しんでください」
しかしエイダの表情は暗いままだ。ちらりとカタリナをみて、また足元に視線を落とす。
「友達でも作れって? 私はソロで十分戦えるもん」
「まぁまぁ。パーティを組むにしても組まないにしても情報収集は戦いのカギになります。顔見知りがいた方がなにかと助かりますよ。それに他の人の話を聞けば、きっとエイダさんの視野も広がると思うんです」
……いや、理屈は分からないでもない。他の地域でどうだったかは知らないがこの辺の魔物相手にソロでの戦いを挑むのは無謀だ。友達を作る必要はないが、ある程度話せる顔見知りを増やすのは勇者にとって案外重要なこと。宴会でも何でも盛大にやれば良いと思う。
しかしだ。俺は率直な疑問をカタリナにぶつける。
「あの、教会でやる必要あります? 酒場とかでやって下さいよ」
「だって酒場だと喧嘩に巻き込まれて死ぬ可能性があるし……ここなら万一死人が出てもすぐに蘇生できるし……」
コイツ最初から死人が出ることを想定しながら宴会開こうとしているのか? やめちまえそんな宴会。
「それにほら。他に人がいないところの方が余計な茶々も入らなくて良いじゃないですか」
何か含みのあるカタリナの言葉に俺は首を傾げる。
「どういうことです?」
「ふふ……失恋のショックは! 新しい出会いで癒すんですよ!」
カタリナが目を輝かせながら強引にエイダと肩を組む。
「今日呼んだのは全員フリーの男性です。あんな優しいだけで中身が無いうえに目つきの悪い肌色のドロドロなんかより良い人いっぱいいますから!」
あれ? 今ちょっと俺の顔もディスらなかった?
いや、そんなことよりもだ。それってまさか。
エイダもハッとした表情を浮かべ、そしてあわあわと視線を泳がせる。
「ばっ……しっ、ししし失恋なんてしてないし別に!! いや、っていうか、そそそそれって……合コン……みたいな……?」
消え入りそうなエイダの言葉にカタリナがなぜか胸を張って頷く。
「そう呼んでいただいても結構です!」
そうかそうか、なるほどな。確かに俺には逆立ちしても出ない発想だ。
人の職場で合コンとはテメェもいい度胸してんなァ……?