アイギスの発見により、秘密警察と白装束の不毛な戦いはひとまず終結を迎えた。
秘密警察もアイギスの指揮の元で街の警備にまわり、フェーゲフォイアーは急速に平和になっていった……いや、違うな。平和って言うか……過疎?
「もう無理ですぅ!」
カタリナが地団駄を踏んで、己が今どんなに無理な状況に置かれているかをアピールしている。
「ハードワークにつぐハードワーク! いくらなんでも勇者が少なすぎますって。どんだけ勇者捕まえるんですか! このままじゃ魔物が街の周りに溢れ出しますよ。お姫様呼べなくなっちゃいますよ! なに笑ってるんですか!?」
くく……ハードワークね。良い響きだ。俺の苦労が少しは分かったか?
とはいえ、魔物が溢れて困るのは勇者だけではない。
俺としては勇者の数が少ない方が蘇生業務が少なくなって助かるのだが、いくらなんでも少なすぎるという気は俺もしていた。牢にぶち込まれた勇者より街に残されて魔物を狩りまくっている勇者の方が疲弊している気がする。
集会所の“更生プログラム”とやらもそうすぐに結果を出せるものではないらしく、未だ牢獄を出てきた者はいない。シャバを歩く勇者は減る一方だ。
「私たちも二人でなんとか頑張ってますけど、もう限界ですよぉ」
二人?
俺は恐る恐る尋ねる。
「まさか、リエール捕まったんですか」
「リエール? 違いますよ。捕まったのはオリヴィエです。もう困っちゃいますよ。人には死ぬなって怒るくせに……」
なんだオリヴィエか。
メルンが血眼になって探していたからとうとうリエールが捕まったかと思ったが、まぁそんなわけないよな。
しかし白装束だらけのゴーストタウンでよくメルンから逃げ続けられるな。アイツの隠密スキルどうなってんだ?
俺はカタリナに尋ねる。
「リエールはどこにいるんですか?」
するとカタリナは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「さっきからずっといるじゃないですか。後ろに」
*****
「喜べ貴様ら! 姫様に謁見できるチャンスだ」
アイギスの声が湿っぽい牢獄に響き渡る。
仮釈放チャレンジだ。カタリナの苦情をほぼそのままロンドに伝えたところ、相対的にまともそうな囚人を解放しようという運びとなった。
「今から牢を見て回ります。良さそうな勇者がいたら教えてください」
白装束の看守の言葉に俺は首を傾げる。
「私が選んで良いんですか?」
「教会を利用したことのない勇者なんていません。一番勇者を見ているのは神官さんでしょうから、釈放する勇者はお任せするとのことです」
なるほどね。なかなか良い判断じゃないか。
俺は薄暗い牢の中を目を凝らして見回す。
さてさて、シャバの空気を吸いてぇのはどいつだ? 俺にかしずけ、従順さと己の優秀さをアピールしてみろ。
牢の中から囚人共の声が聞こえてくる。
「なんかめちゃめちゃ悪い顔してるじゃん……」
「この人にあんまり権力を与えない方が良いってぇ」
そんなことないって。
とはいえ、俺とて人間だ。判断に主観が混ざるのは仕方がないことだよなぁ?
白装束の看守とアイギスを連れ、俺はスタスタと牢を歩いて囚人の品定めをしていく。
「神官さぁん、助けてぇ~」
「ちゃんと大人しくしてるからよぉ~」
囚人勇者共がゾンビよろしく牢から小汚ぇ手を伸ばしてくる。
ん? アイツ……。
俺はニヤニヤしながらある牢の前で足を止めた。
「奇遇ですねぇ、グラム。ははは」
「なに笑ってんだテメェ!」
わはは。グラムが檻の向こうで吠えている。監獄が似合いすぎて笑っちゃうな。
なんとか笑いを堪えながら、俺はグラムに尋ねる。
「一体なにやったんですか?」
「誤解なんだよ。俺は酒場にいただけなのに、喧嘩に巻き込まれて……そのまま集団でしょっ引かれたんだよ……」
「ふうん」
グラムがガッと鉄格子を引っ掴み、珍しくしおらしい声を上げる。
「頼む、ここから出してくれ。ルビベルが心配だ。もちろん姫様がいる間、騒ぎを起こそうなんて気はない」
子供をダシにしやがってぇ。チンピラのくせによぉ~。ルビベルなら大丈夫だよ。フェイルが世話と制御してるだろ多分。牢獄にもぶち込まれてないみたいだし。
とはいえ、今やグラムはこの街の中ではわりとまともな方に分類される勇者だ。仕方ねぇな。俺は帳簿を取り出し、ババッと捲って地を這うグラムに視線を落とす。
「貴方、今手持ちどれくらいあります?」
「手持ち? ええと――」
俺は暗闇の中で目を凝らし、ポケットから出した埃だらけのコインと、それを手のひらに乗せたグラムをジッと見る。手持ちの金額はあまり多くはないが、鎧と武器はそれなりだな。俺は帳簿に視線を移し、バババッと頭を回して計算をする。
「うん、ギリギリ賄えますね……良いでしょう。出してあげます」
「ほ、本当か!?」
「はい。有り金と装備品全部置いていってください」
「……えっ、なんで?」
は? なにポカンとしてんだ。
俺は牢の前にしゃがみ込み、グラムのアホ面を覗き込む。そして帳簿を突きつけた。
「蘇生費の滞納があるような勇者が姫様と同じ空気を吸いたいなんておこがましいとは思いませんか?」
「なんだよ、結局金かよ!」
そりゃそうよ。俺はニッコリ笑った。
追い剥ぎにあったような情けない姿ですごすごと牢を出ていくグラムを横目に、俺は足取り軽やかに仮釈放チャレンジを続ける。
これは蘇生費回収のボーナスステージだ! 取り立てるぞ~
とはいえ、もちろん蘇生費の回収だけを考えているわけではない。金を持っているということはしっかり魔物を退治できる。すなわち勇者としての実力がある程度保証されるということ。どうせ釈放するなら少しでも街の役に立つ人間の方が良いしね?
というような言い訳を並べながら牢を進んでいく。
「神官様!」
この声。オリヴィエか。
鉄格子を両手で掴み、こちらに縋るような視線を向けている。
俺はヤツの牢の前で足を止めた。
「貴方までなにをやってるんですか。カタリナたちも心配していましたよ。一体どうしてブチ込まれたんです」
「え? その……ははは」
笑って誤魔化そうとしてやがるが、白装束の看守がすかさず資料を読み上げる。
「夜中に教会の塀を登っていたところを逮捕しました」
「あぁ……マーガレットちゃん絡みですか……」
「ふ、不当逮捕です!」
オリヴィエがみっともなく喚いている。
やや迷いはあったが、カタリナとリエールを二人まとめて野放しにしておくのがなんとなく心配だ。俺は看守に指示を出した。
「まぁ姫の前で奇行に走らない程度の分別はあるでしょう。釈放してあげてください」
「やった!」
歓喜の声を上げながら開いた鉄扉をくぐって出てくるオリヴィエに、看守がしみじみ声をかける。
「出所おめでとう。もう戻ってくるなよ」
「はい! お世話になりました。これでようやく好きな娘に会えます」
オリヴィエはそう言って、一切の濁りがない綺麗な瞳を遠くに向ける。
「今会いに行くよ、マーガレットちゃん……!」
全然懲りてねぇじゃん。なんだコイツ。
しかし覆水盆に返らず。オリヴィエは風のように廊下を駆け抜けていってしまった。まぁあんなのでもこの街の中ではマシな方だから仕方ない。
さて、だいぶ牢獄を進んできた。
姫様の前で最低限大人しくできそうな勇者の中で、蘇生費の滞納のない、あるいは今すぐ払える勇者を選んで釈放していった。こんだけの数いれば大丈夫だろ。
……ん? 牢獄の最奥部、マッドのガラス張り独房の手前の牢からなにやら声が聞こえる。俺はそっと牢を覗き込み、息を呑んだ。
薄暗い牢の隅で、闇に溶けそうな黒髪の女が壁に向かって言葉を垂れ流している。
「そう……ドラゴンがね……」
うわっ、エイダだ!
俺は反射的に飛び退きながら、秘密警察に耳打ちする。
「あれ誰に喋ってるんです? 壁の向こうにも牢が?」
「いえ……どうやら壁の染みに喋っているようです」
アクロバット圧死の影響か。病みが進行してる。これは相当キてるな……うわっ、こっち見た。
這うようにしてこちらへ向かってくる。妙にギラギラした眼を細め、鉄格子の間からこちらへ手を伸ばす。
「私を助けに来てくれたのね! 本当は優しい人だって信じてた!」
俺はたまらず目を逸らした。看守が困ったように尋ねる。
「神官さん、どうします?」
俺は即答した。
「いや、彼女はそのままで」
「なんでェ!」
鉄格子をガンガン殴りつけながらエイダがヒステリックに叫ぶ。
「もう良い。顔は同じでもあの人と全然違う。アンタになんかもう期待しない!」
アイギスが素早く剣を抜き、鉄格子越しにエイダに切っ先を突きつける。
「殺しますか?」
「いや、蘇生するの私なのでやめて下さい。もう行きましょう」
俺たちは踵を返し、来た道を早足で戻る。後ろから呪詛の言葉が追いかけてきた。
「その面の皮だけ寄こせぇ!」
何アイツめちゃめちゃ怖いんだけど……姫が帰ってもあのまま牢にぶちこんどいてくれないかなぁ……