「ルビベルの“覚醒”は満月の夜だけ――つまり月に一度だ」
ハンバートがテーブルの上に肘を突き、口の前で手を組む。
「奴隷は他にもいるが、どれもルビベルほどじゃない。第一、こんな危険な街には連れてこられない」
ほう。
つまり、大富豪様は好きな時に殺ってくれる都合の良い現地ロリが必要と。お盛んなことで。
俺は組んでいた腕を解き、背もたれに体重を預けながら口を開く。
「なぜその話を私に? 懺悔ですか?」
もちろんこの特殊能力持ちのロリコンに罪を悔い改める姿勢は見えない。
ハンバートはニヤリと笑って肩をすくめる。
「なぜ? 僕は悔いる罪を持たない。それよりもだ。神官さん」
ハンバートがテーブルから身を乗り出す。
「あなたは顔が広い。もしかしたら知っているんじゃないかとね。僕のファムファタールを」
気取ったこと言いやがってこの変態が。
だが。
「良いでしょう……来なさい」
俺はヤツのバックに見える膨大な金と特殊能力に目が眩んだ。
*****
「“超回復”? ああ、あれは普通の人間には無理だ。膨大な魔力が必要だからね。常に回復魔法を垂れ流している状態に近い」
ハンバートは歩きながらアッサリと特殊能力のカラクリを明かした。
俺は落胆した。あれを全ての勇者が使えれば死亡率が下がり、俺に圧し掛かる仕事の山が減る一助となり得る――そう思ったのに。
まぁ良い。特殊能力は特殊能力。全員が使えれば特殊能力にはならないからな。
さて。俺は大富豪様の為にロリを用意する必要がある。
ここの勇者は人を殺めるなんて余裕でできるからその点は問題ないが、ハンバートが好みにうるさい。
ルビベルなみのロリキャラなんてそういねぇよ。ここは勇者の街なんだから。
なので、俺の知っている最年少を紹介することにした。
「こちらリリー。金を積めばどんなプレイもやってくれるはずです」
「ほう」
「はぁ!?」
考えなしの小娘は、俺の紹介にご不満をお持ちのようだった。
「人聞き悪い事言うなよ! 何だってんだ一体」
噛みつくように言うリリー。
彼女はオリヴィエとそう年は変わらないが、宿屋のババアと商店街の皆さんに可愛がられているせいか顔つきや立ち振る舞いがやや幼い。
俺は彼女の肩に手を置き、噛んで含めるように言う。
「大丈夫。プレイとは言っても少し変態を剣でグサグサやるだけです。失うものはなく金だけ手に入る。ノーリスクハイリターン。悪くない話でしょう?」
「失うだろ色々! アタシは自分の手を血で汚したくないんだよ、アンタらと違ってさ」
俺は衝撃を受けた。
剣でちょっとグサグサやるだけでお小遣い貰えるのに、飛びつかないのかこの小娘は。
泥棒やるよりよほど堅実だし、誰にも迷惑かけないのに。
それを伝えると、リリーは変なものでも食ったような顔をした。
「アンタもたいがいおかしくなってんな……」
俺は首を傾げる。ジェネレーションギャップってヤツだろうか。
まぁ良い。問題はリリーではなく大富豪様だ。
「どうです?」
耳打ちすると、ハンバートは呟く。
「ま、少し育ちすぎている感はあるが贅沢も言ってられまい」
ギリ合格か。
俺はナイフを取り出し、リリーに柄を握らせる。
「え? ちょっ、なんだよ」
「大丈夫です。ちょっと刺すだけ。先っちょだけですから……」
「やっ、やだ! なんかやだ! やめろよ!」
さぁやってくれとばかりに手を広げるハンバート。
ヤツから発せられる変態オーラに当てられたのだろうか。リリーは汚いものから手を放すようにナイフを落とし、へなへなと座り込んだ。
「なんだよお前~っ! ワケ分かんないからぁ!」
俺はギョッとした。
小娘が泣き出してしまったからだ。
えっ? 俺なんか悪いことしたかな。ちょっとナイフで刺してやってくれってお願いしただけなのに……
若い子とコミュニケーションをはかるのは難しい。俺も若いつもりでいたが、オッサンになってきていると言うことか。
ハンバートは肩をすくめて期待外れだとばかりに首を振る。
「人には資質というものがある。彼女にサディストの才はないようだ」
俺は頷いた。
リリーは勇者でもない、ただの子供だからな。こういうのは早かったか。
と、その時だった。
「……ッ!?」
ゾクリと背筋を這い上る寒気。
なにかが。何かが近付いてきている。オーラを感じるんだ。凄まじい“強者のオーラ”。
そして圧倒的強者は、うずくまる孫娘を守るように俺らの前に立ち塞がった。
「アタシの孫になにをしてんだい……?」
「あがっ!?」
「ひでぶっ!!」
俺たちは共にババアの鉄拳制裁を食らって吹っ飛んだ。
*****
「不意打ちというのも悪くないな。新しい発見だ」
うるせーよ。
「それにあの目……あと五十歳、いや六十歳若ければ」
俺はうんざりして目を回しながら教会へ戻る。
祭壇の前の椅子に腰かけながら首を振った。
「私の知人でリリーより若い子はいませんよ。ただでさえ子供は少ないんです。勇者に限れば、少年と呼べるほど若いのはオリヴィエくらいで」
おっ、話をすればオリヴィエだ。おーい。俺は手を振る。しかしオリヴィエは手を振り返してくれない。というか手がない。首だけになってボールの如くポーンと宙を舞っている。
またマーガレットちゃんへの文字通り命を賭したアタックに挑んでいるらしい。お盛んな事で。
「あ、あの娘は……?」
……んん?
ハンバートが舌なめずりをする。その視線の先には……マーガレットちゃん?
俺は慌ててハンバートの腕を掴む。
「あ、あれはダメですって。見ての通り人では……」
「問題ない」
ハンバートは俺の手を振り払い、肩越しにニヤリと笑った。
「人外も守備範囲だ。そして触手プレイには以前から興味があった」
マジか……
俺は絶句した。
「さぁ来い。僕を滅茶苦茶にしてくれ」
しかしマーガレットちゃんは賢い。変態の誘いには乗らなかった。
もちろん近付けばあしらうことはする。しかし彼女は勇者を決して殺さない。
「なぜ、なぜこんな。焦らしプレイだと? 僕にそんなものは必要ない」
激昂するハンバート。その蒼い瞳が炎のごとく揺らめく。
しかしマーガレットちゃんはそんなの意にも介さない。ハンバートのことなど、周囲を飛び回るコバエ程度としか認識していない。
「金持ちだかなんだか知らないが、金ですべてが買えると思ったら大間違いだ」
「なに……?」
蘇生ほやほやオリヴィエが、首に付いた血を拭いながら中庭に足を踏み入れる。
「マーガレットちゃんは僕のものだ」
オリヴィエの瞳に宿る憎悪。
自分たちの聖域を侵すことは許さないとばかりに剣を抜き、ハンバートに向き合う。
ハンバートは目をギンギンに輝かせ、笑みなどを浮かべながら両手を広げる。
「ああ、良いよその目。そうか……あの時、君に足りなかったのは殺意だったんだ!」
オリヴィエが地面を蹴る。軽やかに跳躍する。
ハンバートは避けることも防御することもしない。
「早く、早く逝かせてくれ。もう我慢できないよ」
何言ってんだこいつ。
オリヴィエが剣を振りかぶってハンバートに襲い掛かる。
しかし。
「あ」
オリヴィエが目を丸くし、そしてスッと細めた。
マーガレットちゃんにとって、オリヴィエはコバエなどではない。ゴキブリだ。
たとえ自分に向かっていなくとも、自分の領域に入れば殺さずにはいられない。
オリヴィエは特別なのだ。他の有象無象の勇者たちとは違う。それは決してポジティブな意味ではないのだが。そのことに、オリヴィエは快感を感じ始めているのだろうか。
胴だけになってクルクルと舞うオリヴィエはどこか満足げで。
「なぜ……僕じゃダメだと言うのか……」
悔しがるハンバート。
芝生に叩きつけられたオリヴィエはそれを一瞥し、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。口から血の泡を吐き、臓物を零しながら、オリヴィエは再び息を引き取った。
「くそっ……くそぉッ!」
ハンバートは上等な服が汚れるのも構わず芝生に膝をつき、拳を叩きつける。何度も、何度も。
それは全てを手に入れ、自分に従順な奴隷を何人も持った大富豪にとって初めての経験だったのかもしれない。
失恋――心を引き裂かれる痛みの味はどうだ?
俺は高いところからヤツらを見下ろしながら胸の中でそう呟く。
そして俺を揉みくちゃにしながら花粉塗れにしていくマーガレットちゃんに言う。
「アイツらなにやってんだろうねぇ。マーガレットちゃ」
俺はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。
マーガレットちゃんが俺の喉に指を突っ込んだからである。
オリヴィエがゴキブリで、他の勇者はコバエ。だとしたら、俺は一体マーガレットちゃんの何なのだろう。雛鳥?
ああ……俺もヤツらのこと言えないじゃないか。一体何をやっているんだろうな。神官がこんなハードな仕事だとは思わなかった。
流し込まれる甘い蜜を感じながら、俺はぼんやり空を見た。