忌々しい触手を撤去させ、壊れた壁を修復し、ようやく落ち着いてみられるまでに地下倉庫を整えた。ここまで長かった。なぜ自分の職場兼家の倉庫を見るのにこんなに苦労しなくてはならないんだ……
ここまで手間をかけさせたんだ。さぞかし高価なお宝が眠っているんだろうな。と期待に胸を膨らませたもののそう簡単にはいかなかった。
まずいかにもお宝の入っていそうな宝箱。これが開かないのだ。もうなにをやっても開かず、いよいよマーガレットちゃんに宝箱を握りつぶしてもらおうかと考えたくらいだ。中身が破損する可能性を考えてギリギリ踏みとどまったが。
しかし倉庫にあるのはなにも開かない宝箱だけではない。棚やらツボの中には“どう見てもガラクタ”もたくさんあるが、価値あるものが紛れている可能性は否定できない。が、ここで問題点その二。アルベリヒに買取を渋られた。
「武器、百歩譲って防具の査定までしかできないってアルベリヒが言うんですよ。なので代わりに貴方たちにここのアイテムの鑑定をお願いしたいんです」
ランタンの発するオレンジの光に照らされたルイとユライが困ったように顔を見合わせた。
地下倉庫の隅に置かれた、内部にビッチリ棘が生えた物々しい女神像を見上げてルイが肩をすくめる。
「そりゃあ鍛冶職人にアイアンメイデンの値段はつけられないだろう。俺にだって正直荷が重いし」
「あ、それは売約済みなので大丈夫です」
「マジ? 誰が買ったの?」
「個人情報なので詳しく言えませんが、知り合いにマゾのロリコンがいまして」
「人脈広いね」
どこか別のところに売るにしても、元星持ち勇者のお墨付きがあれば安心だ。素人だからって足元見られて買いたたかれてはかなわないからな。
ユライがツボの中を覗き込みながら首を傾げる。
「ここにあるものって売って良いのか? よく知らないけど儀式とか祭典とかで使うから教会にあるんじゃ?」
「儀式ィ? そんなのいつどこでやるんですか? うちの前任者もこんなもの使ったことないと言っていましたよ」
「前任者って先生だろ……聞く人間を間違えてないか?」
「良いからほらほら。価値のありそうなものだけピックアップしてください」
促すと、不承不承ではあるがルイとユライが地下倉庫の中をウロウロと歩き始める。
「協力したいのは山々だけど、俺たちの審美眼に期待しないでくれよ。そういうのはロージャの担当だったからさ……」
ユライが呟きながらルイの腕に抱かれた呪いのキツネぬいぐるみに憐みの混じった視線を向ける。しかしルイはこの状態でもロージャの目利きをあてにしているらしい。
棚とぬいぐるみの目線の高さを合わせ、静かに尋ねる。
「どうだロージャ」
「コロス……コロ……コロス……」
おっ、ぬいぐるみが反応した。俺には「コロス」としか聞こえなかったが、ルイはロージャの言葉にふんふんと頷いている。
「ロージャはなんと?」
するとルイはぬいぐるみを愛おしそうに抱きしめながら顔を上げる。
微笑みを携えて答えた。
「殺すって」
そうか。通訳できるとかそういうのじゃないんだな。
「ん? これ、見覚えがあるな」
そうこうしている間にユライがある棚の前で足を止めた。手に取ったのは鏡だ。一抱えほどもある大きな丸い鏡で、鏡面を取り囲むように細かな細工が付いている。確かに綺麗ではあるが、鏡などありふれているし宝石が付いているわけでもない。貴金属的な価値があるわけではないようだ……ということは。
「魔道具ですか? 一体どんな効果が?」
期待に胸が膨らむ。魔法の鏡だなんていかにもお宝っぽいじゃないか。
ユライの抱えた鏡を覗き込むと、ランタンの光に照らされた鏡の中の自分と目が合う。特に変わった点はないように見えるが。
ユライが鏡のふちをなぞるようにしながら口を開く。
「特殊な効果を持った鏡ってのは魔道具の定番だ。使用方法も様々で、例えば魔法攻撃を跳ね返したり、精霊を召喚する門だったり、何らかの大掛かりな魔法を発動させるトリガーだったりすることもある。あるいは――」
ギョッとした。
俺だ。目の前に俺がいる。巨大な鏡の前に立ったような感覚。しかしそこにあるのは決して虚像ではない。
思わず顔を顰めながら、鏡を抱えた“俺”に言う。
「貴方の変身術が凄いのは分かってますから、私に化けるのはやめてくださいよ」
俺に化けたユライが、俺と同じ顔に苦笑を浮かべる。
「目の前にいる人間に化けるのが一番楽なんだよ。それよりも、ほら。見ててくれ」
ユライが俺の隣に並び、鏡を掲げる。鏡面に俺たち二人が映り込む――が、鏡の中のユライは俺の姿をしていなかった。変身術が解けた? 隣にいる実物のユライを見る。いや、隣にいるユライの顔はやはり寒気がするほど俺に瓜二つだ。
鏡に映った姿と実際の姿が違う。呆然としていると、ユライがこちらに鏡を差し出した。
「“真実を映す鏡”だよ。偽りの衣を剥がして正体を暴いたり幻術を打ち払う。これを売るのはもったいないな。また神官さんに化けたニセモノが出たって聞いたよ。教会の壁にでも飾っておくといいんじゃないか」
ギクッ。
「そ、そうですね~」
俺はあらぬ方に視線を向けつつユライから鏡を受け取る。
あの話結構広まってるのか……嫌だな……
とはいえ、ユライの言うことも一理ある。先日の例はともかく、魔物が俺に化けて教会に潜り込んだことがあるのは事実だし。
しかし……正体を暴く、ね。
キュートなキツネぬいぐるみを手に倉庫内をうろつくルイにこっそり鏡を向けてみた。
鏡の中のルイが抱いているのはおぞましい肉塊である。呼吸するように規則正しく上下し、時々筋肉が痙攣するようにピクピクと動いているのが気持ち悪い。なるほど。どうやら鏡の効果は疑いようがないらしい。
*****
元星持ち勇者共が見つけ出しためぼしいアイテムは結局あの鏡一つだけだった。
ユライの言う通りロージャがあの状態でなければまた違ったのかもしれないが、まぁ呪いのおしゃべりキツネぬいぐるみにお宝鑑定は難しいだろう。
正直労力に見合ったものを得られたとは言い難いが、収穫があっただけマシか。また今度別の勇者にも倉庫内のアイテムの鑑定を頼んでみよう。
せっかくなので、元星持ち勇者の進言に従い鏡を教会の壁に飾ってみた。
これで迫りくる脅威にいち早く気付くことができるだろう。
でも鏡って剥きだしで置いておくのなんか嫌なんだよな~。差し込む光を反射したり、窓の外で風に揺れる木々が映り込んで視界の端にチラつくのが気になる。作業をしているときにそういうことがあると誰か来たのかと思ってつい顔を上げてしまう。そのうち慣れると良いんだが。
はぁ、にしても疲れたな。地下室の探索なんて慣れない事やったからか。肩が重い。埃っぽいところにいたせいか目もゴロゴロするし……おっ、そうだ。ちょうどいい。あるじゃん、鏡。俺は壁に掛けた鏡を覗き込み、息が止まった。
目を見開いて固まった鏡の中の俺の肩に白い腕が巻き付いている。
弾かれたように後ろを振り向く。誰もいない。なにもない。見間違え?
視線を鏡面に戻す。俺の肩からこちらを覗き込むように顔を出した女と鏡越しに目が合う。そのイカれた女は嬉しそうにパステルカラーの瞳を細めた。
すぐ耳元で声がする。
「今日は気付いてくれたね」
せっかくの鏡ではあるが、普段は布で覆うことにした。
迫りくる脅威に気付けたからなんだというのだ。対処できない脅威になんて気付かない方がまだマシだ。