……壮観だ。
今、この街の全ての戦力が結集している。
今まで無駄に殺し合っていた勇者たちが、手と手を取り合って魔物に立ち向かっている。
死神騎士も、天然嗜虐幼女も、ドマゾロリコン紳士も、パステルイカれ女も、誰も彼もが必死になって戦っている。
しかし限界は近い。
戦況をひっくり返すほどの切り札を俺たちは持ってない。
いつまでこの戦いは続くのだろうか……
そんな中、俺は気付いてしまった。
一人、戦禍から逃れてのうのうとしている人間がいることを。
――この街には神官がもう一人いる。
「ルッツゥ!!! 何してんだクソが!」
感情のおもむくままに叫ぶ。
しかし黒焦げ死体の同居人たちが俺の叫びに反応してくれるはずもなく、俺は悶々としたものを胸の中に仕舞うほかない。
そういえばアイツ、ちゃっかり防災訓練に参加してたよな。
なんなんだ? 住民たちの中でアイツはどういうポジションなんだ? マスコット? 愛玩動物? 少なくとも神官扱いはされていない。
ロクに仕事もせずフラフラしやがってよぉ~
なぜ同期の神官なのに俺にばかり仕事を課せられるんだ。納得がいかない!
俺は拳を床に叩きつけ、女神像(小)を睨む。
誰か俺を助けろよ!!!
俺の祈りが天に通じたのかは分からない。
だが俺の不満に応えるようにして、一体の死体が降って湧いた。
オリヴィエである。
もちろんオリヴィエの死体など何の役にも立たない。天からの助けなどではない。むしろ仕事が増えただけだ。
だが……
俺はオリヴィエの死体をひっくり返し、全体を眺める。
どこも焦げていない。死因は頸部の骨折か。皮膚に細いひも状の跡が付いている。荒地の魔物の仕業ではなさそうだ。そして髪についた小さな葉っぱ。
森の魔物にやられた? どうして、今森に。
とにかくオリヴィエに話を聞いてみよう。俺がオリヴィエの蘇生に着手しようとしたその時。不意に掘っ立て小屋が揺れた。
なんだ、地震か?
いや、揺れが長い。朽ちかけた掘っ立て小屋がミシミシと音を立てる。
おいおい、生き埋めはごめんだぜ。
慌てて外に飛び出したものの、すぐに掘っ立て小屋の中に隠れたくなる光景がそこには広がっていた。
長い金髪を靡かせながら一心不乱にこちらへ駆けてくる白魔導師。
その後ろに続く……いや、追いかけているのか? あの軍勢は、なんだ?
人じゃない。荒地の魔物でもない。例えるなら、移動する“森”そのもの……あれは、植物モンスター?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 助けてェェ!!!」
あの白魔導師……カタリナか!
俺はこの時、今日一番の恐怖を感じていた。
死にたがりが、今まさに死のうとしながらこちらへ突っ込んできている。これ以上の恐怖があるか! 俺は力の限り叫ぶ。
「こっ……こっち来んな!」
「じんがんざぁぁぁぁんッ!! だずげでぇぇぇ!」
「ひいっ! と、止まれ! 止まれーッ!!」
カタリナは速度を緩めることなくこちらへ駆けてくる。そして――石にけつまずいて跳んだ。
スローモーションで降ってくるカタリナにゆっくりと押しつぶされながら、俺は胸中で罵声を吐く。
くそっ、なんでコイツはいつも俺の言うことを聞かないんだ。この死にたがりめ!!
「あうっ」
「うげっ」
カタリナと共に地面をゴロゴロと転がる。痛ぇ……
しかし痛がっている場合ではない。俺は慌てて起き上がり、逃げるべく体勢を整える。
……いや、待て。植物モンスターの動きが止まっている。
俺たちに興味を失っているわけではない。身動きせず、こちらをじいっと見つめている。
な、なんだ? どうすればいい?
俺はカタリナの頭をひっぱたいてヤツを起こす。
「なにやってるんですか! なんですかあれ!!」
「アタタタ……い、いや。私にもなにがなんだか。お腹がすいたので食料を探して森に入ったら、なんか集まってきちゃって」
「なんか集まってきちゃって、じゃないですよ! どうするんですかあれ!」
「ど、どうしましょう神官さぁん……」
カタリナも困惑した視線を俺と植物モンスター交互に向ける。
どういうことだ。森を焼かれて炙り出されてきたか?
ど、どうしたら良い? 敵が増えたとみるべきか?
このまま放っておいたらどうなるのだろう。森へ帰るか? あるいはこちらへ襲い掛かってくるか?
いや、ならばなぜ足を止めたんだ?
分からない。どうしたら良い? どうしたら良い?
考えて、考えて、考えて――答えは出ず、俺はキレた。
「な、なに見てんだよォー!!」
植物モンスターたちに向けて、俺は激しい怒声を浴びせる。
そして俺たちの街を襲おうとしている荒地の魔物どもを指さして言った。
「お前らだって住処の森焼かれてんだろ。なにボーっとしてんだ、戦えよ!! 荒地の魔物をぶっ潰せ!!」
ぜぇぜぇと肩で息をする。
クソッ、俺は一体なにをしているんだ。
魔物どもは俺の言葉に反応した。植物モンスターの大群が動き出したのだ。
しくじった。ヤツらを刺激したのは悪手だったか! 襲い掛かってくるか? 俺は咄嗟に身構える。
しかしヤツらはクルリと方向を変え、激しい戦いの繰り広げられている前線へと向かっていく。
……荒地の魔物と戦い始めた?
確かに植物モンスターたちは荒地の魔物と敵対関係にある。戦いに加勢してもおかしくはない。
しかし今のはどう見ても……俺の言葉に従ったとしか……
「な、なんですか。こんな特殊能力あるならもっと早く使ってくださいよ」
カタリナが俺の背中からひょっこり顔を覗かせて、戦いに馳せ参じる植物モンスターたちを見下ろしながら呟く。
俺は血に濡れた手に目を落とし、己の隠された能力に慄く。
お……俺に……こんな力が……!
はい、そんな訳ありません。
十四歳くらいならコロッと騙されていたかもしれないけどね。俺も良い大人です。生まれながらに持っていた才能が窮地に立たされたことで突然に目覚めるなんて展開が無い事は今までの自分の人生から学んでいるよ。
よしんばそんな展開があったとしても、なんか凄まじい代償を負うみたいなのがあるんでしょ?
勇者と違って、俺の命はたった一つのかけがえのないものなんだ。そんな取ってつけたような謎の力に自分の命を張りたくない。
とはいえ。とはいえ、だ。植物モンスターたちが心強い味方であることは確か。魔物というのは人間より強い。それにこの数。戦況をひっくり返せるかもしれない。
そして突然の植物モンスターの参戦に、勇者たちは戸惑っている。この乱雑とした状況を纏める人間が必要だ。
俺はカタリナに向き合った。
「カタリナ、行きなさい」
「え?」
「植物モンスターを率いて戦うのです」
「え……ええっ!?」
カタリナは声を上げながら目を白黒させる。
確かに“指揮官カタリナ”には大きな不安を感じずにはいられない。しかしきっと、シアンを失った彼らには新しい指揮官が必要なのだ。
彼女を落ち着かせるため、俺はカタリナの肩に手を置き顔を寄せる。
「彼らは指揮官を求めています。他の勇者たちにも彼らが味方であると知らせる必要がある。行きなさい。協力して荒地の魔物を討つのです」
「ええ……でも……」
「そもそも貴方が連れてきた魔物でしょう! 多分アイツら、誰の言うことでも聞くんですよ。ほら見て、いかにも指示待ち魔物っぽいでしょう」
「指示待ち魔物ってなんですか……」
「口答えしないで下さい! 後始末は自分でつけるんですよ。ほら! 行って!!」
俺は半ば無理矢理カタリナを前線へと送りだす。
だが指揮を執るまでもなく、植物モンスターたちは十分によく戦ってくれた。
勇者たちも荒地の魔物と戦う植物モンスターたちを友軍であるとなんとなく理解してくれた様子。
やっぱ魔物は強い。植物モンスターの加勢により一気にこちら側が優勢だ。
だが、人間だって役に立っていないわけではない。役割分担ってもんがある。
植物モンスターにボリボリとオヤツにされる勇者たち。
……どうやら人間は兵糧として役立っているようだった。