日の光を浴び、輝くステンドグラス。美しく整った白い壁。俺がここに赴任されてから一度も日の目を見ていないパイプオルガンもピカピカ。荒地の魔族の襲撃によりぶっ壊された壁も元通り。
俺は腕を組み、教会を見回してにっこり笑う。
「新築って良いですよね。木の匂いがします。ねぇ、アルベリヒ?」
「分かんねぇよ、血の匂いが鼻にこびりついてよ……」
若手有望鍛冶職人は教会へ足を踏み入れてからというもの、そわそわと落ち着きがない。教会で居心地が悪そうにしているなんて、世が世なら魔女裁判モノだぞ。
アルベリヒは口元をシャツの袖で覆いながら血塗れになった落とし穴を覗き込む。
「っていうかさぁ、なんでもう使ってんだよ」
なに言ってんだ。俺は平然と答えた。
「実験したんですよ。いざという時、計算違いで不届き勇者の首を刎ねられませんでしたじゃ困りますから」
「実験って……一体だれを」
「つまらないチンピラ勇者です。蘇生費がかさんで首が回らなくなっていたようなので、一度刎ねてリセットしてあげました」
「……上手くねぇからな」
アルベリヒは頭痛を堪えるように額に手を当て、ゆっくりと首を振る。
しかしアルベリヒも鍛冶職人だ。自分の作った刃物の“成果”が気にならないほどボンクラではない。
「で、どうだった?」
視線を上げたアルベリヒは倫理観を超越した職人の表情をしていた。
良い目をしてやがる。だから俺はコイツに仕事を頼んだのだ。
「落とし穴は狙い通り作動してくれました。位置も素晴らしい。発動させるタイミングが少々難しいですが、それは経験でカバーできるでしょう。問題は鎌の方ですね。やはり音が気になります。理想は罠の発動に気付く前に首が飛ぶことなのですが、改良できますか?」
するとアルベリヒは商売人の顔でにっこり微笑んだ。
「僕にお任せください」
この若手有望鍛冶職人は金を落とす客の些細な倫理観の歪みに目を瞑る柔軟性を持っている……
彼に頼めば、きっとこの教会の守りはより強固なものになるはずだ。
「じゃあ頼みましたよ~」
俺は悪の組織めいた黒ずくめの集団に担がれながら、アルベリヒに手を振る。
そういえば集団に襲われた時の事を考えていなかったな。敵を一網打尽にできる罠も欲しいところである。火を噴く女神像とかどうだろうか。
*****
悪の組織こと秘密警察に拉致られた俺は、謎の施設の客間に通されお茶菓子などを出されながら尋問を受けることになった。
「わざわざご足労頂き、申し訳ないね神官さん」
ご足労ってか拉致られてんだけどね。
だがまぁ、出された物はいただこうか。俺は差し出されたお茶を手に取る。
しかしお茶を運んできたお盆を片手に、怪しい仮面をかぶった黒衣の男は俺の前髪を引っ掴んで揺さぶる。
衝撃で手に持ったカップからお茶が零れ落ちた。ちょっ、熱い熱い!
……いや、熱くないな。なるほど。こういうことを見越して、わざとぬるめの茶を用意したのか。細やかな心配り、素晴らしいですね。
「さて、喋ってもらうぞ……」
仮面の奥の瞳がギラリと輝く。
俺は生唾を飲み込み、恐る恐る聞き返す。
「いったい何を」
「決まっている。我々が住民に愛される方法だ……!」
なにぃ? 分かんない分かんない。
俺は細やかな心配りと可愛らしい質問と拉致監禁尋問という極端な要素のあれこれの温度差についていけず眩暈を覚えた。
しかしこちらの事情などお構いなしだ。
俺が押し黙っているのをどう解釈したのか、男は俺の髪を引っ掴んでさらに激しく揺さぶる。
「教えろ……住民に愛されるコツ! 我々のなにがダメだというんだ」
「こういうとこ! こういうとこです~!」
ヤツらの主張を要約するとこうだ。
星事件で勇者殺しまくって、秘密警察の世間の評判はすこぶる悪い。にも拘らず、ヤツらは大した活躍ができていない。
怪しいだけのポンコツ組織に世間は冷たいのだ。
そこで、秘密警察は怪しいだけのポンコツ組織のくせに生意気にも住民たちに愛される存在になりたいと分不相応な願いを抱き、住民代表として俺を拉致るに至ったとのことだ。まったく。怪しいだけのポンコツ組織のくせに。
第一、これが人にアドバイス求める態度かよ……
秘密警察たちはバツが悪そうな顔で頭を掻いた。
「すまない、ついクセで」
なんのクセだよ。病気だろもう。
っていうか、そもそも秘密警察ってなんなの。何を目的にした組織?
尋ねると、秘密警察たちは胸を張って答える。
「元々は星を集め……じゃなくて、街に潜んでいるとされていた魔物どものスパイを捕らえるために結成された組織だ。今は主にパトロールなどに勤しみ、街の安全を守ってる」
なるほどね。
確かに自警団は必要だ。勇者たちには街の住人に危害を加えないというルールがあるが、ヤツらは時折酔っぱらって微かに残った理性すら手放す。いや、そんなものは最初から持ち合わせていないのかもしれない。
ともかく、そんなヤツらの抑止力になる存在は重要だ。だからアプローチを変えればヤツらの望む“愛される存在”になり得るかもしれない。
だが、今のままではダメだ。俺はヤツらの全身を舐めるように見回し、ゆっくりと首を振る。
「……まずその格好やめたらどうです。せめて仮面取りなさい。いかにも改造人間とか作りそうな集団が街をうろついていれば誰だって不安になります」
しかし秘密警察たちはなんとも歯切れが悪い。
ようやく絞り出した言葉は、涙が出るほど情けないものだった。
「その、なんというか……我々も自分の身は可愛い……」
ははん。俺は察した。
ヤツらは報復を恐れているのだ。まぁかなり無茶してるし、そうじゃなくとも自警団なんてのはヤバいヤツらから恨みを買いそうだしな。
だとすれば、むしろ今のような怪しさ満天の風貌の方が良いかもしれない。
「なら良いじゃありませんか。愛される存在になる必要がどこにあるんですか?」
愛される存在ってのは裏を返せば舐められやすいということにもなりかねない。
しかし秘密警察は頑なだった。
「俺たちはアイギスさんの名に恥じない組織になりたいんだ」
あぁ……なにやら苦いものが心に広がる。
これほどまでに頭と手足の出来に差がある組織はそうそう見られまい。
秘密警察のボスであるアイギスは負の側面を最強勇者の実績と優秀さでねじ伏せているが、悲しいかな。秘密警察には実績がない……
まぁ気持ちは分かる。とはいえ、努力の方向を間違ってはいやしないか?
「それはもう、仕事で成果を出して地道に認められていくしかないのでは? 私にアドバイスを求められても困るのですが」
「え? いや、んっと、そういうのじゃなくて」
そういうのじゃない? ならどういうのなんだ。
秘密警察たちは困ったような照れているようななんとも微妙な顔で笑っている。
……こいつらが欲しているのは正論ではなく、すぐに一発逆転できる簡単かつ画期的な方法らしい。
はぁ、付き合いきれないわ。んなもんあるかよ。早く帰りたい。俺はテキトー言った。
「私じゃなくて他の人に聞いた方が良いですよ。私はずっと教会にいるから、そういうの分からないです。住民たちに愛されている勇者に聞いたほうが早いのでは?」
「なるほど……分かった」
よし、分かってもらえたようだ。
しかしどういうわけか、俺は客間もとい尋問室から出してもらえなかった。ぬるい茶をすすりクッキーを齧ること十数分。
「神官さぁん、なんの集まりですかこれは……?」
お前かよ。
秘密警察のチョイスした“住民から愛されてる勇者”、カタリナが困惑気味に俺に尋ねる。どうやらヤツも拉致られたらしい。
まぁカタリナは街中で勇者殺したりしないし、住民から愛されてるかは知らんが嫌われてはないだろう。
俺のように髪を引っ掴まれて揺さぶられるという無駄な尋問を受けるのも可哀想だ。乱暴で口下手な秘密警察にかわり、俺が状況の説明をする。
「愛される方法……ですかぁ」
カタリナは拉致というハードな現状と投げかけられた質問の内容との乖離に混乱しているようだった。
怪訝な表情を浮かべながら、ぼんやりと卓上に出されたぬるいお茶を啜り、クッキーを齧る。
三枚ほどのクッキーを胃の中に収めたところで、カタリナは顔を上げる。息を呑む秘密警察一同に向けて、ポツリと呟いた。
「ふむ……では街のゴミ掃除をするのはどうでしょう?」
なんだそれ。スッゲー適当。
しかし色々考えすぎた挙句行き詰った秘密警察にとって、その適当かつシンプルな社会奉仕が画期的なアイデアに聞こえたらしい。
「ゴミ掃除……そうか! それならば街の皆さんの役に立てる」
「それくらいなら俺たちにもできそうだぞ!」
歓声を上げる秘密警察。
普通に考えて、勇者を街中で殺しまくってついた悪評がゴミ掃除ごときで払拭できるとは思えない。思えないが、どうやら秘密警察は本気だ。ホント馬鹿だなこいつら。
だがその辺ブラブラしてるよりはゴミでも拾ってもらった方が役に立つというもの。そう思えばカタリナの案も悪くないのかもしれない……なんて思ったのが甘かった。
秘密警察達、最初は普通にゴミ拾いをしていたんだ。しかしゴミ拾いなどに終わりはない。
勇者は片付けても片付けても壺を割るし、酒を飲んでは吐くし、すぐ喧嘩をして流血沙汰を起こし街を血で汚す。
――ゴミを生む大元を断とうとヤツらは考えたのか。あるいはより大きな“ゴミ”を排除しようとしたのかもしれない。
「……くそっ、やられた」
俺は教会に積み重なった素行の悪いゴミ勇者の死体を見上げ、頭を抱えた。