集会所が金づるを手に入れた。くそっ、なんでアイツらばっかり。ズルいぞ……
そう簡単に強力な助っ人が来てくれれば苦労はしない。フェーゲフォイアーの勇者はクソ雑魚ではあるが、それでも人類の中では割とマシなレベルのが集まっている。よそから人を集めるより、街の中の勇者を最大限使って姫の救出作戦を進める方が良いとロンドは判断したようだ。装備品や物資についても現在手を回しているらしい。
ロンドの期待を背負った勇者たちが会議室で額を突き合わせながら火山越えのルートを練っている。
俺は神官だからな。戦略だのなんだのは専門外だ。会議なんか参加してもあくびを噛み殺してボーっとすることしかできないだろう。
代わりといってはなんだが図書館に来てみた。姫が攫われた理由について調べるためだ。
魔物が姫を攫った理由については依然として謎のままである。
例の鳥型の魔物は、アホ面晒して無防備に歩いている勇者を無視し、いくつかある馬車の中からわざわざ姫の乗ったものを選んで攫っていった。食うために攫った人間がたまたま姫だった、というのは考えにくい。
であれば、魔物たちは何らかの理由があって姫を攫ったはず。
俺は棚をまわり、神話や伝説、英雄譚の記された本を集める。
魔物に攫われた姫を助けるのは古今東西の物語の定番だ。もちろん創作された面もあるだろうが、そこを紐解けば姫がどうして攫われたのか分かるのではないか。
で、調べたけど良く分かんなかった。
そもそも魔物が姫を攫った理由の説明が特にないものも多かったし、理由が書いてあったかと思えば勇者を挑発するためとか、魔王が姫と結婚したいがためとかいうふざけたのもあった。
まぁ所詮物語だからな。ガチガチの政治的理由にページを割いても面白くないし。
まったく。貴重な時間を無駄にしてしまった。本を棚に戻してさっさと教会へ帰ろう。
俺は本を抱え、そのままバッと本棚の陰に隠れた。
棚の前にエイダの姿を見つけたからだ。
そういやアイツも牢から解放されたんだったな……
俺は本棚の影からそっとエイダを観察する。一見すると変わった様子はない。普通に本棚を見て、普通に数冊の本を手に取り、普通に貸し出しカウンターへ向かっていく。
文字を読める程度には正気を保っているらしいな。なに借りたんだ?
エイダが十分に離れたのを待ってから本棚の前へ向かう。ヤツが見ていたのは「自然科学」の棚だ。医学やら薬草学やら錬金術やらについて記された本が並んでいる。
マッドに知識がないとか散々言われてたから、勉強しようとしているのか? アイツも前を向き始めているのかもな。
特に成果は得られなかったが少しだけ良いものをみることができたので良しとしよう。
図書館を出て教会へ向かう途中、会議終わりのロンドに呼び止められた。
どうやら会議でなにかが決まったらしい。挨拶もそこそこに、ロンドがサラリと告げる。
「フランメ火山を自力で突破するのは厳しいので“上”に話を通すことになりました」
「上……って……まさか」
*****
「お前誰?」
フランメ火山の“上”の人、もといルイの通い妻、もとい荒地の魔族ことリンがニコリともせずに言う。
姫滞在中は街へ来るなと口酸っぱく言われていたはずだ。ようやくその規制が解かれ、足取り軽やかに草原を焼き払いながらわざわざ街へ来たのに出てきたのがルイじゃなく謎のチビッ子だったらそりゃあ不機嫌にもなるだろう。リンの体に巻き付いた炎からブスブスと黒い煙が上がっている。
魔族ってだけで危険なのに、不機嫌な魔族なんてもう怖すぎる。今すぐ逃げ出したい。
しかしロンドの態度は堂々としたものだった。自分を指先一本で容易く殺せる化け物に対し、笑顔を崩さず口を開く。
「はじめまして、荒地の魔族。この街の長です。お話があります」
我々とは生態も文化も生活様式も違う魔族に長ったらしい挨拶など不要。
ロンドは単刀直入に言った。
「フランメ火山を通らせてください」
眷属の魔物は基本的に主人である魔族の命令に従う。
我々の目的はあくまで火山を越えた先にいる姫を救いだすこと。荒地の魔物との戦いは勇者を消耗させるだけだ。たとえまぐれで火山を越えられたとしても、満身創痍の状態では姫を救いだすことができない。
リンの承諾さえとれれば無駄な戦闘を避けて火山を抜けることができる。
と、簡単にロンドは言ったが、その“リンの承諾をとる”ことこそ命がけの行為に他ならない。
「何様のつもりだ? 人間風情が」
ほらぁ、雑魚に生意気なこと言われたから魔族さん怒ってるよぉ。
リンの纏った炎が勢いを増して天高く巻き上がる。
「勘違いするなよ。私はお前らのことなんて心底どうでも良い。いても良いし、いなくても良い。ただ、それは私の領域に足を踏み入れなければの話だ。私は余所者に領域を踏み荒らされるのが大嫌いだ。人間が大挙して押し寄せるなんて、考えただけで虫唾が走る。そうなるくらいなら巣ごと潰してしまった方が良いかもな」
荒地の魔物は縄張り意識が強く好戦的だ。それはご主人様であるリンの性質を反映したものだろう。そう簡単に許可が下りれば苦労はしない。魔族にとって俺たち人間はあまりにもちっぽけだ。
炎の勢いが強い。ロンドの護衛のためについた勇者も、遠巻きに見ていただけの俺も思わず後退りをする。しかしロンドは一歩も引かなかった。
「もちろん存じています。でも勇者ルイは良いんですか? 子供じみた脅しはやめて。建設的な話をしましょう」
ロンドの口から出た「ルイ」という言葉に、リンの眉がピクリと動く。火の勢いも心なしか落ち着いたようだった。
間髪入れずロンドが続ける。
「勇者ルイは人間です。ご存じですか。人間ってのは繊細なんです。街が無ければ生活することができない」
「そ、そんなのは私がどうにでも。あの……あれだろ、鳥とか食うんだろ。私が焼いてやるし」
良く分かんない虫を飼育しようとしてるヤツみたいなこと言ってる。
しかし人間の脆弱さを舐めてもらっては困る。
「食べ物さえあれば荒地で生活できると思いますか? まず無理です。数日と持たずに死にます。もちろん体は教会に送られて蘇生されるでしょうが、街が無くなればここの教会も当然無くなる。遠いですよ、隣町の教会は」
「むむむ……」
いつだったか、ルイはリンのことを「幼い子供のようだ」と表現していた。他者との交流に乏しく交渉慣れしていないリンを舌先で丸め込むのはそう難しくないのかもしれない。ルイの生き死にと勇者が火山を通ることに直接の関係はないのだが、リンはそれに気付かず頭からプスプスと音を立てて黒煙を上らせている。
ここがチャンスとばかりにロンドが詰め寄る。
「特別なお願いをするつもりはありません。あなたは何もしなくて良い。ただ、僕らが荒地を通ることに目をつむるだけで良いんです。お行儀よくさせますから」
「それさぁ、私になんの得があるんだよ」
リンの不満げな言葉に、ロンドが一瞬ニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかった。
「取り引きをしましょう」
リンを交渉のテーブルに引っ張り出した。しかし魔族と取り引きだと……? リンが腕を組み、目を細めてロンドを見下ろす。
「ふうん。取り引きね。良いじゃん。私の要求飲んでくれるんだな? やっぱナシ、なんて今更言うなよ」
どこからか生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
ここまで来たらもう引き下がれない。人類と敵対する、しかも圧倒的実力差のある魔族との取り引き。一体どんな恐ろしい要求をしてくるのか。俺たちは一体何を差し出さなくてはならないのか。
緊張感が辺りを漂い、人間たちの不安げな視線が注がれる中、リンが不敵に笑って口を開いた。
*****
「全員所定の位置へ! バケツは持ったか!?」
「魔法使いは屋根に上れッ」
「住民の避難を確認。作戦開始します」
街がかつてないほど物々しい空気に包まれている。
厳戒態勢が敷かれ、一般の住民たちはシェルターに避難し、周囲に配備された勇者たちがそれとなく武器に手をやってこちらに鋭い視線を向けている。
しかし魔族様は虫けら共の行動など気にもしていない。完全に自分たちの世界に入ってやがる。
炎に包まれた体を密着させ、腕を組みながらリンがルイに微笑みかける。
「今日のデート、いっぱい楽しもうね!」
「……ウン」
焦げていく腕から目を逸らしながら、ルイが朦朧とした表情で頷く。
リンの提示した要求。それは「ルイとの街でのデート」。
人間には“デート”という文化があるということをルイがぽろっと漏らしてしまったらしく、以前からやってみたかったとのこと。知るか。
ルイが虚ろな視線をこちらへ向けて言った。
「神官さんもか」
「……ハイ」
俺は教会から伸びたマーガレットちゃんのツタに引きずられるようにしながら頷いた。
なんで俺まで……泣きそうだ……
しかし嘆いても仕方がない。姫の救出は俺たちの手腕とデートプランに託された。
始まる。命をかけたダブルデートが。