毎号部屋の隅に届く肉塊を組み上げ、1/1スケール女勇者が完成!
しかも喋るし睨む!
「……私がどんな目に合ったか教えてやろうか」
「絶対言わないでください! 聞きたくありません! 聞きたくありません!」
俺は背中を丸め、目を閉じて耳を塞ぐ。
全情報をシャットアウトする完全防御態勢を取った俺に肉塊の集合体ことエイダさんが吐き捨てるように言った。
「こっち見てよ! 誰のせいでこんな目に合ったと思ってるの!?」
は? なんだその態度は。俺のせいってか?
テメェのバラバラになった体せっせと組み上げたの誰だと思ってんだ? だいたいお前が死んだことと俺は別に関係ないだろ。八つ当たりすんな。……関係なくはないか? いいや関係ないね。そういうことにしておく。
抗議の声を上げるべく顔を向けると、エイダが今だとばかりに俺の言葉を遮り捲し立てる。
「こっちは暗くて寒いところでちょっとずつちょっとずつ――」
俺は素早く耳を塞いで叫んだ。
「あ゛ー! 聞きたくない聞きたくない!」
「聞いてよ! せめて聞いて!」
嫌だね! 俺は日々を心穏やかに過ごし、安らかに眠りたい。変な夢とか見たくない。
すると燃料が切れたかのようにエイダが脱力する。血塗れの床に膝と手をつき、誰に聞かせるでもなく呟く。
「やっぱりダメだ……分かってたはずなのに……あの人と違うって……でも、何事にも無駄なんてない。研究に行き詰まっていたけど、新たな知見を得た」
エイダがバッと顔を上げる。高く拳を突き上げ、高らかに言った。
「ネクロマンシーだ!」
ネクロマンシー? ああ……あのドロドロの死体の使役でもすんのか……
ん? でもあれの死体って確か――
*****
「え? あの死骸? もうないよ」
ジッパーを連れて教会にやってきたマッドは気後れすることもなく平然とそう告げた。
エイダが呆然と呟く。
「……ない?」
「うん。全部使った」
「……使った?」
数秒の沈黙ののち、エイダは機械仕掛けの人形のようなぎこちない動きで首を動かしこちらに視線を向ける。
「……通訳して」
ええ……なんで俺が。というかわざわざ教会でその話やらなくて良いだろ。まぁ説明するけど。
例の茶色いドロドロの死骸がセシリア先生との対決の際身代わりに使用され、神の雷を食らって消失したことを告げた。
エイダの顔色がみるみる変わっていく。話が終わると、エイダがゆっくりと口を開いた。怒りに声を震わせながら言う。
「その話……本当……? あの人の遺体を冒涜したの……!?」
「冒涜? 何言ってるか分かんないや。死体なんて放っておけば腐っていくだけのものを飾っておいても仕方ないでしょ」
またそんな火に油を注ぐようなことを。
せせら笑うようなマッドの言葉にエイダが噛み付く。
「嘘吐き! 大事にするって言ったのに!」
一方、マッドはヘラヘラ笑いながら頷いた。
「だから大事に使わせてもらったよ。そもそも実験器具を貸してくれって持ちかけてきたのはそっちでしょ。俺が無理矢理あれを奪ったわけじゃない。非難されるいわれはないね」
ダメだ。この二人は何分、何時間、何年話し合いを重ねても永遠に分かり合えない。根本的な何かがまるで違っている。議論なんてするだけ無駄だ。
エイダもそう察したのだろう。いや、普通に限界が来てプッツンしただけかもしれない。
槍を手に取り弾かれたように駆け出す。とうとう物理的にマッドの減らず口を封じる気だ。当然勇者でもないマッドがエイダの攻撃に反応できるはずもない。まぁ反応する必要もないのだが。
マッドの後ろに静かに控えていたジッパーが素早く触手を出した。襲い掛かろうとするエイダの足を払い、地べたに這いつくばらせて槍を奪い放り捨てる。
エイダは間違いなくかなりの手練れだ。しかし魔族の触手に勝てるほどは強くない。
マッドはポケットに手を突っ込んだままつまらなさそうにエイダを見下ろし、踵を返してこちらに背を向ける。
「あげた器具はどう使っても俺は文句言わないから。せいぜい人間でもなんでも作ると良いよ。有効活用してね。じゃ」
エイダを見もせず、ヒラヒラと手を振りながら教会を後にする。鉛のように重い空気だけ残して。
おいおいおいおい、ふざけんなよ。この空気のまま俺を置いていくな。
エイダは地面に突っ伏したまま動かない。まさか今の攻撃で死ぬわけはない。俺の言葉を待ってるのかこれ。
俺は口を開きかけるが、言いかけた言葉を飲み込んだ。
ざっとシミュレーションしてみたが、なにをどう言っても面倒くさくなる。厳しい言葉をかければキレられるし最悪槍で串刺しにされる。
かといって優しい言葉なんてかけようものならもっと面倒くさくなる。多分色々あった挙句、また肉片が部屋の隅に毎号お届けされることになる。あるいは庭に土饅頭ができるか、もしくは呪いのおしゃべりぬいぐるみが一体増えることになるか。
俺は床を蹴った。這いつくばったエイダを軽やかに飛び越え、教会を後にする。後ろから怒声が追ってきた。
「なに逃げてんのよ!」
逃げてなどいない。これは俺の精いっぱいの優しさである。