「ルイ! ルイ、出てきてくれよ!」
ガンガンと扉を叩くユライ。
上には「フェーゲフォイアー集会所」と銘打たれた看板が掲げられている。
ルイがメルンに連行されて数日。あれからルイはユライの元に戻っていないとのこと。しばらくは大人しく帰りを待っていたようだが、とうとう業を煮やしたユライはメルンの集会所に突撃したわけだ。
しかし扉は固く閉ざされ、ユライの要求を拒み続けている。
「クソッ、なんでこんな……」
固く握った拳で扉を殴りつけ、そのまま項垂れるユライ。
だがユライは一人ではない。ユライのしょぼくれた背中を囲むようにして、秘密警察達がザッと集結した。
「お、お前ら」
振り返り、目を見張るユライに秘密警察達が頼もしい微笑みを向ける。
「我々が来たからにはもう安心だ。下がっていなさい」
そしてユライを下がらせた秘密警察は半ば殴りつけるようにして扉をノックする。
「秘密警察だ! 貴様らには複数の勇者を誘拐・監禁している容疑が掛かっている。今すぐにここを開けなさい!」
相変わらず集会所から応答はない。話し合いに応じないなら、次は強硬手段に及ぶしかない。
秘密警察は互いに目配せして得物に手をやり、そして扉を蹴破ろうとしてできなかった。
扉すげぇ頑丈。秘密警察が足を抱えて地面を転がる。
「痛ぁい!! 神官さん!!」
チッ、無駄にカッコつけた挙げ句このザマか。仕方ねぇな無能共め。
例によって秘密警察達にえっさえっさと連行されて来た俺は、渋々閉ざされた扉に向かって声を上げる。
「メルーン、開けてくださーい」
「パパ!」
開いた。
「集会に出てくれるの?」
「いえ。なんかね、最近街で勇者の行方不明が増えてるらしいんですよね。で、ここに監禁されているんじゃないかってみんなが疑うものですから。いや、私はそんなこと思ってませんけどね?」
「そっか……悲しいな。私はこの街が平和になるよう必死にやっているだけなのに」
メルンは目を伏せながら、小さくため息を吐く。
心からの言葉に聞こえたが、秘密警察達はそうは思わなかったようだ。
「なにを白々しい事を。勇者を操り、監禁したところで街は平和にはならない!」
もっともらしい事を言う秘密警察を、メルンはキョトンとした表情で見つめ、そしてクスクスと笑いだした。
「監禁だなんて。みんな私の考えに賛同して、ここに留まってるんだよ?」
そこまで言って、メルンの顔から急に笑顔が消えた。
「神は我々人間が争うことを望んでいません。手を取り合い、共に魔物を滅ぼさなくてはならない。同士討ちなんてしてる余裕はない。そうでしょう? なのに貴方たちときたら、首を刎ねる事でしか事件を解決できないそうですね」
全く以ってその通りである。
痛いところを突かれた秘密警察達が口をモゴモゴとしている。今のところ意味を持ったセリフは出てこないようだ。しびれを切らしたメルンがなにやら奥に引っ込んで声を上げる。
しばらくすると、扉の前にぞろぞろと“行方不明の勇者たち”が姿を現した。
「さぁ同志たち。この集会所に不満のある者はどうぞここを立ち去って下さい」
しかし勇者たちは集会所を出ようとはしない。喧嘩を繰り返していた気性の荒い勇者も、ツボカジノにドハマリして首が回らなくなった勇者も、酒浸りになってパーティメンバーに愛想を尽かされた勇者も――トラブルメーカーばかりにも拘わらず、みんなみんな穏やかな表情でメルンの周りに佇んでいる。
中にはよく見た顔もあった。
「ルイ!」
駆け寄ろうとするユライ。しかしメルンが立ち塞がり、集会所への侵入を阻止する。
「彼は心に酷い傷を負っています。まだ俗世に返すわけにはいきません。大丈夫、私たちの集会には同じような経験をした方々が集まっています。安心して私に任せてください」
「ふざけんな! なぁルイ、話なら俺が聞くから。戻ってきてくれよ。俺はお前がいないと……」
ルイが顔を上げる。
一見穏やかな表情だが、目はガラス玉のように生気を感じさせず、その顔はまるで人形のように表情がない。
そしてルイが口を開くより早く、メルンが首を振る。
「彼は今、一人では抱えきれないほどの悲しみを背負っています。今までとは違う暮らしをしないと。違う人間と話をし、違うコミュニティに身を置くのです。そうでなければ、彼はきっとまた同じことを繰り返します」
ルイの体がビクリと震える。うつむき、俺たちに背中を向けた。
「ルイ……?」
ユライの呼び掛けに、ルイは変な角度に首を曲げて振り返る。
「ごめん……俺、ちょっとだけ行ってくるから。なにかしてないと、気が狂いそうなんだ」
そのあとはユライがなにを言っても、もうルイには届かなかった。扉は固く閉ざされ、再び開くことはなかった。
取り残されたユライは、イラつきとやり切れなさをぶつけるようにして俺に向き直る。
「あれ、例の変なスキルなんじゃねぇのか!? あの糸で操られるってやつ!」
ユライはあれからメルンのことについて聞いて回ったらしい。スキルのことも知っているのか。
しかしルイのあの様子はメルンの特殊能力によるものではない。
「糸は見えませんでしたし、スキルを使っていないのであれば私たちがどうこう言えることではありません。本人の意思で留まっているルイを引っ張り出せば、それこそ拉致監禁ですよ」
しかしユライは現実を素直に受け止められないようだ。
「神官さん……まさかあんたまで操られてるんじゃないだろうな」
は? 操られてねぇよ。
いや、操られてんのか? 分からん。術にハマっていた時は俺はメルンを完全に娘だと信じて疑ってなかったからな。今操られていないと胸を張って言えない。自信なくなってきた……
そう、この世に確かなことなど何もないのだ。
俺は明言を避け、俺を担ぐ秘密警察たちの肩を二度ポンポンと叩く。
すると秘密警察たちは教会に向かってえっさえっさと走り出す。
「おい待て! なんか言えよ。ちょっ……逃げんな!」
逃げてなどいない。明言を避けたのである。
*****
ま、ルイの心のケアはメルンに任せるとして。
不安なのはリンだなぁ。元カノの名前言っちゃった事件以来街には来ていないようだが、ヤツの動きは予想できない。ヤケになって街を襲ったりしないと良いのだが。
「神官様……それ、カタリナですか?」
教会を訪れたオリヴィエが蘇生途中の肉片を遠巻きに眺めながら尋ねる。
俺は首を横に振った。
「いや、多分違いますね。原型留めてませんが、この死体は男です。カタリナをお探しですか? うちには来てませんが」
「そうですか。朝から姿が見えないのでまたどっかで死んでるのかと思ったんですが……どこ行ったのかなぁ、あのバカは」
ふうん、カタリナが行方不明か。
……まさかメルンのとこか? いや、集会所にカタリナの姿は見えなかったが。
まぁヤツのことだ。どっかで死にかけているのかもな。
「仕方ないなぁ……すみません神官様。これからリエールと二人で冒険行ってくるので、もしカタリナが来たらそう伝えて下さい」
そう言って、オリヴィエは教会を後にする。
アイツよくパステルイカれ女と二人で冒険なんかできるな……
さて、そんな事より蘇生の続きをしないと。
俺は蘇生途中の肉片に向き直る。
「捕まえた」
「……え?」
背後からの声に咄嗟に振り向こうとする。が、声の主を視界におさめる前に頭に強い衝撃が走った。
「うっ……」
瞬間、視界が暗転する。
なんで俺がこんな目に。一体誰がこんな事を。
それを考える暇もなく、意識は暗闇の底に沈んでいった。