さっすがアルベリヒ。武器だけじゃなくて防具も作れるし、石像削ったりもできる。スゲーよ。器用な男だ。
アルベリヒが腕によりをかけて削りだしたおニューの女神像。秘密警察に頼んで外に出してもらった。室内で火を噴かれてまた火事にでもなったら困るからな。
にしても見事な女神像だ。教会内にある従来の女神像(大)より粗野な印象を受けるが、これはこれで趣があるよ。おまけにスイッチ一つで火を噴くギミック付き。教会の新しいシンボルになること請け合いだね。
俺は火を噴く女神像の脇に腰を下ろし、膝を抱える。その状態で台座にもたれかかると後頭部でちょうどスイッチを押すことができる。グッドデザイン。これが人間工学か。なるほどね。
ポチッ。
ゴーッ。
ポチッ。
ゴーッ。
頭の動きに合わせて女神の噴き出す火柱を眺めながら無心になっていると、ルッツが恐る恐るという様子で近付いてきた。
「なにやってんの?」
「いや……なんか……火を見てると少しだけ落ち着く……」
「放火魔?」
そりゃあ火も見たくなるだろうがよ。貰った賞金全部パァになっちまったんだぞ。
これが誰かのせいならまだ楽だったよ。全部自分の失敗とか目も当てられないだろ。賞金を失ったショックに加えて自己嫌悪にまで苦しまなければならないからな。
でも仕方ないじゃん。体質なんだから。
それに俺は人に迷惑を掛けないよう最大限飲酒しないよう心掛けている。なのにどういうわけか時々酒の方が俺の口に飛び込むような真似してくるんだ。
神様はなぜこんな酷い仕打ちをするのか。俺は抱え込んだ自分の膝に顔を埋めた。
「まぁまぁ、そう落ち込むなよ。そうだ。気晴らしにちょっと出掛けようぜ」
俺はルッツに連れられるがまま市場へ足を運んだ。
この気遣いが俺の罪悪感をチクチクと刺激する。俺が酒を飲むと理性が消え去ることを知っているのはシャルルなどごく一部の人間だけ。この街の人間には知られていないし、ルッツも例外ではない。
これが知られるとふざけてわざと酒を飲ませようとする人間が現れるのと、あとは純粋に自分の弱点を晒したくないからだ。
できれば今回の騒動も最初の主張どおり“俺の偽物が現れた”で通したい。このまま墓場まで持って行きたい。
ルッツがある店の前で足を止めた。
「見ろよユリウス! ドーピングアイテムだ」
「え? なに? コンソメスープ?」
「なんでコンソメスープ? 違う違う。ほら」
ルッツが指したのは市場の露天に並んだ木の実だ。食うと能力値が底上げされるとかいうアイテム。
貴重なものらしく王都ではほぼ見かけなかったが、石を投げれば勇者に当たるフェーゲフォイアーではこうしてたまに売られている。とはいえかなり値が張るし一粒で得られる効果は微々たるもの。おまけに効果は一時的とあって使っている勇者はそんなに多くない。ほぼプラセボ効果だな。
しかしプラセボに縋りたくなる時もある。ルッツが歓声を上げた。
「おっ、賢さの実もあるぞ! 俺さぁ、テスト前に賢さの実だって騙されてカシューナッツ売りつけられたことがあったんだよ。おかげで落第しかけた。これが本物か。全然カシューナッツと違うな」
賢さの実ね。
俺は籠に盛られた紫色の実の山をジッと見つめる。
「………………これを全て食べればもう少し賢く生きられるかな」
「やめろやめろ! オーバードーズは体に毒だぞ!」
俺が今にも賢さの実を貪り食いだすと思ったのか、ルッツが俺の襟元を掴んで籠から引き剥がした。
「どうしたんだよ。落ち込むのは分かるんだけど、なんか変だぞ」
「はは……俺はずっとこんなんだよ……」
騒ぎを聞きつけたか、雑踏の中から現れたアルベリヒがこちらへ近付いてくる。
思わず視線を足元に向ける。アルベリヒは今回の事件で俺が一番迷惑をかけた人間の一人だ。バツが悪くて目を見ることができない。
「神官さん」
アルベリヒは俺の顔を覗き込むようにしながら、沈んだ声で言う。
「話聞いたよ。まさかあの時の神官さんが偽物だとは思わなかったんだ。ごめん、俺がすぐ気付いてれば。魔物って恐ろしいな。見た目も声もまるで同じだった。確かに様子がおかしかったけど、てっきり酔っ払ってんのかと……」
ギクッ。
「いやいや……そんなそんな……アルベリヒのせいでは……」
俺はなんとか言葉を絞り出す。
落ち着け落ち着け。バレてない。喜ぶべきことだ。動揺を悟られるな。罪悪感に苛まれている場合ではない。
……でもやっぱり目を見ることはできなかった。うつむいていると、今度は背後からなにかが俺の肩を叩く。ハンバートだ。
「大丈夫。きっとじきに犯人も捕まる。そしたらまたカジノに来たら良い。偽物は大負けしていたようだけど、勝利の女神もきっと本物の神官さんには微笑んでくれるさ」
うっ……こ、こいつまで。
なんで今回に限ってみんな優しいんだ。あっ、俺がめちゃくちゃ落ち込んでるからか。良いヤツらだな。しかし今の俺にとって優しい言葉は生傷に塗られる塩のようなもの。かけられればかけられるほど、染みて染みて仕方がない。
いやいや、落ち着け。これは悪くない。俺の泥酔がバレていないということだからな。大丈夫だ。大丈夫。大丈夫。
「そうそう。そんなに落ち込まないでよ。体質だから仕方ないって」
背後からの言葉に息が止まりそうになる。
さび付いた人形のような動きで振り返る。肩越しに白衣の男がヘラヘラ笑ってる。
汗が止まらない。なぜ今、お前から「体質」という言葉が出る?
なにも言えずにいると、マッドが首を傾げた。
「ん? あぁ、ごめんごめん。そういう話じゃなかった? なにがあったか詳しく知らなくてね。的外れなこと言っちゃったかな。でも俺もユリウス君を慰めたかったんだ。慣れないなりにね」
し、しらじらしい……どういうつもりだコイツ。もしかしてお前知ってんのか……? どこまで知っている? どうして知っている?
「おいおい大丈夫かよユリウス。真っ青だぞ」
ルッツが心配そうに俺の顔を覗き込む。
マズい。動揺するな。平然としてろ。……いや無理だよ! 無理無理。俺は結構顔に出るタイプだ。クソッ、どうしよう。どうしたら。とにかく動揺を悟られたくない。顔を見せたくない。どうにかしてこの場にいるヤツらから視力を奪えないだろうか……
「良いね。友情だね」
俺たちの会話をどう解釈したか。沈黙を貫いていた露店の店主がそう言ってふっと息を吐いた。そして木の実が山盛りに乗った籠の一つをこちらに差し出す。
「いいもん見せてもらった……これやるよ」
「えっ、これ全部? だ、大丈夫ですか? これだけの量。すごい値段になるんじゃ」
アルベリヒが恐る恐るという風に店主に尋ねる。店主は頭を掻いて照れたように笑う。
「はは。カッコつけて言ったけど、実はこれ古くなってきて捨てるとこだったんだ」
「そんなもの安易に渡したらダメだろう。これ食べて大丈夫なのかい? 食中毒は怖いよ」
ハンバートが呆れたように首を振る。確かによくよく見ると乾燥してひび割れたものがあったり、ちょっと傷んでいる感じがする。しかし俺はハンバートの忠告を無視した。
店主の差し出した籠をガッと掴み、小さな山のように積まれた実を口内に押し込んでいく。とにかく突飛な行動でこの場を無茶苦茶にして色んなことを有耶無耶にしたかった。腹を壊しても構わない。精神的な胃の痛みに耐えるより腹下して苦しんだ方がマシだと思った。
「お、おいユリウス! 全部食うのはやめた方が……あーあ」
全ての実を胃に押し込んだが、俺の思惑に反して体が実を拒否している。食った実がせりあがりそうになるのを何とか堪えたが、めまいに負けてうずくまる。
「うぅっ」
「ほら見ろ。オーバードーズはダメだって言ったろ! っていうかこれなんの実?」
ルッツの問いかけに店主が答える。すぐ近くにいるはずなのに、どこか遠くから聞こえてくる気がする。
「信仰の実だよ。この街はヒーラーが少ないからあんまり売れなくてね」
「信仰の実……? おい、大丈夫かユリウス」
ルッツが恐る恐るという風に俺に声をかける。しかしそんなことはもうどうでも良かった。
俺は膝の皿を割らん勢いで跪き、天を仰いで力の限り叫んだ。
「神ッ!!」