やれやれ、また街を救ってしまったぜ。
しかし犠牲は大きかった。そう、俺の睡眠時間である。マジで過労死寸前だったわ。なにせ街中の勇者がほぼ死んだからな。比喩じゃなくてマジで教会に死体の山が築かれていた。
本当にこの事件起こしたヤツぶっ殺してやりてぇ。いや、もう死んでたな。はは。
「死人に口なしってヤツだね。相手が勇者だったらそれこそ何度でも蘇生させて口を割らせるのに」
マッドが肩をすくめながらため息を吐く。
生きたマッドを見つけた時の感激ったらなかった。なにせコイツは腐っても破門されてても元神官。現役時代ほどでないにせよ一応蘇生ができる。だが作業を手伝わせようと思った俺の期待をコイツは易々と裏切った。
俺はマッドをギロリと見上げる。
ヤツのニヤケ面から視線を下ろしていき、憎き三角巾に吊られた包帯ぐるぐる巻きの腕をジッと睨み思わず歯噛みする。
例の魔物にジッパーと共に吹っ飛ばされた衝撃で、よりにもよって腕を折ってやがったのだ。
なんで腕なんだよ。ふざけんな。脚とかにしろよ。腕は守れよ。おかげで俺は相変わらずのワンオペ蘇生作業を強いられたわけだ。クソが。善良で敬虔な信徒をここまで痛めつけて楽しいか? 神様って絶対サディストだわ。
「前回のシェイプシフターと同じ勢力の魔物なのかな。ちょいちょいこの街にちょっかいをかけてくるけど、目的はなんだろう。人間を殺すだけならもっと直接的な方法をとれるのに、妙に手口が回りくどいんだよね」
「はぁ」
「今回もさ、ゾンビ化したの勇者だけだったんだよ。普通の人間にゾンビは噛みつこうとしなかった。勇者と一緒に街を走ったのは完全に悪手だったね。俺たちだけならゾンビに襲われることはなかったのかも。でもなんでわざわざ勇者と普通の人間を区別したんだろうね」
「知りません」
「そういえば今回もユリウス君のとこに犯人の魔物が現れたよね。なんでいっつもユリウス君のところに魔物が来るんだろう。ジェノスラがタイミングよく助けに来たのもそうだけど……もしかして“においぶくろ”とか持ってる?」
持ってねぇよ。
俺は毛布をかぶり、寝返りを打ってマッドに背を向ける。
「あの……もう少し空気を読んでくれませんかね?」
急なシリアス展開からのジェノスラによる勇者大虐殺というテンションの乱高下に加え、過労死ギリギリのハードワーク。
俺が体調を崩し寝込むのも無理からぬことだ。
さっきからさっさと帰れオーラを全身から惜しみなく放っているにもかかわらず、マッドはペラペラペラペラ喋りまくっている。
知ってることは全部喋った。あとはそっちで勝手に考察やって結果だけまとめて教えろ。いや、もう最悪教えなくても良い。頼む、寝かせてくれ。
俺は毛布の中から声を振り絞った。
「一日ちゃんと寝れば復活できると思うので、今日だけ休ませてください。勇者の皆さんにも今日は死なないよう周知してありますので」
「勇者が従うかなぁ。明日になったら死体が山になってるかもよ」
まぁね。でももう良い。明日の事なんか知らんわ。俺は今寝たいので寝ます。おやすみなさい。
頭の先までかぶった毛布越しにマッドの気の毒そうな声がした。
「蘇生手伝いたいのは山々だけど、この腕じゃ力になれそうもないな。代わりと言ってはなんだけどこれあげるよ。お見舞い品」
えっ、お見舞い品? 高いゼリーとかフルーツ盛り合わせとか?
俺はそっと毛布から顔を出す。しかし想像していた色鮮やかな品はそこにはなく、緑の液体に満ちた小瓶がマッドの手に握られていた。
「なんですかそれ。ポーション?」
「当たらずも遠からずってとこかな。飲むと疲労がね。ポンってね」
「疲労が……栄養剤的なものでしょうか?」
「まぁとにかく元気になる薬だよ。あっ、待ってね。ちゃんと戸締りして飲んだ方がいいよ」
「戸締り? なんでですか?」
「元気になりすぎて少しハイになるみたいなんだ。俺も被検体にしか飲ませたことはないんだけど、奇声を上げながら外を駆けずり回ったり、川に飛び込んだり、窓ぶち破って二階から転落したりする例があったからね。でも効果は抜群だから」
俺は毛布をかぶってマッドの言葉をシャットアウトした。
*****
犬の散歩をしている。
赤毛の大型犬だ。本気を出せば俺より全然強い。じゃれつかれて肋骨を折られないよう気をつけなければならない。まぁ賢いし従順だからそんなことはそうそう起こらないが。
横を歩いていた犬が急に立ち止まった。
振り向くと、犬がこちらを見上げて言う。
「言い訳はしません。もっともっと強くなって、今度は神官さんを守り抜いてみせます」
俺はリードを放り投げて叫んだ。
「ああぁぁ! 犬がシャベッタアアアアア!!」
必死に地面を蹴り走る。が、蹴っても蹴ってもなかなか前に進まない。まるで水底を走っているかのよう。くそっ、どうなってんだ。
「神官様、大丈夫ですか」
聞き覚えのある声。見ると“給水所”と刻まれた看板の脇でオリヴィエがこちらに手を振っている。ヤツの前に設置された長机の上にはおびただしい数のコップが置かれていた。
どうやらマラソン大会に迷い込んだらしい。違うんだ、俺は参加者じゃない。そう言いかけたが、まぁ喉は乾いたので水は飲ませてもらおう。
近付いていくと、オリヴィエは俺にコップではなく紙袋を差し出した。なんだそれ。水より良いものか?
俺は嬉々として紙袋を開く。金髪の生首が入っていた。
なんだこれ。新手の水筒? どうしたものかと悩んでいると、紙袋の中で生首がゴロンと動いた。見知った顔。カタリナだ。こちらに濁った眼を向けて口をパクパク動かし生首とは思えないハツラツとした声で言う。
「安心してください! 今日は死なないようちゃんと大人しくしてますから」
本当だ。生首になっても死んでいない。しかもあちこちに歯型が付いている。ゾンビに齧られてるのにゾンビ化せず、かといってゾンビに勝てず齧られ死したらしい。なんでゾンビにならねぇんだよ。こいつの自我は鋼鉄でできてんのか?
俺はそっと紙袋の口を折って封をし、長机の上へそれを戻した。
そんなことより水だよ水。
俺は長机の上から一つコップを取り、喉に流し込む。液体と共に口の中に異物が入った。なんだこれ。氷にしては冷たくないな。飴玉にしては甘くない。口の中で転がしてみるが正体がまるで分からない。汚いとは思いつつ、コップにそれを吐き出す。コップの中に目玉がぷかりと浮かんだ。
「ひっ」
俺は思わずコップを放り投げる。
とんだ異物混入だよ! ふざけんな、責任者を出せ!
猛烈な抗議をしようと勢いよく顔を上げたが、オリヴィエの姿はどこにもない。長机もない。給水所の看板もない。なんにもない。世界は闇に覆われた。
俺を包む闇に切れ目が入る。出口か? いいや、そんなものはなかった。
切れ目がパッと開く。中に納まっているのは目玉だった。俺を取り囲むように闇に次々切れ目が入り、そのたびに開眼した眼球が増えていく。暗闇に慣れさせるようにパチパチと瞬きをし、そして鮮やかなパステルカラーの瞳をこちらに向ける。
「ひっ」
パステルカラーの瞳に、怯えた俺の顔が映り込む。嬉しそうに大量の眼球が細まった。
どこか遠くから声がする。
「ねじれてるよ。ほらそこ! ねじれてるから!」
「ソーセージ作ろうとしてるの?」
「神官ざああぁぁん! 助げでぇぇぇ!」
意味は分からないが、なんだか恐ろしくて俺は膝を抱えてブルブルと震えることしかできない。
すると暗闇の中に一筋の光が差した。恐る恐る顔を上げる。
「貴方にはまだまだやってもらわなければならないことがあります」
スポットライトを浴びて輝くロリがジッとこちらを見下ろしていた。助けを求めて手を伸ばすと、ヤツはそれをひょいと避けて言う。
「なんとかしてどうにかするのです」
俺は首を傾げた。
*****
目が覚めると、見慣れた天井がそこにあった。
……体調悪い時って変な夢見るよな。そのせいかあんまり休んだ気がしないわ。
ベッドの中で寝返りを打つ。枕元に見慣れない品がたくさん置いてあることに気が付いた。どうやら見舞い品らしい。
そうか……みんな来てくれたのか……そうか……カギ閉めといたのにな……
勇者ってのはなんで人が寝てる部屋にこんな堂々入れるんだ? 普通もうちょっと遠慮しない?
とはいえ、見舞い品は普通に嬉しい。俺はベッドから這い出た。窓から差し込む光は柔らかく、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
どうやら本当に丸一日休めたらしい。奇跡だ。
とはいえ、奇跡には代償がつきものである。どうせ教会に死体が山になってんだろうなぁ……
そう覚悟していたが、意外なことに死体は一つだけだった。
いや違う、死体じゃなかった。ルッツだ。教会の長椅子に死んだように寝そべっているがどうやら生きてる。にしてもなんで血塗れなんだ? 怪我はなさそうだが。
「おいルッツ、大丈夫かよ」
するとルッツが重そうな瞼をなんとかあけ、焦点の定まらない視線をこちらに向ける。
「ユリウス……俺、頑張ったよ……」
「頑張った……?」
呟いて、俺はハッとした。
丸一日休んでいたにもかかわらず教会に死体はなく、ルッツが血塗れで寝ている。考えられるのは一つしかない。
俺はルッツの肩に手を置き、ゆっくり首を振る。
「気持ちはありがたいけど……でも……神官が死体を埋めちゃダメだ」
「は!?」
「大丈夫だ。大事にはしないから早く掘り起こしてこい」
「違う違う違う違う! そんなわけないだろ。蘇生だよ。お前が休んでる間、俺がやったの!」
ルッツが蘇生……? そんな事ができるのか?
いや、現役の神官なんだからそりゃできてもおかしくないっていうかできて当然だけど。でもお前が……?
ルッツが力なく笑いながら胸を張る。
「信じられないって顔だな。俺だってやればできるんだぞ。まぁやぶれかぶれだったし、何度かやり直したけど」
……やり直す? 蘇生を?
それどういう意味だ?
「あっ! 神官さん起きてる」
「良かった、本当に良かった」
勇者たちがそんな事を呟きながらぞろぞろ入ってくる。やつらは俺に縋りつきながら言った。
「お願いですからその人に蘇生任せないでください!」
「腸が捻れたまま腹に戻されたせいで蘇生した瞬間激痛ですよ」
「うう……これでようやく安心して冒険に出れる……」
あっ……本当にやぶれかぶれの蘇生したのか……
慣れないヤツがここの勇者の蘇生なんかやったら当然そうなる。
まぁ今日は死ぬなと口でいうより、酷い腕の神官を教会に置いておく方が勇者たちも冒険を控える気になるに違いない。だからルッツに捌ききれるだけの死体しか降ってこなかったんだろう。
ん? これ使えるな。俺が完璧に蘇生するから勇者共が気軽に死ぬのだ。たまにルッツにも蘇生させれば勇者共ももう少し緊張感を持って戦うのでは?
俺はルッツの肩に腕をまわした。
「なぁシフトの相談しようぜ。まずは週一、いや二くらいでどう?」
「えっ、なんの話?」
「蘇生できるんだろ?」
ルッツがスッと視線を逸らす。俺の腕から抜け出し、こちらに背を向けた。
「今日シャルルが来るって」
あっ、こいつ完全に話を逸らしにかかってる。ふざけんな。テメェも働けや。胸ぐら引っ掴んで強引に労働契約を結ばせるか悩んだが、ルッツが話題逸らしのために口にしたセリフへの興味が僅差で勝った。
「えっ、シャルル来るの?」
「うん。あっ、来るの知らなかったフリしろよ。お前に言うなって言われてる」
「なんで?」
「知らないけど。サプライズじゃん? 教会に来るって言ってたよ」
なんだそれ。
まぁ俺が忙しくしてるから気を遣わせまいと考えてくれたのかな。アイツは気遣いできるやつだし。
シャルルと顔を合わせるのは勲章授与の式典ぶりだ。アイツも元気にしているだろうか。王都からわざわざこんな辺境の地にまで来てくれるなんて。なにか報告でもあるのか。あるいは悩みでもあるのだろうか。アイツは優秀だがマジメすぎるところがあるからな。
なにはともあれ、旧友に会えるのは嬉しい事だ。
あっ、そういえばカタリナ占いのラッキーアイテム「旧友」だったな。やぶれかぶれではあったがルッツが蘇生やってくれたし、アイツの占い本当に当たるのかもしれない。
吉兆を感じながらルッツの胸ぐらを掴み労働契約の締結を迫っていると、勢いよく教会の扉が開いた。
「久しぶり」
シャルルだ。お忍びで来ていた式典のときとは違い、ちゃんと真っ白の神官服を纏い、堂々と顔を晒し、背筋を伸ばして教会の門をくぐる。
さすが本部勤めのエリートはパリッと感が違うな。後ろにたくさん捜査官連れてるし。
俺は静かにルッツの胸ぐらから手を外し、できるだけ友好的な神官スマイルを浮かべた。
「ずいぶん大所帯だな。お茶を出すにもカップの数が足りねぇよ。言ってくれたらもっと準備しといたのに~」
場を和まそうと言った俺の冗談が教会に虚しく響く。
シャルルの顔から微笑みが消えた。
無機質で冷徹な仕事人の顔をした旧友は、学生時代には恐らく一度も出したことがなかったであろう硬質な声で告げる。
「フェーゲフォイアー教会所属、ユリウス神官。ただいまより特別監察を実施します」