俺が強制的に“パパ”を演じさせられていた間に、ギャンブル狂いの勇者たちの大半が遊ぶ金を尽かせたらしい。
ヤツらは重い腰を上げ、緩慢な動きではあるが本来の仕事である魔物狩りに出始めたようだ。
無くなった穴は別のなにかが埋めようとするもの。
今は壺屋に代わり、樽屋が壊す用の樽を開発したようだ。まだまだ壺の壊し心地には敵わないようだが、いずれ改良を重ねて改善されていくことだろう。
そして重度の壺中毒患者たちも、少しずつ治療を進めている。
「ほら、アイギス。ステイッ。ステイですよ」
「ウウ~……」
アイギスが壺を前に“マテ”の状態で耐えている。度重なる訓練……じゃなかった、治療のおかげでアイギスの禁断症状も治まってきた。かな?
とにかく街は平穏を取り戻しつつあるということだ。
だが、そんな平穏に水を差すような噂がにわかに広まっていった。
「神官さん、またですよ。行方不明者です」
「きっと出たんですよぉ、人攫いがぁ」
「はぁ。そうですか……」
秘密警察の報告に、俺はテキトーに返事をする。
巷でまことしやかに囁かれている噂。それは“借金を重ねたギャンブル狂いの勇者が金貸しに攫われている”というものだ。
実際、何人もの勇者が街から姿を消している。しかしそんなのこの街ではありふれた話だ。
激しい戦いが嫌になって、なんとなく別の場所に行きたくなって、パーティメンバーと金で揉めて……失踪の理由など勇者の数だけ存在する。
そもそも。
「勇者なんていう根無し草に大金を貸す金貸しがどこにいるんです」
信用のない人間に金など貸せない。勇者ならば夜逃げなど簡単だ。そうじゃなくとも勇者など攫ってどうするというのだ。多くの勇者は大して役にも立たないし、なまじっか力が強くて腕が立つだけあって扱いも難しい。そんなんじゃ奴隷にだってできやしない。
「でも神官さん、消えた連中はみんな壺カジノに入り浸ってたヤツらなんですよ。ボロ負けしてパンイチになったのに、どこからか金を集めてきてまた壺を割って金をスッて……その日のうちに消えているんです」
「それは確かに怖いですね」
有り金スッてパンイチになった挙句まだ懲りずにカジノに通う勇者がな。
「はぁ、理由はどうあれ困りました。ただでさえ人手不足が完全には解消されていないっていうのに、さらに勇者が減れば街が立ち行かない……あっ、こらアイギス!」
壺に手を伸ばそうとするアイギスをピシャリと叱りつける。
するとアイギスはバツが悪そうな顔をして、上目遣いに俺を見た。
「くぅ~ん……」
ううむ。勇者の二、三人殺せる程度には回復してると思うが、まだ魔物を狩りに行くには治療不十分か。
アイギスの抜けた穴はデカい。他の平凡な勇者では埋められない。秘密警察など束になっても無理だ。このボンクラどもめ。
秘密警察の一人が、恐る恐ると言った風に口を開く。
「……俺、見ちゃったんです」
「え?」
「じ、実は俺も壺カジノ……ハマっちゃって。それで」
「か、借りたのか!? その金貸しに!?」
仲間の呼び掛けに、そいつは小さく頷く。
「カジノで金をスッちまった夜、俺に近付いてきて金を貸してやるって言ってきたんです。俺、酔ってたからつい金を受け取ってしまって。三日以内に返せと言われたんですが……利子も取らない、借りた額そっくりそのまま返してくれれば良いからって」
そんなうまい話があるはずない。金貸しが利子を取らなければ儲けが出ない。
ならば利子じゃないところで儲けを出しているはずなのだ。
俺は恐る恐る尋ねる。
「……約束の期限までに返せなかったら?」
「具体的なことはなにも。ただ“お前の全てをもらう”と」
これはきな臭くなって参りました。
重苦しい空気に押しつぶされて誰も口がきけない。そんな中で当事者だけが一人芝居のように喋り続けている。
「俺! 俺そんな怖い噂知らなくて。も、もちろん期限までに返すつもりだったんです……でも返せなくても大したことにはならないだろうって思って。その金貸しっての、女だったんですよ。顔はあんまり覚えてないけど、変なピエロみたいな格好した。そんなヤツにどうこうできるわけないって思って」
コイツ、借金踏み倒すつもりだったか。とんだクズが混じっていたもんだ。
俺はため息交じりに尋ねる。
「期限ってのはいつなんです?」
「……明日」
「じゃあ返せば良いじゃないですか」
「……全部スッちゃいました」
あー、やっぱり。それでどうしようもなくなって懺悔したってか。バカだなぁ。
俺ならそんなクズ放っておくが、秘密警察たちはクズにも優しい。
「なんで、なんで相談してくれなかったんだ。俺たち仲間じゃないか。そんなヤツに金を貸すぐらいなら……俺たちが……いや、今だって遅くない。秘密警察にだってそれほど多くはないが活動資金がある。それを」
「ダメ、なんだよ」
「なに遠慮してんだ! 俺たち仲間だろうがよ!」
仲間が熱い想いを胸に、借金まみれになった男の肩を揺さぶる。
へへっ……良い仲間を持ったじゃねぇの。なんだか胸が熱くなるぜ。
しかし男は魂の抜けた人形のような眼でヘラリと笑う。
「ダメなんだ。活動資金さ、もう使っちまってんだ」
「……は?」
こちらの胸が痛くなるくらいに茫然と立ち尽くす秘密警察たち。
ギャンブル狂いはさらに続ける。
「さ、最初はちょっと借りてただけだったんだ。ほんのちょっと。カジノで勝ったらちゃんと返すつもりだった。で、でもダメでさ。どうにもならなくて、それであのピエロから金借りたんだ。カジノで増やして、そんでお前らにもピエロにも、ちゃんと返すつもりだった。ほ、ほんとなんだ! でもハンバートの野郎、壺の中身渋りやがったから……!」
ギャンブルが人をクズにするのだろうか。それともギャンブルは人の元来持つクズさを暴くだけなのだろうか。
仲間の突然のピンチと突然の裏切りに、秘密警察は感情を失った表情をしている。
これで秘密警察も空中分解か。
……いや。決めつけるのは早かったかもしれない。
アイギスが立ち上がった。
「ひ……いっ……ごめんなさい、ごめんなさいアイギスさん」
怯える秘密警察の前に立ち、アイギスは手を振り上げる。
「ひっ!」
だが、アイギスはその手をゆっくりと下ろし、ギャンブル狂いのぐしょぐしょになった頬をそっと撫でる。
「アイギス……さん?」
アイギスはふっと笑い、そして。
ギャンブル狂いの頭を両手でガッと掴んだ。
「え?」
「うなあぁッ!!」
蕪でも引き抜くような動きで、アイギスは秘密警察の頭を振り上げる。凄まじい腕力と背筋だ。ギャンブル狂いの足がふわりと宙に浮く。
勢いをつけて振りかぶり、アイギスはギャンブル狂いのゴミみたいな頭を地面に叩きつけた。
ゴッ……
小気味良い壺の音とは程遠い無様な音を響かせながら、ギャンブル狂いの脳天が割れ、中身がカーペットに広がった。
どうしたんだろう。馬鹿な男の頭の中身を見てみたかったのかな?
いや、どうやら違ったようだ。アイギスがギャンブル狂いのまだ微妙に痙攣している体を抱き上げ、頬に一筋の涙を流す。
「すまない……君を守ることができなかった」
んんん? 守るって言うか殺しちゃってるんだけど。
アイギスはギャンブル狂いの亡骸を抱えて、他の秘密警察たちを見回す。
「諸君、仇討ちだ。仲間をこんな姿にされた恨みは私たちが晴らす!」
こんな姿にしたのはお前じゃ……
いや、こんな姿にしなければならなくなった原因を作ったのは例の金貸しということになるのか?
まぁどっちでも良いや。金貸し探しは秘密警察達に任せるとしよう。
なにやら作戦会議が始まったので、俺はいそいそと教会を出た。
面倒ごとに巻き込まれてはかなわない……どうして奴らは教会を集会所扱いするんだ?
とはいっても行くあてもない。
俺はいつものように市場をふらついて時間を潰す。
なんだか街が浮足立っているな。近々祭りがあるらしく、花や紙で作った飾りが目に付く。武器屋に飾られた凶悪な形の武器の数々も花で飾れば可愛く……なってるのか……?
花冠で飾り立てられたアイアンメイデンをまじまじ見ていると、リリーが恐る恐ると言った風に声をかけてきた。
「お、おい神官さん。あの女は……?」
うっ……
そういえば催眠術的なものに掛かった時、リリーにも会ってたんだったな。
狂人扱いはゴメンだ。俺は懇切丁寧にあの時の状況と、現在はあの女から解放されていることを説明する。
するとリリーは腫れ物に触るような態度から一転、安堵の表情を浮かべて言った。
「良かったよ、正気に戻って……いや、最初から正気ではないけど」
あんだとぉ? 俺を他の勇者共と一緒にするな、この不良少女め〜。
そんな事など露知らず、リリーは安堵からか急に饒舌になる。
「あんな気味悪い女連れてんなよな。急にあんな名前呼ぶからビビったし」
「あんな名前って」
あの女の――メルンの言葉が脳裏をよぎる。
『アマリリス! アマリリス! 許さない、お前のせいで』
確かにヤツはその名をしきりに呼んでいた。
俺には覚えのない名だったのだが。
「心当たりがあるんですか? 誰なんです。その“アマリリス”って」
「え? ……あ、いや。べつに。あんな頭おかしい女の言うことなんか真に受けんなよ神官さん」
「ふうん?」
分かりやすいヤツだ。目が泳いでる。
まぁ何かあるんだろうが、深くは聞くまい。
俺には関係ないしね。