俺に勇者と蘇生を押し付けて、大司教様と腕章の男たちはさっさと街を発ってしまった。
クソが、またよく分かんない勇者が増えてしまったぞ。
正直このまま箱ごと庭に埋めてしまいたかったが、神官としての良心がギリギリのところで俺を思いとどまらせた。
俺は義務感を胸に手を動かし、息絶えた箱の中身を少女の姿に整えていく。魔眼が不意に発動しないよう薄い布で目隠しをするのも忘れない。
「違うんです。あの人に騙されたんですぅ」
リリスと名乗った魔眼の少女は、蘇生させるなり大司教様の言葉を全否定した。
「あんなの全部嘘です! 人なんて殺してません。脅されて勇者にされて馬車に連れ込まれて知らない街に運ばれて」
両手で顔を覆い、小刻みに肩を震わせながらリリスは慟哭した。
「わた、私なにも悪いことしてないのに! 私が……私が混血だから……!」
うっ……
俺は彼女にかける言葉を見つけることができなかった。
ヤバい。な、なんか可哀想になってきたぞ。
彼女の証言を丸ごと信じるわけにはいかないが、信用できないと言えば大司教様の言葉だってそうだ。神官殺しの贖罪のために勇者をさせるって一体どういうことだ? 当然のように言っていたが、全く筋が通っていない。
急にこんな街へ拉致されれば逃げたくなるのも当然だ。しかもよりによってこの街で勇者をするなんて……死刑になった方がマシかもしれない……
とはいえ、大司教様の命令に逆らえないのは俺だって同じだ。うちで一から十まで面倒見るわけにもいかないし。
「まぁ……とりあえず身を守るためにも装備一式を揃えなさい。市場を探せば安いものもあります」
「分かりました」
少女も己の置かれた状況をなんとなく理解はできているのだろう。諦めたように視線を落とし、そしてこちらに手を差し出す。
「お金ください」
「……は? なんでですか。嫌ですよ」
「え?」
目隠ししていても分かるキョトン顔でリリスは首を傾げる。
断られることを一切想定していなかったかのような反応。
彼女にしてみれば教会側が無理矢理この街に連れて来たんだから初期装備をそろえるくらいの金は出して当然ということなのかもしれない。
しかしそんなの知ったことではない! なんで俺が金まで出さなきゃならんのだ。なんならこっちが特別手当をいただきたいくらいだよ。甘いこと言ってんじゃねぇぞ。社会に出たばかりの初心者勇者ちゃんに社会人の厳しさを教えてやるところからはじめないといけないようだなァ……?
「あぁ」
俺が社会の厳しさを教えてやろうと腕を回し肩の骨を鳴らしていると、リリスが合点が言ったように手を叩いた。
そして目隠しをずらし、輝く赤い瞳でこちらを見上げる。手を差し出して言った。
「お金ください」
俺は懐に手を入れながら微笑んだ。
「よろこんで」
瞬間、なにかが俺の目を覆った。
はっ。俺は一体何を。
気が付くと俺は教会の冷たい床で一人横たわっていた。おぼろげな記憶を辿り、頭を抱える。
またやられた! もっと警戒しておくべきだった。くそっ、これが催眠強盗か……!
……ん?
懐にちゃんと財布が入っている。
俺はふと足元を見る。パステルカラーのリボンがかかった白い箱。
まさか。
俺は箱の側面を恐る恐るノックする。中からくぐもった声が聞こえた。
「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」
振出しに戻った。
*****
本日二回目の高難易度蘇生に疲労感を隠すことができない。
俺は唸るような声を口の端から漏らす。
「あの状態から蘇生するの結構大変なんですよ」
「ひっ、ひいっ……」
「もう二度と魔眼を人間に使わないでください」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
腕で頭をかばうようにし、体を丸めてガタガタと震えるリリス。
クソが。また手が血塗れになった。俺が手を軽く上げると、リリスがビクリとひと際大きく震える。
まぁ短期間に二度も箱にされたんだから怯えるのは分かるけど、なんで俺をそんなに怖がるんだ。こっちはお前を蘇生させてやったんだぞ。普通に感謝してほしいわ。
リリスが薄目でこちらを見上げる。
「わわ、分かってます……あなたには私と同じ力があるんですよね」
は? 急になんの話?
俺は首を傾げて尋ねる。
「同じ力ってなんですか」
「と、とぼけないでください」
俺が目を合わせようとすると、リリスは逃げるように顔をそむける。
声を震わせながら、しかしハッキリとした口調で言った。
「だっておかしいです。あなたがあんなにモテるなんて……」
は?
「女の人が群がるほど物凄く容姿が良いというほどでもないし、お金を持っているという感じもしないし、じゃあなにか一目では分からないカッコいい一面があるのかと思ったら“俺が絶対に君を守る”とか言いながら笑っちゃうくらい弱いし、どう考えても魔眼を使っているとしか思えません」
こちらをチラリと見て、リリスは呟く。
「……凄く濁った魔眼ですね」
ははは、なるほど。面白い事を言うな。よし、そこに直れ。ぶち殺してやる。
俺は湧き上がる殺意を強靭な精神力でなんとか抑え込んだ。
なぜこんなハチャメチャなディスりをされなくちゃならないんだ。しかもコイツ馬鹿にしてるんじゃなくてマジで言ってやがる……
俺は苛立ち紛れの脅しに上司の名を使うことにした。
「そんな変な能力は持っていないし、次におかしなことしたら本当に大司教様呼びますからね」
言い終わらないうちに、リリスは弾かれたように俺の脚に縋りついて半狂乱で首を振った。
「それだけは! それだけはやめてください!」
なんだこの怯えようは。異常だぞ。
一体なにをされたんだ? 尋ねようとするが、先を越された。リリスがこちらを見上げて言う。
「あの人はなんなんですか?」
そんなのは俺が聞きたい。
答えられずにいると、リリスが言い訳を並べるように言う。
「こ、殺す気はなかったんです。本当に。でも魔眼が効かなくて……慌てて……刺してしまって……死んだと思ったのに、心臓が止まったのに……」
その言葉にピンときた。
「神官殺しって、まさか――大司教様を?」
リリスはガタガタ震えながら俯く。
彼女の身体能力には確かに人間離れしたものがあるが、勇者でもない小娘に大司教様を殺す力があるとは到底思えない。
もしかして、リリスを神官殺しの罪で縛るためにわざと刺させた……?
な、なんなんだよ。あの人、不死身なのか?
いや、そんなのはあり得ない。なんらかのトリックを使ったか、あるいは――本当は勇者とか?
勇者の加護を授かった者には身体能力の向上、魔力量の増加及び死んでも蘇生ができるといった戦場での活躍に特化した力が与えられる。
神官の加護を授かった者には蘇生・解呪・解毒といった勇者を支えるスキルの向上、及び教会内における無限の魔力供給など教会内でのサポートに特化した力が与えられる。
これら二つの加護を同時に受けることはできない。ちっぽけな人間の器では女神の加護を二つも受け入れられないのだ。
例えば今俺が勇者の加護を授かるべく洗礼を受ければ、神官の加護は消えて勇者の加護が上書きされる形になる。
もちろん俺がそんなことをしたら仕事にならなくなるが、大司教様は蘇生だの解呪だの下々の仕事はやらないはず。あり得るか? 俺は答え合わせをすべくリリスに尋ねる。
「大司教様は死後、誰かに蘇生されたのでは?」
しかしリリスは激しく首を横に振った。
「ナイフが突き刺さった状態で、脈がないのを確認したその瞬間に起き上がりました」
……じゃあ勇者じゃないな。“バケモノ”以外に形容する言葉が浮かばない。
大司教様の謎はますます深まってもう底が見えない。見えないなら目を凝らしても無駄だな。
俺は大司教様の謎からひとまず目をそらし、目下の問題に取り組むことにした。
「じゃあ今回と前回のぶんの蘇生費はツケにしておきますから。さっさと金を稼いで耳揃えて返してくださいね」
「えっ、急にお金の話ですか」
「はい」
俺は堂々と頷いた。これは正当な請求なのだから当然だ。労働には正当な対価が支払われなくてはならない。
おっと、またしても労働の種が降ってきたぞ。勇者の死体だ。
チッ、次から次へと。
忌々しく思っているとリリスが動いた。
転がった死体に臆することなく近付いていき、血塗れのそれに手を伸ばす。おいおい、なにやってんだよ。呆然としていると、彼女は血塗れのコインを差し出しながら振り返った。
「ハイ」
……「ハイ」じゃねぇよ。
「なにやってるんですか!」
「え?」
リリスがキョトンとして首を傾げる。
そして転がった死体を一瞥して言う。
「財布が降って来たので」
コイツは一体どんな生活をしてきたんだ。
これは教育が必要だぞ……
千里の道も一歩から。俺は彼女に最初の教えを授けた。
「まずは人を財布と呼ぶのをやめるところからはじめましょう」