「こ、殺された……また……殺された……」
ふう、大変だった。何が大変って、庭から掘り出すのが大変だった。
リエールめ、あんな深くに埋めやがって……。
どうやらメルンはあまり殺され慣れていないようだ。
完璧に蘇生したにも拘わらず、メルンは死の恐怖にガタガタと震えている。
俺はメルンに尋ねる。
「どうします? この街を離れる手もあります。王都の方にいけばもう少し穏やかな生活はできるかと。ここにいればああいったトラブルに巻き込まれる事は少なくありません」
しかし、メルンは頑なだ。
「いやだ。ここは私の街だもん。別のところへ行く気はない」
ならばこの街にも慣れていかなくてはなるまい。
見せなくては。気は進まないが、この街を作り上げた先人にここの惨状を。
*****
教会に降り注ぐ血と肉片の雨。屋内にも拘わらずびしょ濡れだ。
蘇生させたそばから駆け出す勇者たち。今日はどこかで大規模作戦をやっているらしい。
「神官さん早く早く! 倒されちゃうよ」
「ふざけんな、こっちが先だよ!」
「へへ、お先に~」
フェーゲフォイアー名物、蘇生アタック。その名の通り突撃しては死に、突撃しては死にを集団で繰り返すゴリ押し戦法である。
有効な術ではあるが、俺の負担がデカすぎる。勇者たちも死にすぎて変なテンションになるという諸刃の剣だ。しかし他に強力な魔物を倒す有力な手段がないので、俺たちはこの戦法に頼るほかない。
「異常だよ」
教会の隅で小さくなっているメルンが、血生臭さに顔を顰めながら首を振る。
曰く、昔はこんなに人がバタバタ死ぬことはなかったんだそうだ。
「そりゃあ、今は蘇生技術もだいぶ進んでいるんだろうけど。でもこんなに短時間のうちにバタバタ死んで良いはずないじゃん。人として大事な何かを失うよ」
ほんとそれなんだよなぁ。
庭に埋められるレベルの異端勇者メルンでこれか。昔の勇者の方がだいぶマシな感性をしていたようだ……
さて、日が傾いてくると教会に降り注ぐ肉片の勢いが随分と落ちてきた。
メルンは教会にこもった血の匂いに嫌気がさしたらしく、中庭に出ている。
「メルン、だいたい片付きました。出かけますよ」
「あ……パパ……これ……」
「ん?」
メルンが怯えた表情で見上げているのは、何の変哲もない魔族のマーガレットちゃんである。
「い、今って……ま、魔物を庭に植えるのが普通なの?」
「ええ、普通ですよ」
俺は嘘を吐いた。そこに躊躇いはなかった。
「怖がることはありません。普通はちょっかいかけなければ何もしてきませんし、たとえちょっかいかけたとしても軽くあしらわれる程度で殺されはしません。普通は。ね? マーガレットちゃん」
マーガレットちゃんは相変わらずの植物的無表情だが、俺の言葉を肯定するようにツタを伸ばしてくる。
しゅるしゅると巻き付いたツタが俺の足をふわりと浮かせ、花弁の中に佇むマーガレットちゃん本体の元へ引き寄せる。彼女は血に濡れた俺の体に厭うことなく腕をまわし、いつものように頬ずりをする。
俺はメルンを見下ろして言う。
「ね?」
メルンは蒼い顔で小刻みに震えるだけだった。
******
すっかり日も暮れ、辺りはすっかり薄暗くなった。
この街が賑わうのは、昼よりもむしろ日の落ちた夜である。
昼間冒険に出かけていた勇者たちが帰ってきて、冒険で稼いだ金が酒代に消えていく。
あちこちで殴り合いの喧嘩をおっぱじめ、時には刃傷沙汰をも厭わない。
「気を付けてくださいねメルン。夜は特に治安が悪い。絡まれても相手しないことですよ」
「分かってるよ、パパ」
メルンは千鳥足の酔っ払いを軽いステップで避けながら言う。
ま、酒で人間がダメになるのは太古の昔からの習性のようなもの。今も昔もそうは変わらないだろう。
問題は素面の状態でダメな人間の方である……
「……ん?」
メルンの足が不意に止まる。
彼女の通行を妨げる人間がいるからだ。メルンが右に行けば右に、左へ行けば同じように左に。
あぁ、厄介なヤツに目を付けられた。
「な、なに?」
メルンの問いかけに、腕を組んだハンバートが吐き捨てるように言った。
「僕は幼女を愛している」
「は?」
急な性癖の暴露にメルンの思考が停止したようだ。
しかしハンバートは恥ずかしげもなく、それがさも当然であるかのように続ける。
「だから僕は偽りの幼女が大嫌いなんだよ。パパ、パパなんて聞こえてくるから幼女だと思って人混みの中をかき分けてきたって言うのに……幼女を騙る魔女め、恥ずかしくないのか!」
逆になぜお前は恥ずかしくないんだ?
「パパぁ……」
得体のしれない未知の変態との遭遇に怯え、縋ってくるメルン。
その仕草がヤツの琴線に触れたのだろうか。彼女を見下ろしながら、ハンバートがピクリと眉を動かす。
「ほう、なるほど……まぁ、モノは試しだ。ちょっとやってみてくれ」
「な、なにを?」
ハンバートが懐からナイフを取り出す。
「僕をパパと呼びながらこれで刺し殺してくれ」
メルンがさらに強く俺に縋りつく。
俺は静かに首を振った。
「目を合わせてはいけません」
二人して変態の圧に気圧されていると、渡りに船とばかりに声をかけてくる者がいた。オリヴィエだ。
「ちょっと、なに絡んでるんですか?」
あっ、違う。女装状態だ。オリヴィエではなくオリヴィアちゃんと呼ぶべきだろうか……
ということは、今日はおぞましい“バイト”の日か。
「ちゃんと屋敷にいてくださいよ。呼ばれたからわざわざ来てるのに……ってうわ、あのときの」
メルンに気付いたオリヴィエがあからさまにギョッとした表情を浮かべる。
しかしさすがは優等生。すぐに表情を取り繕い、小綺麗な顔にやや硬めの笑顔を張り付けて言った。
「あ、えっと。まぁ今後一緒に戦う事もあると思うので……よろしくお願いします」
軽い会釈で返しながら、メルンは俺に耳打ちする。
「良かった。ちゃんとまともな人いるんだ。可愛い女の子だね」
「男です」
「え?」
オリヴィエが腰に手をやり、仁王立ちになってハンバートを睨む。
やはりどこからどう見ても女の子にしか見えないが、容赦なく繰り出される蹴りは完全に男のそれである。
みぞおちにぶち込まれたハンバートはたまらず地面に膝をつく。
「おえ……げっほごほほ」
「えぇ? なに言ってるんですか、公衆の面前ですよ」
「ごっふ、おうぇっふ」
「はぁ、くだらないことばっかり言って……早く屋敷に戻りますよ。もう時給発生してますし、時間過ぎたら割増しで延長料金取りますからね」
訓練を積んだ変態は嗚咽で会話できるようだ。心配なのはむしろ、それを聞き取れるレベルに到達したオリヴィエである。
オリヴィエは柔らかな物腰で俺たちに短く別れの挨拶をすると、ふらつくハンバートに短剣をぶち込みながら去っていく。
「な、なに? 何やってるの?」
メルンが怯えた顔で小さくなっていく二人の背中を見送る。
生憎、俺に変態どものプレイを説明できる度胸も理解度もない……
*****
「……やっぱりこの街、私が支配したほうが良いんじゃないかな」
教会へ戻るなり、メルンがポツリと漏らした。
まぁね。俺は同意したくなるのをかろうじて堪える。
「神の御前で物騒なことを言うものではありません。神の教えに背くような真似さえしなければ、私は貴方の再起を応援しますよ」
それっぽい事を言ってお茶を濁した。
まぁ女神様は勇者殺しの蔓延しているこの街を放置してるので、もう神の教えってなんだよ状態だけどね。
だが神に黙認されたこの街の惨状を前にしてもなお、メルンはここを出る気はないようだ。
「この時代に蘇生された意味が分かった気がする」
メルンはもはやインテリア兼罠の起動スイッチと化している女神像を見上げる。
なにか使命的なものを見つけたらしい。
まぁ教会が燃え落ちてたまたま死体が見つかっただけなのだが、メルンがそう信じるなら俺はなにも言うまい。信仰とは己の中にあるものだ。
「じゃ、私は部屋に戻るので。メルンも適当な時間になったらさっさと明かり消して寝るんですよ」
俺は教会の扉を施錠し、さっさと自室に入ろうとしたが止められた。メルンが俺の神官服を掴んで言う。
「暗いと不安になるの。明かりつけてちゃダメ?」
「ダメです」
俺は即答した。
基本的に夜は教会を締めるが、明かりがついていると勇者たちが虫のように教会に入ってきてしまう。俺が起きていると思って、蘇生させろだのなんだとの言ってくるのである。
深夜にたたき起こされて酔っ払いの喧嘩の末に死んだアホを蘇生させるなどまっぴらだ。
しかしメルンは深刻な表情で言う。
「だって怖いんだもん……あの女がまた来るんじゃないかって」
「宿屋のババアはもう現役じゃないんですから、そんなことしませんよ」
「違うよ。あの派手な髪色の……」
あぁ……パステルイカれ女がメルンのトラウマを更新している……。
まぁ過去に囚われるより良いな。
俺はポジティブに考えることにした。
「メルンならリエールにも勝てます。この前は精神的ショックで油断していただけでしょう」
「そ、そうだけど……でも怖いの!」
メルンはそう言って窓を見る。
外は酷い雨で、窓を叩きつける雨音がうるさいくらいだ。時折遠くで空が光っている。
今夜は荒れた天気になりそうだ。
そう言えば、あの時も雷雨だったな。
「……じゃあお願い、寝付くまでで良いから部屋にいて」
えぇ?
お前たまにホント子供みたいなこと言うなぁ。呪いの影響か、もしくは元々そういう娘なのか。
そもそも俺が部屋にいたところで、本当にリエールが襲ってきたらなんの役にも立たない。多分隅っこで震える事しかできない。女神像でも置いておいた方が幾分マシなくらいである。まぁリエールが偶像の前での殺しを躊躇うほど信心深いとは思えないが。
それを説明しても、メルンは全く引かない。
「じゃあ明かりつける」
も~!
仕方がない。俺は渋々頷いた。
「分かりましたよ。寝るまで見ててあげますから、すぐ支度してベッドに入りなさい。十分経ったら行きます」
俺の言葉に安堵したように、メルンの表情が和らぐ。
まったく、メルンにも困ったものだ。
*****
おっと、色々準備をしていたら忘れていた。
メルンと約束した十分を少し過ぎている。
こんなことで癇癪でも起こされたら敵わない。俺は急いで部屋に向かう。
扉は閉まっていた。ノックをするが、返事はない。
「入りますよ」
客室の扉を開ける。なんだ、明かり消してるじゃないか。
もう寝たのか?
「メルン?」
外から漏れる光を頼りに、俺はメルンの顔を覗き込む。
毛布にくるまっていたメルンが、俺の腕を掴んだ。
「すみませんって、でもちゃんと来たんだからそんな怒らなくても……」
「大丈夫、怒ってないよ。ユリウス」
瞬間、全身が総毛立つ。心臓が胸腔の中で暴れまわる。
やめろ。やめてくれ。悪い冗談は。いくらなんでも二日連続はキツイ……
しかし俺の願いも虚しく、毛布の中からぬっと現れて視界を染めたのはおぞましきパステルカラーだった。
「ひいっ!?」
な、なぜリエールがここに。
俺は腰を抜かして床に座り込み、ガタガタ震える事しかできない。
こちらを見下ろし、リエールはパステルカラーの瞳を細める。
「お仕事なのは分かるけど、あんまり女の子を軽々しく泊めるのは感心しないな。私は気にしないけど周りの人が変な風に思うかもしれないから」
俺の手首を掴むリエールの腕に力がこもる。
なにか生温いものが俺の腕を伝う。ぬるりとした感触。
腕に目を凝らす。暗くて良く見えない。
それに気づいたのか。リエールがハッとした表情を浮かべ、口元にまで毛布を引き上げた。
恥じらうようにもじもじとしながら、潤んだ瞳をこちらに向ける。
「ご、ごめん……シーツ汚しちゃった」
ガラスを叩き割るような雷鳴が鳴り響き、窓から射し込んだ強い稲光が一瞬だけ部屋を照らす。
ここで惨劇があったのは明らかだった。
汚しちゃったとかのレベルじゃねぇよ。地獄かよ。
ん?
ベッドの下にスコップが押し込まれている。倉庫の奥深くに封印しておいたはずなのに……
リエールがニッコリと微笑む。
「眠れないみたいだったから、私が寝かしつけといてあげたよ」
メルンのトラウマアルバムに新たなページが追加されたようだ……