両の足で床を踏みしめ、晴れやかな表情で空を見上げる。
両腕を広げて風をその身に受ける。金色の髪を靡かせながら声を弾ませる。
「神の作られた世界はこんなにも輝いていたんですね。目が覚めたみたいです!」
目覚めたカタリナだったが、どうやらパーティメンバーは急激な変化についていけてないらしい。
オリヴィエが俺に詰め寄る。
「どうしてくれるんですか!? カタリナがおかしくなっちゃったじゃないですか!」
「でもほら、元気になりましたし」
「これを“元気”の範疇に入れたらダメでしょう!?」
まぁね。
でも緊急事態だし。
今はカタリナのメンタルを気にしている暇がない。
「予定外だ」
スペースに余裕のできた馬車の中を見回し、アイギスがため息を吐く。
「先ほどの戦いで当初の予定よりだいぶ人数が減ってしまった。カタリナの魔法には期待している」
「任せてください。異教徒をぶっ殺しましょう~!」
「ああ。その意気だ」
アイギスは鷹揚に頷く。
カタリナの異変をまったく気にしていない。あるいは気付いていないのかもしれない。
だがアイギスの言う通り。
この人数の減少を補うにはカタリナの魔法が必要不可欠。落ち込んでいて魔法が使えないよりは多少おかしくても今のカタリナの方がマシだ。
「神官さぁ~ん」
おや。カタリナが駆け寄って来た。
輝く丸い目でこちらを覗き込む。
「あなたは神を信じますか?」
あ? 誰に物言ってんだ?
「当たり前でしょう。神官ですから」
「本当にそうでしょうか? 信仰心が十分だと胸を張って言えますか? 私は今、神の気配を感じていますよ。神官さんはどうですか?」
なんだコイツ絡みづれぇな……
「あぁ、神が言っています! “異教の神もこの戦いを見ている。負けることは許しません”と」
俺はめちゃくちゃ動揺した。
なんだこれ。洗脳でおかしくなっただけじゃないのか? まさか、マジの神託か?
――いや、どちらでも構わない。
女神がこの戦いに注目していることは間違いないのだ。
「じゃあ伝えて下さい。この戦いに勝ったら賞与をもらうと」
勝って当然だの、負けたら人類を見限るだの。
女神を自称するロリのヤツ、負けた時の事ばっかり言いやがって。
一体何年人間を見てきたんだ。創造主なのに知らないのか? 鞭だけじゃ人は頑張れない。
魔王軍を退け、大司教様は永遠の命すら手にした。
俺がご褒美を要求できない理由はない。
「――神は言っています」
カタリナが神託者気取りで言葉を続ける。
しかし俺が神の言葉を受け取ることはできなかった。
白い手がカタリナに迫っていた。
「元気になって良かった」
リエールの囁くような言葉。
白い手がカタリナの肩にそっと置かれる。
決して乱暴な手付きではない。しかしカタリナが体を硬直させるには十分だった。今までの経験が生んだ条件反射のようなものなのかもしれない。
リエールが耳元に赤い唇を寄せてなにやら囁く。俺にその内容は分からなかったが、カタリナは目に見えて震えはじめた。
「ち、違うよ。今のは私の言葉じゃなくてお告げが」
「可哀想に。こんなに震えて。あの女に変なもの流し込まれたせいだね」
リエールが心底気の毒そうに言う。
言葉とは裏腹に、取り出したのはハサミだった。
「殺せば元に戻るかな?」
だから、いつもの感覚で殺すなって言ってるだろ!
カタリナが助けを求める視線をこちらに向けてくる。そんな顔されても困る。
とはいえ今は非常時だ。やはり止めるべきだろうか。
「あの――」
しかし俺が止めるまでもなくカタリナの頭が弾けた。
脚が動かなかった。
パステルカラーが視界を埋める。押し倒される。見開かれた瞳が俺を捉える。
吐息を感じる距離に迫ったリエールが唇を三日月形に歪める。
「やっぱり私が一番ユリウスの役に立つでしょう?」
その頭上を矢が掠めていく。
あぁ、気が重い。このまま気を失ってしまえたらどんなに楽か。
しかしそうもいかないので、俺は周囲を気にしながら体を起こす。
見たくもない光景が視界に入った。
前方に魔物の軍勢が見える。追いついたのだ、魔王軍本隊に。
しかし、これは。
「予定外だ」
前方どころか四方に見える魔物の軍勢を見回し、アイギスがため息を吐く。
「当初の予定よりだいぶ敵の数が多い」
のんびり言っている場合じゃない。囲まれている。
しかし勇者共は落ち着いたものだ。
「仕方ない。やるしかないですね」
得物を手にそれぞれ立ち上がる。
さすがは最高峰の勇者が集うフェーゲフォイアーの精鋭たち。
負ける事などみじんも考えていないような晴れやかな顔。
剣を肩に担ぎ、こちらを振り返り笑う。
「ま、ちょっくら“世界”救ってきますわ」
勇者たちが馬車の粗末な床を蹴り、高く跳ぶ。
神の祝福を表すような快晴の空。白銀の刃が太陽に輝き、青い空を背景に血飛沫が飛び散る。
馬車を飛び出した勇者共が降り注ぐ矢に貫かれて死んだ。
「神官さん、棺桶ここで良いですか?」
何事もなかったかのように死にたてほやほやの棺桶が馬車に運び込まれる。
あぁ、そうか。こいつら自信があるわけでも負ける気がしないわけでもない。
心底死んでも良いと思ってんだ。
「じゃあ蘇生はお願いしますね」
明るく言いながら勇者共が馬車を飛び出して行く。
信頼されていると喜ぶべきか、大量の仕事をぶん投げる気満々であることを憤るべきか。
よし、憤ろう。
俺は物言わぬ勇者の死体の横っ面をぶん殴った。
「簡単に死ぬな、殺すぞ!」