新米勇者たちはチュートリアルへ出かけ、うちの教会の地下室で寝泊まりしていたルッツもようやく宿屋のババアの紹介してくれた物件へ引っ越しすることとなった。
とはいってもヤツの荷物などそう多くはないし、引っ越しはすぐに終わったようだ。
「宿ってここかよ」
俺はルッツの新居を見上げる。
街一番の老舗宿屋――ババアの店の屋根裏部屋がヤツの新たな城である。
まぁ家賃はタダみたいなもんだし、運が良ければ食事にもありつけるそうだ。ババア優しすぎて逆に恐怖すら感じるな。ルッツ、ババアに食われちゃうんじゃねぇの?
まぁ良いや。帰るか。
自分の血生臭ぇ城に戻るべく踵を返す。
む? 視界に飛び込む非行少女の姿。
リリーだ。なにやら勇者に話しかけ、あっさりと袖にされている。
拳骨くらったばかりだってのにまーた懲りずに悪巧みか。見回り神官さん、未成年の非行は放っておけませんね。
「くそっ……どいつもこいつも……」
「浮かない顔ですね、リリー」
俺は神官スマイルを携えてリリーの顔を覗き込む。
彼女はハッとした表情を浮かべるが、すぐに俺から視線をそらした。
「なんだよ。話しかけんな」
「そうはいきませんね。勇者たちの間で噂になってますよ。私に持ち掛けてきたシーフの件、他の勇者たちに話して回ってるらしいじゃないですか。ダメですよそんな事しちゃ」
「神官さんには関係ないだろ」
不機嫌そうに口を尖らせるリリー。
子供っぽい生意気な反応だ。どうせシーフ探しも大した計画なくやってるんだろう。だいたい泥棒なんてこっそりやらなきゃ意味がない。これだけ噂が広まってしまえば、脳みそのある勇者ならリリーの話にのるヤツはいるまい。むしろ変な大人が寄ってきかねない方が心配だ。この世界にはドマゾロリコン紳士すら存在するらしいからな。人の性癖は千差万別だ。
……と、子供に話す訳にもいかないので。
「なぜこんなことをしようとしているんですか? 何か事情があるんでしょう」
「……だから、関係ないって言ってんじゃん」
リリーの声のトーンが落ちる。
俺はさらに食い下がった。
「店番サボってることお祖母様に言いつけますよ」
するとリリーは怯えた表情になり、子鹿のように震えだす。こちらの良心が痛むようなリアクションだ。
恐怖心からか、リリーは急に饒舌になった。
「もう飽き飽きなんだよ。ここでの生活。商店街の人たちは優しいけどさ、なんていうか……知り合いばっかで、監視されてるみたいで窮屈なんだ。こんな田舎で一生終わるなんてゾッとする。アタシ、王都に行きたい」
ほう。なんか急に青少年っぽい青臭さがするな。俺の血の匂いに慣れてしまった鼻がビックリしてるぜ。
「まさか王都に行くために泥棒して金を稼ごうと?」
「悪いかよ」
うーん、やっぱアホだなぁ。
「お祖母様はなんと言っているんですか」
「……王都で何をしたいのか考えてから言えって。ちゃんと返せる計画がなきゃ金は出せないって」
うんうん、きちんとした大人の対応ですね。
そのきちんとした大人の孫が盗みで王都生活の資金を獲得しようとしてるのか……悲しいな……
「あなたがするべきなのはお祖母様に安心して送り出してもらえるような計画を立てることでしょう。盗みの計画なんてとんでもない」
「アタシは色んな可能性を見たいんだ。こんな小さな街じゃ何も見えない。何をしたいかなんて王都に行かなきゃ分かんないよ!」
「そんな事はないですよ。この街はあちこちから勇者が集まっています。勇者にだって前職がある人もいますし、王都から来た人だって少なくないと思いますよ。せっかく宿屋の孫娘なんですから、宿泊客からでも聞いてみたら良いじゃないですか。行くならある程度の計画性を持って、みんなに応援されながら行きなさい」
「…………」
リリーは口を尖らせながらも頷く。
おお、青少年の進路相談。初めて街の神官さんっぽいことしたぜ。やればできるじゃん俺。
しかし迷える青少年の元に集まってくるのは俺のような清廉な大人だけとは限らない。
「勇者に、なれば良いじゃん」
忍び寄る悪い大人の影。
げっ、ルッツ!
「なれば良いじゃん、勇者に」
「倒置法を使うな!」
ルッツはリリーに纏わりつくようにして甘言を吹き込んでいく。
「勇者なら金だって稼げるよ。身一つで始められるよ。行きたい場所に行ってつるみたいやつとつるんでパーティ組めるよ。やる気があれば一攫千金も可能。失敗するんじゃないかって不安だよね。でも大丈夫、死んでも我々神官がバッチリサポート。蘇生制度完備。さぁ、我々とともに自由を掴もう」
コイツ……!
はっ。リリーの目がキラキラ輝いている。
クソッ、耳を貸しちゃダメだ。コイツは悪いタイプの大人なんだ!
簡単に金を稼げるとか自由がどうとか言うヤツにロクな人間はいない。
だが俺の願いも虚しく、トントン拍子で勇者職場見学が決まってしまった。
セッティングは何故か当然のように俺の担当だ。
「そんな顔すんなよユリウス。だってこの娘の婆ちゃん元勇者なんでしょ? なら大丈夫だよ、才能あるよ」
「無責任なこと言って。まだ子供だぞ」
「お前と仲良いあの子、オリヴィエ君だっけ。あの子とそんな年変わらないじゃん」
「天才少年といっしょにするな。リリーは剣だってまともに握ったことないのに」
「まぁ進路はいろいろ迷うとこがあるだろうけどさ、色んな職業を知っておくのは悪いことじゃないでしょ? ね?」
ルッツがそう言って無知な少女に笑いかける。
クソッ、悪徳スカウトマンめ〜。俺はヤツの横腹に肘打ちをブチ込む。
「だいたいここは勇者の街なんだよ。周り勇者だらけなのにスカウトもクソもないだろ。もっと別の街行けよ」
「冷たいこと言うなよ〜友達だろ〜? 縁もゆかりも友達もいない街に一人で行くのヤなんだよ〜」
なに甘っちょろいこと言ってんだ。こっちは一人でハードワークこなしてるってのに、教会本部は一体なにをしているんだ。
はっ、いかんいかん。子供に大人の負の感情を見せてはならない。
子供に人気の神官さんでいなければ……
「見学ですか。もちろん構いませんよ。他ならぬ神官さんの頼みですから」
アイギスは快く俺の申し出を受け入れ、職場見学に応じてくれた。
さすがに冒険に子供がついていくのは危険だから職場見学と言っても話を聞くだけになるが、十分だろう。
俺はアイギスに頭下げる。
「ありがとうございます。で……この方々は?」
俺はアイギスを取り囲む黒衣の集団を見る。黒いフードを被り、顔は謎の仮面で覆っている。完全に怪しい集団だ。
だがアイギスは何でもないことのようにサラリと言う。
「ああ、秘密警察の制服を新調したんですよ。今後潜入捜査も求められてくるかもしれません。姿を晒さないほうが何かと都合よいかと。揃いの制服は士気も高まりますしね」
いやさぁ、お前らの士気は高まるかもしれないけどさぁ。
ちっとは周囲の目を考えろよな。ただでさえお前らこの街の勇者の首刎ねまくったんだからよ。その上にそのカッコって、もはや悪の組織じゃん。こんなの見せたら……
「カッコイイ……」
リリーが怪しい集団をキラキラした瞳で見つめる。
おやおや、リリーさん中二病ですか。
そんなリリーさんにアイギスが微笑みかける。
「着てみるか?」
「良いの!?」
あー……
少女から見れば、アイギスはカッコイイ大人そのものだ。甲冑と凛とした雰囲気を纏い、部下を従える女性というのはリリーに憧れを抱かせるのに十分。そして子供というのは影響を受けやすい。
アイギスさんに色々教えられ、リリーはすっかりその気になってしまったようだ。秘密警察の衣装も貰い、ご満悦のリリーさん。
このままじゃ本当に勇者になるとか言いかねないし、ルッツは無知な少女を本当に勇者にさせてしまいかねない。
困ったなぁ。どうにかして彼女の目を覚まさせないと。
ルッツとリリーを連れて教会へ戻ると、初出撃を終えたらしいグラムパーティが俺たちを出迎えた。見たところ、誰も棺桶には収まっていない。無事に帰ってこられたようだ。
「もう帰ってきたのですか。初出撃はどうだったんです?」
だが、グラムはため息を吐いてフェイルを指差した。
「……ダメだ、コイツ勇者に向いてない。さすが元騎士様だ。筋は良い。矢なんて百発百中だった。ただな、やっぱりメンタルが弱い」
「動揺してルビベルに矢を当てたくらいですからねぇ。でもそれは経験をつめば何とかなるでしょう」
「そうだな。百回も死ねばメンタルも強くなるってもんだ。戦いに関しては文句ねぇよ」
「なら何が問題なんです?」
「コイツ飯にうるせぇんだよ! 戦いは良いとしても、野営に向いてねぇ」
ああ……なるほど。コイツ坊ちゃんだものなぁ。
勇者は少ない人数で戦いながら移動せざるを得ないため、食料などは現地調達が基本だ。騎士には考えられないようなモノを食わなきゃならない時もあるだろう。
見ると、フェイルは子供のように膝を抱えて膨れている。
「コース料理を出せとは言わないさ。でも、あんな得体のしれない魔物の肉など口にできるわけないだろ。毒でも入っていたらどうする」
「そんときゃそん時だろ。食べなきゃどうせ死ぬんだからよ。ルビベルだって食ってんだぞ」
「おや、ルビベルは好き嫌いないんですか?」
尋ねると、ルビベルは胸を張って答える。
「ピーマンは嫌いだけど、お肉なら何でも食べられるよ。フェイルくんも食べなきゃダメだよ」
なんだよ、ルビベルのがお姉さんポジションにいるじゃねぇか。
しかし食事というのは大切だ。今回は近場のダンジョンだから良かったが、食わなきゃ力も出ない。餓死などは論外だ。
これはショック療法が必要だな。
と言う訳で、俺は新人勇者特別訓練延長戦に取り掛かることにした。
「まぁ、とりあえず食事にしましょう。まずは初出撃からの帰還、おめでとうございます」
俺はテーブルの上に良い香りの立ち上るスープを並べていく。
席についたフェイルは皿を見下ろして顔を綻ばせた。
「そうそう、最低でもこれくらいのクオリティは出してくれないと」
フェイルは手を組み、神への感謝を口にしてスプーンを取る。
それを横目に、苦々しい顔をしながらグラムもスプーンを手に取った。
「クソが……俺はシェフじゃねぇよ」
だが一口スープを含むと、しかめっ面のチンピラ勇者も顔を綻ばせた。
一方、ルビベルはスープに手を出そうとしない。
「ねぇねぇルビベルちゃん。飲まないの?」
ルビベルがコクリと頷くと、ルッツがニンマリ笑ってスープに手を伸ばす。
「じゃあ俺が」
俺はアホの手を叩き落とした。
「なに子供の食事取ろうとしてるんだ」
「だってよぉ……お前も気が利かないヤツだよな。俺らの分も用意しろよ」
「無理に決まってんだろ。死にてぇのか」
「……え?」
首を傾げるルッツを横目に、俺はシェフに声をかける。
奥から出てきたエプロン姿のカタリナが、照れたように頭をかきながら三人の前に姿を現した。
「へへへ。お気に召したようでなによりです〜」
「ゲッ……死にたがりじゃねぇか」
グラムが顔を顰め、スプーンを持つ手を止める。
「まさか……これお前が作ったのか」
「はい! 新鮮なヌタヌタ吸血鰻の肝から出汁を取った自信作です」
「ひっ……なんですかそれ。魔物? 大丈夫なんですか?」
グラムに続いてフェイルもスプーンを持つ手を止める。
だがカタリナさんはフェイルの心配を笑い飛ばす。
「ヤダなぁ、大丈夫ですよぉ。さっき味見しましたがなんとも。お替りしたいくらいで……おっと失礼、ヨダレが」
カタリナが口の端から漏れ出た液体を手で拭う。
だが、彼女のヨダレはどういう訳か赤かった。
「あ……れ……?」
手についた赤いものを不思議そうに眺めながら、そのまま後ろ向きに倒れ込む。
俺は素早く脈を確かめ、静かに首を振った。
みるみる顔を蒼くする二人に、俺は笑顔で告げる。
「ね? 美味しさと毒の有無は関係ないんですよ。危険なものはできるだけ避けた方が良いに決まってますが、いざとなればなんでも食って駄目なときは大人しく死になさい」
椅子から崩れ落ちるフェイルとグラム。
リリーは目の前で死んでいく勇者たちに怯えているようだ。俺は彼女の肩に手を置き、引き攣った顔を覗き込む。
「勇者になるってのは、自分の命の価値をゴミ以下にまで下げるってことです。なるというなら止めはしませんが、よおく考えてね?」
「は、はい……」
これには意地っ張りなリリーも素直に頷く。
鉄は熱いうちに叩け。勇者という仕事の過酷さを早期に教えておくのは彼女の人生にとって決してマイナスにはなるまい。
彼女も一つ大人になった。もう子供っぽいアホな事を計画したりはしないだろう。
そう考えていたのだが。どうやら俺の考えは甘かったらしい。
次の日、フェーゲフォイアー中の商店に泥棒が入った。