「おかえりなさい。お勤めご苦労さまでした」
文字通り真っ白に燃え尽きたように項垂れるルイ。黒焦げ状態から蘇生させたが、精神が燃え尽きたままのようだ。
俺はルイに労りの言葉をかけながら肩に手を置く。
「大変な任務とは思いますが、これも街を守るためと思って」
「ああ……分かってる……けど……」
まぁ蘇生できるとはいえ、何度も黒焦げにされるのは気持ちの良いものではないだろう。
だが現実的に考えて魔族にルイを差し出す以外に方法がないのだ。魔族に比べれば人間の戦闘力など虫ケラである。暗殺とかそういう次元じゃない。
ハンバートはイマイチあてにならないし、ここはルイくんに犠牲になってもらう他ないのである。
とはいえ、俺にできることなんてないとは言いたくない。
俺だって街のため身を粉にして働くルイくんの力になれるはずだ。
俺はルイにニッコリと微笑みかけた。
「大丈夫ですよ、ルイ。殺されのプロをお呼びしましたからね。彼に極意を教わると良いでしょう」
「……殺されの……えっ、なに?」
ルイが怪訝そうな表情を浮かべ、顔を上げる。
良く聞こえなかったようだから、俺はもう一度はっきりと発音した。
「殺されのプロですよ」
「……ハンバートのこと?」
俺は首を振る。
「違いますよ。ヤツは生粋ですからね。参考にならない。後天的なのじゃなきゃ。ほら、来ました」
教会の玄関をくぐり、カーペットに血の染みを落としながらこちらへ近付いてくる男に手を上げる。
……相変わらず派手にやってんな、あの幼女は。
「わざわざすみませんね、グラム。こちらは――」
「分かってるよ。元星持ちのエリートさん方だろ? 有名だからな。それで? そのエリートが俺みたいな三下になんの用だよ」
ポケットに手を突っ込み、背中を丸めてガンをつけるグラム。
相変わらずチンピラ丸出しだが、体中にナイフ刺さってちゃカッコつかねぇだろ。いや、むしろクレイジー感出て強キャラっぽいか?
まぁどんな格好しててもヤツはただのチンピラ勇者だ。子供に優しい、ただのチンピラ勇者。
「だ、大丈夫なのか。それ」
ルイが困惑しながらも、なんとか言葉を絞り出す。
グラムはポケットからガラスの小瓶を取り出し、中の黄色い液体を喉に流し込んだ。清涼感のある匂いが辺りを漂う。
ヤツは体のあちこちに刺さったナイフを抜きながら平然と頷いた。
「ああ、中は無事だ。出掛ける前は重要臓器への攻撃をしないっていう約束があるからな」
「よく……躾けられていますね……」
「ワガママ娘だがな。俺の言うことは比較的よく聞くのよ」
馬鹿言うな。躾けられているのはお前だ。人体に刃を突き刺して楽しむのはワガママとかそういう次元で語れない。
だが俺は何も言わず、ただ微笑む。今日の本題はそこではない。
「さぁ、ルイ。彼から殺される際の心得を学ぶのです」
「なんだよ殺される心得って。俺は殺されない方法が知りたいんだ」
ごもっともですね。
そもそも、荒地の魔族――リンは別にサディストじゃない。ルイを傷つけることを目的にしているわけじゃないのだ。結果としてそうなってしまうだけで。
「リンの纏ってるあの火、消せないんですか?」
「ダメだ。ある程度弱めることはできるが、完全には消せない。感情の昂ぶりに合わせてでかくなるみたいでな……」
ルイの表情は暗い。彼だって焼死の運命を甘受していたわけではあるまい。色々と試して、それでも突破口は見つからないのだ。
ならば、グラムの話はぜひ聞いておいたほうが良い。根本的解決にはならないが、人は時として気休めを必要とする。
そもそも殺されない術を持ってる人間なんてこの街にはいない……
「ずいぶん平然としているけど、痛み止めかなにかを飲んでいるのか?」
体に刺さったナイフの最後の一本を抜き終わったグラムが、ルイの問いにヤレヤレと首を振る。
「初っ端からなに甘っちょろいこと聞いてんだ。とはいえ……痛みで気絶したら意味ないからな。まぁ時と場合によっては頼るべきかもな」
グラムの言葉に、俺はにっこりとする。
ルイの肩にポンと手を置き、黄色い液体に満ちた小瓶を眼前で揺らす。
「麻痺毒です。神経を侵し痛覚を鈍らせます。今なら十本買うと一本無料。定期購入ならさらにお得に。体がまともに動かなくなる上、飲みすぎると呼吸筋が麻痺って死ぬので気を付けてくださいね」
「神官さん……あんたどんな商売してんだ……」
おいおい、なんちゅう顔してんだ。仕方ないだろ。需要があるなら、供給をしなきゃ。
ルイが引き攣った顔をグラムに向ける。
「しかし、金がかかるだろう? 蘇生費に痛み止めにポーション……こう言ってはなんだが、一介の勇者には痛い出費では?」
グラムは口をへの字に曲げ、ため息に似た声を上げる。
俺も憂いを顔に張り付け、グラムくんの肩に手を置く。
「そうなんですよね。蘇生費滞納がかさんでいます。貴方の懐事情が私も気になります。グラム、そろそろ返事を聞かせてください」
「……やっぱそれか。分かったよ。この性悪め」
はい、契約成立。
俺はグラムを所定の位置へ導く。
子供を持つとなにかと金がかかるだろう。それが殺戮幼女ならなおのこと。今楽にしてやるからな。
「おい、なんの話してるんだ?」
困惑するルイの手を引き、祭壇の前まで避難する。ここまでくれば安全だ。
俺は女神像(大)の台座に手を這わせ、ボタンを押した。ぽちっとな。
「ッ!」
風切り音を纏った巨大な鎌が、グラムめがけて振り子のごとく襲いかかる。
しかしグラムは一瞬で察知し、素早く飛び退いてそれを避ける。小悪党然としているが、ヤツの勇者としての力量は意外としっかりしている。
だが、こちらだって勇者を甘く見ているわけではない。
俺は女神像(大)の纏った布の中に手を忍ばせる。ボタンは一つではない。
さらにぽちっとな。
「あ゛っ……ああぁぁ」
鎌を避けたその先の床がシュッとスライドし、落とし穴が出現する。グラムの悲鳴が吸い込まれるように落ちていく。
ヤツが無様に落ちていった穴の底には、アルベリヒ特製の刃をあしらった剣山。
「思い出しますね、グラム。以前は這い上がられてしまいましたが……さて、今回はどうでしょう」
俺は穴の底に声をかける。
体中を刃に貫かれながらも、グラムは身をよじり起き上がろうとする。
しかし今回の刃は以前のそれとは違う。アルベリヒお手製の刃は切れ味鋭く、返しが付いていてそう簡単には抜けないようになっている。
グラムはとめどなく血を吐き続ける口をニヤリと歪ませ、やがて目からは光が消え動かなくなった。
どうやらリベンジは果たされたようだ。我が教会の守りがより強固なものになった。まだまだ足りないところは多いが……
「し、神官さん! 一体何を」
戸惑うルイに、俺は神官スマイルを向ける。
「彼には以前から罠の実験台の話を持ちかけていたんです。引き換えに、滞納していた蘇生費はチャラ。教会は貧しい勇者の味方です。こういった救済措置を用意するのも神官の務め」
耐え切れないとばかりに血の溜まった落とし穴から視線を逸らすルイ。
俺はグリンと首を曲げ、ルイと強引に視線を合わせる。
グラムはタフだが、所詮はしがないチンピラ勇者。新しい罠の実験台くらいにしか使えない。
だがコイツは――ルイは違う。
「ルイ、もし貴方が聖騎士として私と教会のために尽くしてくれるなら私はサポートを惜しみません。麻痺毒も提供しますし、蘇生もより迅速に行いましょう。お互い悪くない話だと思うのですが」
しかしルイは俺を乱暴に突き放し、吐き捨てるように言う。
「悪いがあんたは信用できない。街の為に必死だってのは分かるけど……それを差し引いても、到底人の心を持っているとは思えない」
「……それは残念です」
俺は涼しい顔を張りつけながらできるだけ落ち着いた口調でそう呟く。
しかし内心は全く冷静じゃなかった。
クソッ……なんだよ人の心を持ってるとは思えないって……滅茶苦茶傷付いたわ。しょんぼり。
またダメだった。なぜ分かってくれないんだ。
俺はただ、自分の意のままに操れる優秀で従順でパステルイカれ女に対抗しうる手駒が欲しいだけなのに……