「なんだよ、急に呼び出して。毒でも入ってんじゃねぇだろうな」
席につくなり悪態をつくグラムをフェイルがピシャリと叱りつける。
「せっかくお招きいただいたのに失礼なことを言うな。神官様のことだ。なにかお考えがあるのだろう」
「どうせロクでもねぇ考えだ。まぁ俺は酒が飲めりゃなんでも良いけどよ……」
チンピラと育ちの良さそうな騎士のデコボココンビが長机を挟んでカタリナとエイダの前に並んでいる。
どうやら二人共詳細な説明なく呼び出されたらしい。しかも呼び出された場所が教会だったものだから俺がなにか仕組んでいると思っているようだ。勘違いも甚だしい。
にしてもカタリナが呼んだのってこの二人かよ……なんか……どうなんだろう。性癖が狂ったヤツを避けて消去法で選んだって感じだな。
自分を殺そうとしたことのあるグラムを選抜したところにカタリナの生命観の歪みとメンバー選びの苦慮が透けて見える。
まぁ、グラムはともかくフェイルは良いんじゃないか。アイギスと同じ赤髪に騎士らしい精悍な顔立ちは結構女受けするような気がする。中身もちょっと世間知らずだけど割とまともだしな。
と思ったがフェイルを前にしてエイダは小刻みに震えながら縮こまった。しきりに首を擦りながら呟く。
「あ……あの女に似てる気がする……」
そういやコイツ、この街に来て早々アイギスに先制斬首食らったんだっけか……
早速雲行きが怪しくなってきたが、俺には関係ない。
「神官さんもこっち来たらどうです?」
カタリナの呼びかけに俺は手酌で葡萄ジュースを啜りながら首を振る。
「いえ、仕事中なので。私のことはお気になさらず」
「え~? そんなこと言わないで下さいよ。神官さんのお友達も呼んでるんですよ。もうすぐ来るはずなんですけど」
……友達?
瞬間、教会の戸が開いた。
「ごめんごめーん! 待ったぁ?」
「もー! 遅刻はダメですよルッツさん!」
教会に飛び込んできたルッツにダッシュで近付き、ヤツの襟首を掴んで教会の隅に連れ込む。
「えっ、なになに? どうしたの?」
「お前今日なんて聞いてここに来た?」
「女の子のいる食事会って聞いたけど。つまり合コンでしょ? でも男女比おかしくない? ユリウス女子枠で参加なの?」
俺はルッツの頭を引っ叩いて黙らせる。
やっぱりコイツ合コンって承知の上で来やがったか。どうりで神官服じゃなくチャラチャラした格好してるわけだ。
でもその意味が分かってんのか? 俺は声を潜ませてルッツに耳打ちをする。
「お前あの話知らねぇの? 勤務地固定の話」
「ん? なんだっけそれ」
「新人神官は色んな教会に赴任させられるけど、所帯持ったらそこからの異動は基本無くなるって話だよ。万一間違って結婚でもしてみろ。こんな街に骨を埋めることになりかねないぞ」
するとルッツは手を叩き、「あ~」と気の抜けた声を発した。
「あったねそんな慣例。でも“基本”でしょ? 規則上そういうルールはないって聞いたよ」
「お前なぁ……教会ってのは昔っからある古い組織だぞ。そういうとこの慣例ってのは下手な規則より重いんだ」
「そうかなぁ? でもまぁ、俺ここでの生活わりと嫌じゃないし」
そりゃそうだろうな!! お前ほぼニートだし!!
まぁ良い。ルッツが所帯を持ってくれれば教会をコイツに明け渡し、俺は晴れて別の勤務地へ旅立てるかもしれない。
俺はヤツの小洒落た服の襟首から手を離し、席へ着くよう促す。
「二人してなに作戦会議してたんですか~?」
ニヤニヤするカタリナの横っ面を引っ叩いてやりたいのを堪えながら、俺は神官の定位置である祭壇前へと一人足を運ぶ。
どうやらメンバーが揃ったようだな。
カタリナが小さく咳払いをし、司会の真似事なんぞ行う。
「お集まりいただきありがとうございます。最近フェーゲフォイアーに来た勇者のエイダさんです。この街のこと色々教えてあげてくださいね。今日は食べて飲んで、みんなで親睦を深めましょう!」
「よ、よろしく……」
カタリナの拍手に続き、男共からもまばらだが拍手が上がる。
最初に口火を切ったのはルッツだ。
「エイダちゃんはさ、なんでこの街に来たの?」
緊張しているのだろうか。視線をテーブルに落とし、前髪をいじりながら答える。
「えっと、ドラゴンを……追いかけて……」
「むっ、ドラゴン!?」
おっ、フェイルが分かりやすく食いついたぞ。意外だな。いや、意外でもないか。
そういえばフェイルもドラゴン退治にご執心という話だった。ルビベルが皿祭りの皿で遊んでたし、エイダの盾に使われている鱗の数パーセントはフェイルの集めたものなのだろう。
共通の趣味が見つかったぞ。これはいけるんじゃないか。
フェイルが続ける。
「君は長槍使いだったな。あの硬い鱗を破るのは骨が折れるだろう。なにかコツが――すまない、なぜ泣いているんだ?」
フェイルが困惑するのも無理はない。
エイダが机に突っ伏してすすり泣いている。
「うっうう……ドラゴンんん……なんでぇ……」
カタリナがエイダの背中をさすりながらフェイルに掌を向けた。
「フェイルさん! 元カレの話はNGですよ!」
ドラゴンって元カレ枠なのか……いや、やっぱ元カレではないだろ。
どうすんだこの空気。初手から地雷を踏みぬいたフェイルは訳も分からないまま押し黙ってしまった。まさかエイダ自ら話題に出したドラゴンが地雷だとは気付くまい。初見殺しも良いとこだ。
重苦しい空気が教会に充満すること数分。
エイダの情緒が落ち着いたころ、カタリナの矛先が今までだんまりを決め込んでいたグラムに向けられた。
「ほら、グラムさんも飲んでばっかいないで話に参加して! 勇者歴長いんですから、頼れる先輩としていい感じのアドバイスしてあげて下さいよ」
このまま酒飲んで逃げ切ろうとしていたらしいグラムが短い呻き声を漏らしながら苦い顔をする。
しかしさっきまですすり泣いていたエイダに突き放すようなことを言うのは気が引けたのか。頭を掻き視線を泳がしながらも、いつもよりだいぶ気を遣っているのが分かる口調で言う。
「そんなこと言われても……あぁー、あれだ。まぁ、何があったかは知らねぇけど……確かに勇者続けてたら嫌なこともあるよな。でもきっとやってて良かったって思える瞬間も来るからさ」
「いつ?」
「は?」
エイダが無の表情で言う。
「それっていつ来るの?」
「いつって……そんなの……」
想定外の言葉に言い淀むグラムに、エイダが盛大なため息を吐く。
机の上に肘をつき、吐き捨てるように言った。
「っていうか何があったか知らないなら無責任なこと言うのやめてくれない?」
グラムの顔から表情が消える。
ヤツは無言のまま、静かに自分の斧へ手を伸ばした。
「何やってるんだやめろ!」
気付いたフェイルが素早くグラムを羽交い絞めにする。
「止めるな! アイツぶっ殺してやる! 人の気遣いをなんだと思ってんだ!」
エイダもまた椅子を蹴飛ばしながら乱暴に立ち上がり、グラムを挑発するように言う。
「ああ、止めなくて結構! 最初から仲良しごっこなんてやる気はない!」
「テメェ、楽に死ねるとおもうなよ! 二度とそんな口叩けねぇように――」
ゴッ……
鈍い音が響くと共に、グラムが白目を剥いて崩れ落ちる。
杖に血を付着させたカタリナが床に伸びたグラムを見下ろしながら頬を膨らませた。
「もー! そういう会じゃないんですよ! グラムさんも分からない人ですね」
羽交い絞めにされていたとはいえ、魔導師のカタリナが物理攻撃でグラムを気絶させた……?
俺は思わず呟く。
「あ、貴方成長しましたね……」
振り返ったカタリナが肩越しにニッコリ笑う。
「神官さんのおかげです!」
暴行傷害を人のせいにするな。
どうやらカタリナの一撃は致命傷には至らなかったらしく、負傷したグラムはフェイルに負ぶられて宿屋へと帰っていった。
二人も脱落者が出たにもかかわらずカタリナは合コンを続行させるつもりらしい。
「ささ、エイダさんも座って座って?」
「なにこの子……怖い……」
全く殺気を出さずデコピン感覚で人間の頭部を殴打できるカタリナに恐怖を感じたらしい。エイダは案外素直に席へ戻った。
さらにカタリナはテーブルクロスを捲ってテーブルの下を覗き込む。
「ほらルッツさんもちゃんと座って!」
ルッツがテーブルの下からのそのそと這い出してきた。
危機を察知し、素早く避難したらしい。さすがこの街で生き残っているだけあって危機察知能力が高ぇな。
「もー、教会でドンパチやらないでよぉ」
……いつの間にか神官服を着ている。私服の上から無理矢理着たらしく、なんかモコモコしてんのがムカつくな。
「なに着替えてんだよ」
思わず突っ込むと、ルッツが口を尖らせた。
「勇者と勘違いされて気軽に殺されると困るからさ」
なるほど。神官服は“気軽に殺さないでください”のマークだったのか……
確かにこの街では勇者っぽい鎧とか着てた方がかえって危ない説すらある。勇者の命は軽いからな。ウッカリで首を飛ばされてはたまらない。
神官服で武装したルッツが着席する。しかしこの状況で一体どんな話をするというのだ……
と思ったがエイダの様子がおかしい。改めて着席したルッツを見る目に明らかに力が入っている。
気付いたカタリナがエイダの肩を小突いた。
「ビビッと来ました? ビビッと来ました?」
「い、いや……別に……?」
「良いんですよ照れなくて! ほら、お話してください」
まぁエイダがどう思っていようと、もう喋る相手はあの馬鹿しか残っていないのだ。自然と一対一で話す格好になる。
最初は他愛ない話をしている風だったが、段々といつものようにエイダのテンションが面倒くさくなってきた。
「それで……ドラゴン……でも……頑張ってるのに……」
相変わらずボソボソしゃべっててよく聞こえないが、アイツいっつも同じ話してねぇ? なんか眠くなってきたわ。寝て良い?
「えー、マジかー、ヤバいねー、大変じゃーん」
ルッツが新感覚相槌リズムゲームに勤しんでいる。
しかし俺に化けたシェイプシフターよりだいぶ下手だな。スゲー適当な相槌。さては聞いてねぇな? しかしエイダの反応はそんなに悪くなさそうだ。
話が途切れたタイミングで聞き役に回っていたルッツが動いた。
「今日の為に服買ったんだよね。せっかくだから見てくんない?」
おやおや。ルッツ君せっかく買った一張羅を見せびらかしたくて仕方ないようですね。
返事を聞くより早く上に纏った神官服を脱ぎ捨てる。
「どう? どう?」
満面の笑みで尋ねるルッツ。
買ったばかりの一張羅を纏ったルッツを見て、エイダの顔からスッと表情が消えた。
額を打ち付けるように長机に伏せ、呟く。
「違う……」
「えぇ!? ダサかった!?」
*****
エイダがズン……ってしてる。
可哀想に、ルッツ泣きながら帰ってったぞ。そんなに酷い服じゃなかったと思うぜ俺は。なにがそんなに気に入らなかったんだ。
カタリナに耳打ちして尋ねる。
「なんなんですか。神官服フェチ?」
「きっと偽神官さんのこと引きずってるんですよ。死んだ想い人の面影を追ってるんでしょうかね……」
色んなもん引きずってるなコイツ。人の形をした地雷原かよ。
ん? エイダが頬をテーブルに付けたままこちらをジッと見上げている。
「顔は同じなのに……あの人は優しかったのに……」
「同じっていうか、あの魔物が私に化けてただけなんですが。私の方がオリジナルなんですが」
俺の言葉にエイダは全く反応しない。
……コイツどこ見てんだ? いや、俺の方に目を向けてはいる。でもなんか、俺を見ていないというか。
なんとなく怖くなって、俺は思わず一歩二歩と後退りする。
エイダがふらりと席を立った。
「待って……顔が同じなんだからちゃんと教育すれば……」
な、なんだなんだ。なにをしようってんだ。
エイダがヘラリと笑って口を開く。
「ねぇねぇ、この服どう思う?」
「え? どうって……別にどうも……」
エイダの顔から表情が消える。
「は? 違うでしょ? 全然ダメ、ホント分かってない。よく似合ってるね、可愛いね、でしょ? 言って」
「えぇ……なんでですか。嫌です」
エイダが己の身体能力を誇示するような速度で俺に詰め寄り、胸ぐらを引っ掴んだ。
「言え」
人を殺す眼だった。
「可愛い! 可愛い! 似合ってます凄く!」
本能的恐怖に逆らえず、気が付けば俺は首が千切れんばかりに頷いていた。
俺の言葉に満足したのか。エイダがニッコリ笑って盛大に血反吐を吐いた。喉からなんか突き出てる。なんですかそれは。あっ、ナイフだ。
受け身も取らず前のめりになったエイダが俺に血を擦り付けるようにして崩れ落ちる。
「ゴメン、可愛い服台無しにしちゃった」
体がひとりでに震えだす。決して強い口調ではない。しかしエイダのそれとは比べ物にならない、腹の底から湧き上がるような恐怖が俺の心臓を締め付ける。
崩れ落ちたエイダの後ろから、パステルイカれ女が姿を現した。
血塗れの手がぬるりと俺の頬を撫でる。
「私はそのままのユリウスが好きだよ」
俺の意思に反して奥歯がガチガチと鳴り響く。
それがデッドエンドルートの足音じゃないことを祈るばかりだった。