教会は神を最も感じられる場所であり、神に最も近付ける場所である。ここでは奇跡が日常だ。
今日も魔物との戦いにより傷つき命を落とした勇者が教会へ送られてくる。
神の奇跡により息を吹き返したグラムがバツの悪そうな顔で起き上がった。その後ろには二人のパーティメンバーの亡骸。俺は尋ねた。
「残りの二人も蘇生しますか?」
グラムは自分のポケットから埃だらけのコインを取り出して渋い顔をする。
「手持ちがない。俺の分の蘇生費にもちょっと足りねぇな……ああ、分かってる分かってる! 魔物狩って装備売ればすぐ集まるからツケといてくれ」
「分かりました。後日で構いませんよ」
「ああもう、うるせぇな。仕方ねぇだろ、またフェイルがくだらない買い物したから――え?」
変なものでも食ったような顔をしたグラムに向けて、俺はさらに続ける。
「良ければ二人も蘇生しましょうか。寄付金は用意できてからで結構です。メンバーが揃っていた方が魔物を狩るにもスムーズでしょう」
「え……あ、ああ……」
グラムは怪訝な顔で頷きながら、さっそく蘇生に取り掛かる俺に珍獣でも見るような視線を向けた。誰に言うでもなく呟く。
「あの話、本当だったのか」
幸い、蘇生にそう時間はかからなさそうだ。
二人とも――グラムもそうだったが、致命傷となった大きな傷が背中から腹にかけて一つ。あとはかすり傷すらほとんど見当たらない。
「ところで、どうして命を落としたんですか」
フェイルの蘇生を済ませ、ルビベルに取り掛かりながら尋ねた。
するとグラムはなんでもないことのようにあっさりと答える。
「多分ツノウサギの群れだな。森で飯食いながら休んでたら後ろからグサッと――」
俺は叫びながら地面を蹴り、グラムに飛び掛かった。
「そんな雑魚になに易々殺されているんですかァーッ!!」
「うわっ、なんだよ急に!?」
「“森で飯食いながら休んでたら後ろからグサッと”~? 神の御前でよくそんな生ぬるいことが言えましたね~? 神のために命を懸けて戦う勇者である自覚があるんですかァ~?」
「結局キレるのかよ……おいフェイル、見てねぇでコイツ剥がすの手伝え。ケガさせてお前の姉貴に殺されんのはゴメンだ」
蘇生を終えたばかりのフェイルがゆっくりと起き上がり、俺たちの元へ歩み寄る。
しかし手を出そうとはせず、腕を組みこちらを観察しながらふんふんと頷いた。
「これが信仰の実の中毒症状か。見るのは初めてだ」
「手伝えって!」
俺はグラムの髪を引っ掴み、神を喜ばせることもできない役立たずの顔を覗き込む。
「女神から賜った力を持ちながら、一体なにをしているんですか~? 全知全能の女神といえど無能に割く加護はありませんよ~?」
俺の横でフェイルも力強く頷いた。
「そうだぞグラム。神官様の手を煩わせるな」
「死んだのはテメェもだろ! クソッ、普段の方が若干マシだな」
なんだと~? 神のしもべたる神官に向かってなんだその態度は。この背教者め!
俺はグラムを突き放し、ルビベルの蘇生を手早く済ませて玄関を指差す。
「うだうだ言っている暇があったらさっさと異教徒ぶっ殺しなさい!! 神もそれをお望みです。さぁ! さぁ! さぁ!」
「いつもと違うベクトルでウゼェな……信仰心高まってるはずなのにぶっ殺せとか言うのかよ……」
そうこうしているうちに蘇生ほやほやルビベルが目を擦りながら起き上がった。
よく状況を理解しないまま殺されたこともあってか、まだ混乱しているようだ。こちらを見上げて首を傾げる。
「んん……? どうしたの? またフェイル君がポーカーでスッちゃったの? それともプラチナスライムの剣のニセモノ掴まされた……?」
「ルビベル! シッ!」
フェイルが精悍な面構えでルビベルを牽制する。生き返って真っ先に口をついて出た言葉がこれか。ルビベルも大変だな。
注意が逸れた隙をつき、グラムは俺の手を振りほどいてルビベルを抱き上げた。
「いや、大丈夫だ。なんでもない。ルビベルは用法用量を守るんだぞ」
「ん? うん」
まだ半分寝ぼけているらしいルビベルを抱えながら、グラムがこちらに背を向けて歩き出す。一瞬だけこちらを見て、吐き捨てるように言った。
「女神様は神官にどんな教育してんだ。ったく……」
なんだと~? 俺はグラムの背中に飛び蹴りを食らわしたい衝動に襲われたが、神の御前なので我慢した。神官の鑑。
それに、あんなのでも神に加護を与えられた勇者には違いない。
グラムたちが教会を後にするのを見送る。俺の手で蘇らせた勇者たちが異教徒を殺し、神を喜ばせる。考えただけで心躍り笑みがこぼれるな。
彼らが一体でも多くの魔物、そして魔族を屠ることを祈ろう。
さて。なにも教会を訪れるのは死んだ勇者ばかりではない。
白装束を引き連れたメルンを俺は笑顔で迎え入れる。
「おやメルン、どうしましたか」
俺を見て、メルンは安堵したように笑みを漏らした。
「パパがオーバードーズでおかしくなったって聞いて……でも元気そうで安心したよ」
「おかしくなった? 私が? 酷いデマを流す人がいたものです」
俺はくるりと振り返って祭壇の前に跪き、天を仰ぐ。
「むしろ頭の靄が晴れたように爽やかな気分ですよ……!」
「パパ?」
「ああ……神の声が聞こえます。メルンよ、あなたはあと326の経験で次のレベルになるでしょう」
俺のお告げに、メルンは白装束共と顔を見合わせ首を傾げる。
「レベルって?」
「分かりません!! もどかしい! 神の言葉を理解できないのがもどかしい! あぁぁあああ神ッ! 私は貴方の全てを理解したいのに!!」
俺は髪を掻き毟りながら女神像(大)に縋り付く。
「噂よりキてますね」
「これはいよいよだな……」
白装束どもが何やらコソコソと話している。
メルンが俺の顔を覗き込んだ。視線を向けると、己の胸に手を当てて自信たっぷりに頷く。
「私たちに任せて!」
「はい。どこへ行くんですか?」
俺は白装束共に羽交い締めにされながら静かに尋ねた。
拉致には慣れている。この程度ではもう取り乱さない。
しかしメルンが笑顔で言った次の言葉にはさすがに動揺を禁じえなかった。
「集会所のメンタルヘルスケア施設だよ」
*****
「そんなことないよ! 神様はきっと平和を望んでいるはずだよ」
メルンの訴えが石造りの地下牢に響き渡る。俺は静かに首を振った。
「いいえ、神が一番に望んでいるのは異教徒の抹殺です。私たちなどガラス箱の中のアリの巣のようなもの。アリ同士が小競り合いしていることなんか大して気にしてはいません」
「これ本当に信仰心高まってるの……?」
はぁ、寒いしジメジメしてるなここ……
俺は改めてあたりを見回した。
なにがメンタルヘルスケア施設だ。やっぱ地下監獄じゃねぇか。
大人しく連行されたかいあって拘束は免れたが、地下牢獄の檻の中で冷たくて硬い椅子に座りメルンと神についての話をさせられている。っていうかこれ地下牢でやる必要ある? 普通に事務所で良くないか? 雰囲気づくり?
俺が疑問符を量産していると、後ろに控えた白装束がメルンに耳打ちした。
「通常の対話療法には限界があります。やはりアレ使わないとダメですよ。あの食べると笑いが止まらなくなるキノコ」
「いやいや、あっちの方がいいですよ。食べるとピンクの象が見えるキノコ」
へぇ~、世の中には色んなキノコがあるんですねぇ~
しかしのんびりキノコなんか食ってる暇はねぇ!
「早く魔族殺さないと!! こんなことをしている場合じゃない! 神ッ! 今異教徒を地獄に送ってやります!!」
俺は椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がるが、すぐさま白装束に取り押さえられて全身で床の冷たさを感じる羽目になった。
頭上から聞き覚えのある声が降ってくる。
「これじゃあどっちがカルトだか分からないね」
俺は視線を牢の外に向ける。白い服だ。しかし白装束ではない。
やや無理をして首を捻り見上げると、白衣を纏った破門者がヘラヘラした面で鉄格子の間からこちらを見下ろしているのが視界に入った。ヤツはメルンに視線を移し、半笑いで尋ねる。
「どう? メンタルケアは効果あった?」
「いや……ダメみたい」
メルンが沈んだ顔でかぶりを振る。
マッドはさして驚きもせず、当然だろうとばかりに頷いた。
「ユリウス君の心の問題じゃなくて信仰の実の中毒症状なんだからメンタルケアしたって意味ないよ。だいたい狂信者なんてみんな話通じないんだし」
メルンは拗ねたように口を尖らせながらも扉を開ける。マッドを牢の中に招き入れて言った。
「じゃあ先生がどうにかしてよ。解毒剤とかない?」
「そんな都合の良いものないよ。実を食べてかなり時間が経ってるから、胃洗浄も無駄だろうし。まぁあの類の実の効果は一時的なものだから放っておけば治ると思うけど」
「でもこの状態で放っておくの心配だよ。勝手に十字軍とか参加しちゃいそう」
「それは困るね。実の効果が抜けるまで鎮静剤で眠らせとく?」
言いながら、マッドは手早く取り出したガラス瓶入りの薬剤を注射器で吸い取っていく。なんで普通に注射器を持ち歩いてんの?
シンプルな疑問は尽きないがそれを上回る勢いで怒りが湧いてきた。
神の教えに背いて破門されたにもかかわらず、なぜこの男はのうのうと生きているんだ?異端審問官の救いを拒絶し、欺き、今も神を裏切り続けている!
俺は迫りくるマッドの手と針から逃れるように頭を振った。
「薄汚れた手で私に触るな破門者ァ!」
するとマッドは心外だとばかりに首を傾げる。
「いや、ユリウス君の手の方が絶対汚いよ。だって俺は実験のとき基本手袋するし」
まぁ物理的にはね。
マッドが憐れむような眼でこちらを見下ろす。
「だいたい、君の信じた神様は君に何をしてくれた? 困ったとき、神様は君の祈りに応えてくれたかな? 得た報酬は君の働きに見合うものだった?」
そう言って俺が首から下げた勲章を手に取り冷ややかな視線を向ける。俺はやっとの思いで声を絞り出した。
「し、神官の務めは報酬欲しさに行うものではありません……我々は神のために……」
「そっかそっか。ユリウス君がそう言ってくれて良かった。君は本当にこの街に相応しい立派な神官だよ。これ以上の適任はいない。最前線の特殊な街で功績を上げている人間をわざわざ王都やその辺のつまらない田舎町に引っ込めるような人事をするほど教会も無能ではないだろうからね。今後とも末永くこの街をよろしくね」
「……おえっ」
俺は静かにマッドから顔を背け、冷たい石造りの床に額をつける。
なおも口を開こうとするマッドから庇うように、メルンが俺に覆いかぶさった。
「やめて先生! パパがストレスでえずいてる!」
「ははは。そんなに嫌ならユリウス君もこっち側にくればいいのに。自由にできる研究は楽しいよ。手袋つけて仕事できるし」
「どさくさに紛れて勧誘しないで!」