「血聖騎士団所属、フェイル・ナイトレイだ。一応教会に挨拶をと思ったのだが……」
来ちゃった……ルッツの話と違うじゃん……思ったより早いよ……。
傷一つない白銀の甲冑を纏った、赤髪の精悍な若者。THE・騎士って感じだ。
派遣されてきたのは彼一人であるらしい。多分俺より少し若いな。それほど偉い人間ではなさそう……いや、待て。
ナイトレイという姓には覚えがある。祭典でしか見たことはないが、確か騎士団長がそんな名前の赤髪の男だった。だとするとこの青年、団長の血縁者では? 年齢的に息子という可能性もなくはない。
会社だろうが騎士団だろうが教会だろうが、コネがモノを言う世界である。
こいつとのコネクションを作ることは俺のこれからの人生にとって決してマイナスにはなるまい。
上手く取り入れば本部勤務にしてもらえるかも……
しかし早速問題発生だ。
オリヴィエとカタリナに神罰を下している場面を見られた。
俺は勇者の恐ろしさと自分のか弱さと正当防衛であることを噛んで含めるように説明したが、フェイルと俺との距離は依然として遠い。さっきから俺と目を合わせようとしない。
しかし挽回の手はある。
俺は手を揉みながら腰を二段階くらい低くする。
「これはこれは、王都からはるばるご苦労様でゲス」
「ゲス?」
「長旅でお疲れでしょう。ささ、こちらへ。大したものはありませんが、お茶とお菓子でも……」
「必要ない。さっさと用件を済ませる」
フェイルはそう言って足早に血に塗れた教会を出る。取り付く島もないって感じだ。
全く、騎士ってのはどいつもこいつも堅物だな。
ヤツの“用件”、それは勇者たちの内部抗争を止めさせること。つまり俺は関係なかったというわけだ。ルッツめ、適当なこと言いやがって。でも良かったぁ。
俺はヤツの後を律儀に着いていく。するとフェイルは迷惑そうな顔を俺に向けた。
「案内も必要ない。というか、顔くらい洗ってきたらどうだ。血塗れだぞ」
「そう言わず。拷問魔のヒントになる話をお聞かせできるかもしれません。この辺りの勇者の蘇生はすべて私がやっていますから」
「そんなものに興味はない。俺は勇者の同士討ちを止めさせるためにきたのだ」
……そりゃ分かってるが、同士討ちしてる原因を解決しなくちゃ根本的な解決にはならないのでは?
しかし俺はそれを口に出すことはしないでおいた。
何故なら、俺はヤツに気に入られなければならないからだ。
騎士団長のご子息のことだ、さぞかし素晴らしいアイデアがあるのだろう……しらんけど。
「しかし、酷いな……」
フェイルは街を見回して眉をひそめる。
俺も同調した。
「そうなんですよ。秘密警察のせいで人が少なくなっちゃって、酒場なんか閑古鳥が鳴いてる有様です。マスターも嘆いてますよ」
「……この状況を見て、貴様は酒場の経営の心配をするのか?」
あれれ? なんかミスったな。
俺はフェイルの視線を辿る。そこにあるのはなんの変哲もない血溜まりだ。
なに? 街が汚れてんぞって言いたいわけ?
小姑みてぇなこと言いやがって〜。俺だって教会の清掃で手一杯なんだよ。死体の山の処理だってできてないのに、これ以上俺にどうしろってんだ。
「勇者が街中で堂々と殺されるのを許すことはできない。必ずヤツの横暴を止める」
あっ、そういうことね。
へへっ、死にすぎて感覚麻痺してたぜ。
「神官さーん!」
む? 俺を呼ぶ幼気な声。
ルビベルだ。
「こんな街にも子供はいるのか」
フェイルの表情がやや和らぐ。子供は嫌いじゃないようだ。
来た、チャンス……! 子供に人気の神官さんをまざまざと見せつけてやろうじゃないの。
という俺の下心は、鼻を突く“事件の匂い”にかき消された。
俺はルビベルの手を握った男を見る。
人を見た目で判断するな、なんていう話がある。しかし内面というのは目に見えない。相手が敵になりうる人間かどうか、一瞬で見破るためには外見から内面を判断する必要がある。
さて、外見から判断するに――
「デュフッ、デュフッ。ルビベルたん、寄り道してる暇は……」
黒も黒。完全なる黒。漆黒だ。
「どなたです? ルビベルとどういったご関係で? グラムは?」
「え、えっと、その」
俺の矢継ぎ早の質問に男がもごもごと口ごもる。
ルビベルを連れたグラムも犯罪臭がする。ヤツはチンピラだからな。だが、この男はまた別ベクトルの犯罪臭だ。
グラムが幼女を売るタイプの犯罪者だとすると、この男は幼女を買うタイプの犯罪者だ。
口下手な男に代わり、ルビベルが口を開いた。
「あのね、お兄ちゃんにプレゼントを買うの。あっ、お兄ちゃんには秘密だよ」
「な、なるほど……で、この人は?」
「一人だと危ないからって、一緒に付いてきてくれたの」
「……知らない人ですか?」
「知らない人じゃないよ。もうお友達だよ。ね?」
ルビベルの笑顔に、男がデュフデュフと鳴く。
子供って誰とでもすぐ友達になるからなぁ……
ってほのぼのしてる場合じゃねぇ。一人で出歩くのも危ないけどソイツと一緒にいる方が危ないから!
相手は多分勇者だ。真正面からぶつかっても俺では勝てない。
俺は騎士様に目配せする。彼ならば――
「良い子だぁ……」
なにィーッ!?
フェイルが和んでいるッ! なぜだ……このご時世にこの光景を見て、どうして和むことができる!?
完全に事案じゃないか! なんだ、敵を油断させるための演技なのか?
俺はフェイルに耳打ちをする。
「ぜ、絶対怪しいですよね? グラムの……保護者の元に返してあげないと」
しかし俺に向けるフェイルの目つきは険しい。
「無粋な男だな。兄にプレゼントを買うと言っているじゃないか。放っておいてやれ」
ええ……
俺は唖然とした。なんなんだコイツ。目の前で事案が発生しているのに、どうしてそんな平然としている?
腹案があるわけではなさそうだ。心の底からそう思っているといった風に見える。
素直ということなのか? 性善説支持者。悪意への免疫を持っていない。
そんなヤツがいるのか? 子供ならともかく立派な騎士が、こんな……
「お兄ちゃんたちも一緒に行こうよ!」
ルビベルが満面の笑みで言う。
男は明らかに困惑している。俺らについてこられると困るって顔に書いてある。
もちろんついていきたい。ルビベルが心配だ。
しかし……騎士様の案内をすっぽかすわけには……
「行こう」
なっ……
フェイルがルビベルに笑いかけている。
俺は恐る恐る尋ねた。
「えっ。仕事いいんですか?」
「子供と女性には優しくが我がナイトレイ家の男のモットー。子供かつ女性であればなおさらだ」
フェイルの笑顔には一点の曇りもない。
ああ、彼の胸にあるのはきっと下心のない純粋な好意なのだ。
なんなん? こいつのキャラ難しいよぉ……
だがまぁ、好都合ではある。
「ではルビベルの買い物をしながら視察も進めるということで」
「貴様は来るな」
無視した。
そういう訳で、俺は謎メンバーを引き連れて市場を探索する。
「活気があるな」
市場を眺めて、騎士様は切れ長の目を意外そうに見開く。
ルビベルは得意げに胸を張った。
「ふふん。ここの市場は凄いんだよ。なんでも売ってるんだから。ほら、見て」
ルビベルが指差すのは例の服屋。籠に放り込まれた大量の服が並んでいるのはこの前来た時と同じだが、今日は鎧なんかも置いてある。
フェイルはそれを手に取るや否や驚愕の声を上げる。
「か、軽い……! しかもこのくすみ。なかなか渋いじゃないか。おい店主、一体これはなんの素材でできているのだ?」
今纏っている鎧に比べ明らかに見劣りする鎧に大興奮のフェイルさん。
既視感あるなぁ。ルビベルのときと同じだよ。
分かったぞ。フェイルはお坊ちゃまなのだ。
善意の中で大事に大事に、上質な物だけを与えられて純粋培養されたのがこの男なのだ。
だから悪意というものに対する嗅覚が鈍く、粗悪品をそうと見抜く力に乏しい。
……コイツ詐欺師とかカルト宗教とかにハマりそう。大丈夫かよ。
「値段は?」
店主はフェイルの身なりを舐めるように眺め、そしてニコッと笑う。
「金貨十五枚でいかがでしょう」
ほーらぼったくられてる。
だが普段着ている鎧の値段から考えれば格安だったのか。フェイルは目を輝かせながら俺に荷物を押し付ける。
「おい、少し試着をさせてくれ」
おいおい、本当に買う気かよ。
でも俺が止めたところで聞かなそうだしな。騎士様が買うってんなら止めないでおくか。
ん?
俺は辺りを見回す。……いない。血の気が引いていくのを感じる。
ルビベルがいない!
くそっ、また撒かれた!
「騎士様、すみませんがルビベルを探しに――」
しかし俺の声はすぐそばで上がった悲鳴に掻き消された。
人の行き交う市場の真ん中で堂々と凶行が繰り広げられている。
「魔物の手先めッ! 成敗!!」
飛び散る血飛沫。
静まり返った市場にゴトン、と首が落ちる生々しい音が響く。
くそ、こんな時に。俺は苦々しい思いに思わず顔を顰める。
血の付いた頬を歪め、アイギスが星を手に笑みを浮かべていた。
俺は横目でフェイルの表情を盗み見る。
ヤツは茫然としていた。当然だ。ちょっとした血溜まり程度に嘆いている男が、こんな凶行を目にしたらどうなってしまうのか。
フェイルの口から、ポロリと言葉が漏れる。
「姉……様……」