今回の戦いで嫌というほど分かった。やはり魔族は強い。
そして……人間は笑っちゃうくらい弱い。
俺はお縄にかけられたルイを見下ろして嘲笑する。
「間抜けですねぇ! せっかく逃げ出したのに、焼死体になって教会へお帰りとは。まさかあの魔族の纏った炎に炙り殺されたんですか?」
勇者たちに囲まれ、ルイは視線を落としたまま口を開かない。
なぁにダンマリ決め込んでんだ?
燃え落ちた教会の瓦礫の中に腰を下ろし、首をグリンと曲げて俯いたルイと無理矢理視線を合わせる。
「しかし魔族を口説き落とすとはやりますねぇ。どうやったんです? 星持ちの色男は違うなァ」
「そんなんじゃない。それを言うならお前こそ……」
ギクッ。俺は横目でマーガレットちゃんを見て、そしてサッと視線をそらす。
オーケー。この話はやめよう。
視線だけで停戦協定を結んだ我々は、次の話題に移る。
「貴方が荒れ地の魔族に情報をリークしたんですね」
今まで荒れ地の魔物が人間に強い興味を示すことはなかった。縄張り意識が強いヤツらの領域に足を踏み入れれば別だが、わざわざ俺たちの街を襲うような事はなかった。
眼中になかったのだ。やつらは魔物同士の殺し合いに忙しい。
ならば今回の騒動は、魔物同士の殺し合いの延長線上にあると言う事になる。
「ヤツらの目的はマーガレットちゃんだった。貴方が彼女の居場所を教え、街を襲わせた」
俺たちを取り囲む勇者たちからにわかにざわめきが上がる。
しかしルイに慌てた様子はない。冷静に、周囲に言い聞かせるようにして口を開く。
「全ては人類のためだ。ちまちまと魔物を屠っていても仕方がない。みんな分かっているだろう? 魔族だ。魔族を叩かなければならない。未だかつて誰もなしえなかった快挙だ。それが目の前にありながら、お前らは……!」
おん? 俺らが悪いって言うのか?
ははっ、おいみんな。コイツやっちまおうぜ!
「やっぱあの植物、魔族だったのか……」
「え? ヤバくない? ここ教会だよね?」
「どうなってんだよこの街はよ……」
あれ? 風向きが怪しいな。
「荒れ地の魔族に処分してもらえば、一石二鳥なんじゃねぇの?」
誰かの呟きに、焼け落ちた教会内が水を打ったように静まり返る。ゆっくりと、皆の視線がマーガレットちゃんに向く。
嫌な空気が蔓延していく……。
「ふざけんな!」
そんな空気を振り払うように声を上げる少年。人だかりをかき分けて、俺たちの前に歩み出てくる。オリヴィエだ。
「何が人類のためだ。一歩間違えば、お前のせいで街が滅ぶところだったんだぞ。住人たちに被害が出てたらどうするつもりだったんだ」
お、マーガレットちゃん絡みなのに案外まともな事を言っている。
ならば俺も参戦だ。
「荒れ地の魔族は危険すぎる。マーガレットちゃんを倒したあと、街を火の海にしない確証があるんですか?」
俺たちの言葉をルイは鼻で笑う。
「荒れ地の魔族を敵に回し、森の魔族を味方につけると? あの植物なら信用できると、なにをもってそう言えるんだ」
「少なくとも、マーガレットちゃんは人間を殺さない!」
めちゃくちゃ殺されてる人がなんか言ってる。
だがオリヴィエの言う通り、確かにマーガレットちゃんは人間に明確な敵意を持っているわけではなさそうだ。
現に、マーガレットちゃんは決してオリヴィエ以外の人間を殺さないし、植物モンスターたちの指揮権の一部を俺たちに与えている。
完全に信用できるとは言わないまでも、少なくとも街に攻め入ろうとした荒れ地の魔族を信用するよりはマシである。
そもそも、今植物モンスターを率いているのはシアンだ。マーガレットちゃんを殺しても何にもならない。むしろシアンと植物モンスターの怒りを買うだけだろう。
ま、そこまで言うと踏み込みすぎか。
俺は勇者たちを見回して言う。
「魔族に同士討ちさせてどうなると言うのです。植物モンスターが駆逐されて、荒れ地の魔物の生息地が広がるだけ。人類にとって別にプラスにはならない。むしろ気性の激しい荒れ地の魔物がお隣さんになるのは避けるべきでしょう」
「神官らしい、平和ボケした考えだな。良いか。魔族を殺せるチャンスが目の前にあるんだぞ? リンの……荒れ地の魔族の力を借りれば少なくとも魔族を一体この世から減らせる。魔物なんて信用できないんだ。どうせ信用できないなら魔族を確実に減らすほうに賭けるべきだろう。違うか、みんな!」
ルイも勇者たちを見回して言う。
しかし、もはや勇者たちに先ほどまでの殺気はない。
「まぁ、確かにマーガレットちゃんは俺たちを殺さないよな」
「本当に大丈夫かな。街に魔族いるとか、なんか怖くなってきたよ俺……」
「神官さんがいる限りは大丈夫だろ。あそこデキてるし」
俺は聞かなかったことにした。
敵意のこもった視線をこちらに向けるルイに、俺は顔を寄せる。
「人類のためだなんて詭弁でしょう。貴方は星を取り戻したいだけだ。いいえ、もっと言えば……星を取り戻せばロージャが帰ってくると信じてる。そうじゃありませんか?」
ロージャの名前を出した途端、ルイの眼の色が変わった。
ギリギリと音が聞こえてきそうなほど強く奥歯を噛み、射殺さんばかりの視線をこちらに向ける。
「お前らのせいで。お前らのせいでロージャは……」
ほら、本性を現した。
まさか荒地の魔物をフェーゲフォイアーに攻め込ませたのは、俺たちへの復讐のつもりか?
本当に救えねぇ馬鹿だぜ。
俺はため息を吐きながら立ち上がり、ルイを見下ろす。
「みっともないですよ。現実を見なさい、貴方はただ単にフラれ――」
「いいえ、違う」
ひっ。
俺は思わず息を呑む。リエールだ。当然のような顔で、いつの間にか俺の隣に立っている。
しかしヤツは俺の方を見ず、駄々をこねる子供を宥める母親のような顔でルイを見る。
「彼女は苦しんでいた。知らない街、しかもこんな厳しい環境に放り込まれればストレスがかかるのは当然だよ」
突然のことに、ルイも驚いたようだった。
しかしすぐに平静を取り戻し、吐き捨てるように言う。
「だから何だって言うんだ。ロージャは強い」
「強いと思ってただけ。彼女も意識的にそう見せていたんだよ。あなたにガッカリされたくなかったから。役に立ちたかったの。そんな彼女にあなたは何をしてあげた? 無茶な作戦を押し付けて何度彼女を冷たい牢の中で眠らせたの?」
ルイは目を見開き、視線をあちこちに飛ばす。
自覚はあったのだろう。それを憎悪に変えて外へ向け、気付かないふりをしていたのだ。
リエールは続ける。
「疲れ果てた彼女は願った。何の役に立たなくても愛される存在になりたいと」
リエールはそう言って、ぬいぐるみを取り出す。
ロージャと同じ、褐色の毛皮の――狐?
「生まれ変わった彼女だよ」
な、なんだ?
話がおかしな方向に向かい始めた。どうしたというんだ。
一体何が。
リエールはルイにぬいぐるみを抱かせ、優しく微笑む。
狐を抱いたルイの頬を、一筋の涙が伝う。
「……ロージャ……」
ええ……。
話についていけず、ただの野次馬と化した俺たちは互いに視線を交わすことしかできない。
なんだこれは。新手のコントなのか?
しかしルイは至って真面目だ。
狐のぬいぐるみの腹に顔をうずめて泣いている。
俺たちはどうしたら良いのだ。なんと反応したら良いのだ。一件落着ってことで良いのか?
分からない……俺にはなにも……分からない……