「ふざけんな!!」
おやおや。久々に自由に動く手足を手に入れられたのがよほど嬉しいと見える。
思わず抱きしめたくなるふわふわの毛と引き換えに褐色の肌が眩しいナイスバディを取り戻したロージャさんが、その長い手足を存分に振るって教会を滅茶苦茶にしていた。
「なんで私ばっかりこんな目に合わなきゃなんないの!?」
「お、落ち着いてよロージャ」
「近寄んな!」
黒焦げの焼死体から復活したばかりのルイが暴れまわるロージャをなんとか宥めようとしては返り討ちにあっている。久々の再会を喜ぶ暇もない。
ロージャはヒステリックに喚きながら教会の本棚を蹴り倒す。
「もう本ッ当最悪! 星はなくすし、変な呪いはかけられるし、アンタは呪いを解こうとするどころかニヤニヤしながら話しかけてくるし」
「いや、そ、それはさ」
「ああぁぁぁ!! 近寄んなって言ってるでしょ!? アンタの顔なんて見たくない。言っとくけどね、ぬいぐるみになってた時だって意識はずっとハッキリしてたんだから。逃げられも動けもしない私の前でアンタがどんな醜態を見せたか街の奴らに言って聞かせてやりたいわ」
「う……うぅ……」
あぁ、罵倒に次ぐ罵倒によりルイ君のHPが削れていく……
っていうかルイくんぬいぐるみロージャに何やったんだ? いや、やめよう。人の闇にむやみに立ち入るものではない。
そしてロージャは瀕死のルイ君にとどめとばかりに吐き捨てた。
「だいたいね、私はアンタが優秀な勇者だって言うからパーティに入ったの。なんか勝手に彼氏ヅラしてたけどアンタの女になった覚えないんだけど」
へぇ、精神的ショックで気絶するってフィクションの世界だけの話じゃなかったんだな。
俺は白目を剥き泡を吹いて床に倒れたルイ君を見下ろし、驚きを通り越して感心してしまった。
まぁなんでも良いけど、教会で暴れるのはやめてほしいね。
俺はロージャが蹴り倒した本棚を元に戻そうとしたが、腰がいかれそうだったのでやめた。クソが、本が滅茶苦茶だ。俺のバイブル、“洗脳古今東西”も見当たらん。仕方ない。あとで秘密警察辺りに片付けてもらうとして。
「ロージャ、せっかく自由の身になれたのですから好きな場所に行っていいんですよ。ここにいるとまたいつどうにかなるとも限りませんから……」
俺は遠回しにロージャに警告をする。
ぬいぐるみからの復活がパステルイカれ女の耳に入ったらどうなってしまうか分からん。早く教会から出ていってほしいという気持ちが無いといえば嘘になるが、善意からの言葉であることには違いない。
しかし俺の善意はどういう訳かいつも空回りしてしまうようだ。
ロージャは俺を釣りあがった目でキッと睨みつける。
「白々しい事を……!」
えっ、なんで俺が怒られんの?
キョトンとしていると、その仕草もロージャの逆鱗に触れたらしい。親の敵にでも会ったような剣幕で捲し立ててくる。
「お前があの女をけしかけたのは分かってるんだから! この卑怯者! だいたい、アンタに会ってからロクなことがないのよ。この疫病神官!」
おいおい、濡れ衣も良いとこだぜ。
大方、パステルイカれ女が俺のことでも喋りながら事に及んだんだろう。俺を監禁して拷問しようとした罰だとか言ったのかもな。酷い誤解である。
しかし誤解を解く暇もなく、また教会に事態をややこしくさせそうな人間が飛び込んできた。
「ロ……ロージャ?」
ルイがまた焼かれたと聞いてすっ飛んできたのだろう。息を弾ませたユライがロージャを前に信じられないとばかりに立ち尽くす。
「お前……もとに戻ったのか」
ロージャはへらりと笑い、ユライを指差す。
「お前も同罪だよ、無能」
言い放ち、そしてロージャは教会の真ん中で踊るようにくるりと回った。
「みんなみんな同罪だから。そう、この街に来てから何もかもおかしくなった。許さない。この街もあんた達も!」
相変わらず泡をふいて気を失っているルイを蹴飛ばし、ロージャは肩を怒らせて教会を去っていく。
静まり返った教会に、閉まった扉の向こうから漏れ聞こえる声が響く。
「貴方は神を信じますか?」
「うるせー!!」
一瞬の沈黙のあと、外からメルンが入ってきた。また怪しげな活動をしていたらしい。
教会の近くではやるなと言っておいたのに、まったく。しかし困ったことに、メルンには全く悪気がない。
「大丈夫? パパ。あの人凄く怒ってたね。あぁいう人にこそ、私の集会に来てほしいのにな」
メルンがなにやら厚い本を抱え、聖母のような微笑みを意気消沈したルイとユライに向ける。
ん? あの本、どこかで。
「みなさんもどうですか? 私と神の教えと愛と平和について語らいませんか?」
「愛……」
そう呟くと、ルイがのそのそと立ち上がる。
そして虚ろな目でメルンを見た。
「連れて行ってください」
「はぁい。一名様ご案内~」
メルンは輝く笑顔を浮かべながら、弾むような足取りで歩いていく。メルンに腕を掴まれたルイもまた、風船のようにふわふわと教会を出ていく。
「あ、ルイ……」
小さくなっていくルイの背中に伸ばしたユライの手は、彼らの姿が教会の扉によって隠れると糸が切れたように力なく下ろされた。
多分、心の壊れたルイにかける言葉が見当たらなかったのだろう。
ユライは悲しげに、そしてどこか安堵したような表情でこちらを見る。
「今のルイには心の拠り所が必要なのかもしれないな……ルイをよろしくお願いします、神官さん」
「は? 知りませんよ。なんで私に言うんです」
ユライはキョトンとした表情を浮かべる。多分俺もキョトンとした表情をしているはずだ。
アホ面を浮かべた成人男性が二人、見つめ合うこと数秒。世界一無駄な時間である。
ユライが口を開いた。
「だってアレ、教会がやってる集会じゃないのか。礼拝みたいな」
「いいえ。私も教会も全く関与していません」
「で、でもさっきの人、神官さんのこと“パパ”って。シスターとかブラザーとかそういう感覚の呼び名なんじゃ」
あぁ、もしかしてコイツ祭りの時いなかったのか?
まぁ凄まじい騒ぎだったとはいえ、フェーゲフォイアーでは騒ぎなどありふれている。それほど話題にもならなかったのかもな。
俺は何も知らない哀れな子羊が分かるよう、メルンについて端的に説明をした。
「彼女は特に面識もなかった私を何の脈絡もなく父親扱いしています」
「ヤ、ヤベェ女じゃん……!」
事の重大さに気付いたらしいユライの表情が変わる。
「そんな女が開いてる集会にルイは行ったのか? それって大丈夫な集会?」
は? お前何言ってんだよ。俺が何か言うまでもない。お前だって腐っても元星持ちだろ。いろんな経験をしてきたはずだ。その経験をもとに見りゃ分かんだろ。
そしてヤツがまるで聖書のように恭しく抱えていた分厚い本――あれは聖書であって聖書じゃない。俺の聖書、“洗脳古今東西”である。なくなったと思っていたら、メルンが持っていたのか。
俺は力なく微笑んだ。
大丈夫じゃねぇ集会に決まってんだろ。