かつてなく激しい戦いだ。
なにが激しいって死と蘇生のサイクルが激しい。
「蘇生場所と戦線が近いとテンションが下がらなくて良いですね。楽しくなってきました」
は? なに楽しくなってんだ?
やっぱり勇者なんてロクなヤツがいないな。
この状況を楽しんでいるなんて人間性を疑うね。
戦場は悲惨そのものだ。いまだかつてこんなに平和を渇望したことはない。なぜ世界から争いはなくならないのか。魔物たちが武器ではなく花を手にしていたら良かったのに。そうしたらもっと簡単に魔物を殲滅できるのに。
しかしそう簡単に平和は手にできない。
魔物共が手にしているのは武器だし、ここは戦場の真ん中。ガンガン矢が降ってきている。
俺が降り注ぐ矢によってハリネズミフォルムにならずに済んでいるのは馬車を覆うように展開された魔法陣のお陰だ。
だからと言ってまったく安心はできない。
魔法陣の隙間から入り込んだ矢が足元に突き刺さり、俺はたまらず悲鳴を上げる。
「なにやってるんですかァ!」
「ひえっ! すみません」
最悪だ。
俺の命綱がよりによってカタリナだなんて。
しかもさっき頭が破裂したお陰で早くもメルンの洗脳が解けた。話はしやすくなったが
「私には荷が重いですぅ」
なんて抜かしやがる。
「やっぱりアイギスさんを呼んできましょうか。そっちの方が神官さんも安心なのでは」
「この期に及んでなにを言ってるんですか?」
こんな場所までわざわざ出向いたのは魔王軍を殲滅させるためだ。
最高戦力であるアイギスを防御に使うわけにはいかない。
「まぁ、貴方が魔物をガンガン倒してくれるなら他の勇者と盾役を代わってもらっても構いませんが」
それは無理だろう。
続く言葉を飲み込んで、俺はチラリと顔を上げる。
蘇生に忙しいが口はなんとか動かせる。カタリナも同じだ。
「私、死ぬのが怖いんです」
「いや……なにを今更……」
「違うんです。今までは私の失敗で私やパーティの誰かが死んでも神官さんが蘇生させてくれました。でも今回は――」
杖に力を込めながらカタリナが俯いた。
展開された魔法陣が矢を弾く硬質な音が響いている。
「もしも私が死んで、次に目が覚めたとき世界が終わっていたら。取り返しのつかない犠牲が出ていたら。そう思うと怖くて立っていられないくらいなんです」
勇者が死ぬことで課せられるペナルティはほぼないと言って良い。
文字通り致命的な失敗を犯しても、蘇生すれば元通り。手持ちがなければ蘇生費すらツケにできる。
でも今回はそうじゃない。俺たちは今、失えば二度とは戻らない大事なものを背に戦っている。
その実感がない勇者も多いようだが……カタリナの場合は持っている杖がなまじ強力なのが良くなかった。
「優秀な魔導師が杖を使っていればもっと簡単に世界を救えたかもしれない。どうして私なんかがこんな凄い杖を持っているんだろうって、そう思います」
なるほど。確かにその通りだ。
俺は頷いた。
「替えの利かない人間などいません。世界中探せばもっとその杖を使いこなせる人がいるかもしれない」
俺だってそうだ。
世界中くまなく探せばもっと蘇生の上手いヤツがいないとも限らない。あるいはなんか凄い御神木の葉とか、不死鳥の尾だとか、元気の塊だとか、そういう蘇生アイテムもあるのかもしれない。そんなのがもしあったなら。俺は役目を押し付けてさっさと安全な場所へ逃げることができるのに。
あったら良いのにな……今すぐ逃げ出したい……
カタリナも多分同じ気持ちなのだろう。だからこれは、自分に向けた言葉でもある。
「でもここには貴方しかいない。代わりがいるなら連れてきてもらっても構いませんけどね!」
俺はヤケクソになって叫んだ。
そうこうしているうちにも馬車から蘇生を終えた勇者が飛び出して行く。歓声とも奇声ともつかない声を上げながら。
「蘇生された時、世界が終わっていたらどうしようって? そんなに悠長に死ねると思わないでください。そんな暇は与えません」
カタリナが目を見開き、そして苦笑した。
「相変わらずこき使いますね」
「勇者として当然の務めでは?」
連日のオーバーワークのお陰か。こんな劣悪な環境でも俺の蘇生速度はそれなりの値をキープしている。
少しずつだが、魔物は順調にその数を減らしているように見えた。
こちら側も少なからずダメージを受けている。しかし勇者たちは俺がいる限り不死身だ。何度でも立ち上がる。圧倒的にこちらが有利だ。
イケる。この状態ならきっと、遠くないうちに勝てる。
――なんて思ってしまったのが良くなかったのかもしれない。
「し、神官さん……これは……」
カタリナが引き攣った声を上げる。
「私にしか見えてないヤツですよね。さっき頭破裂したから……幻覚ですよね……?」
そうだったらどれだけ良いか。
しかし残念ながらその光景は俺にもしっかりと見えた。
遠くから影が見える。魔物だ。こちらに向かってわらわらと集まってくる。
フェーゲフォイアー方面から魔王軍の援軍が来たのか? ……いいや、違う。
多分、この辺りに住んでいる在来の魔物だ。
嫌な予感がする。まさか。
「仲間を呼んでいる……」