「お次の商品はこちら! 勇者セット神官付きでごさいます」
わぁ、ホントに売られてるよ俺ら。
っていうか俺コイツらの付属品扱いなの? そのへんはちょっと不服だわ。
不死身だの殺し放題だの司会の物騒な売り文句を流し聞きながら、俺はステージの上から客席を見る。
強いライトに目を細めながら、カタリナが思わずと言った風に呟いた。
「うわっ、本当に教会ですね……」
職人の魂を感じる細かな彫りこみの女神像、豪華絢爛なステンドグラス、べっ甲のように輝く祭壇。
俺たちが運び込まれていた殺風景な部屋が倉庫か死体安置所だとすると、ここは礼拝堂ってとこか。ステージを取り囲むように、階段状に椅子が並べられている。
皮肉なもんだ。
かつては神官のありがたい話を聞くためにあったホールが、今は神官を売り飛ばすのに使われている。
しかし闇オークションなんて言う割に、随分目立つ場所でやっているんだな。
……望めるか? 助け。
教会から俺がいなくなったことは早々に発覚したはずだ。きっと今頃、みんなが必死になって俺を探しているに違いない。
脱走を諦めた今、俺たちは助けを求めて祈るしかないのだ。幸いここは教会だ。祈り放題である……。
さて、俺たちが祈っている間にオークションは進んでいく。
俺たちにとっては人生を左右する大ピンチだが、席を埋める客たちにとっては退屈な商品の一つでしかないらしい。悲しい事に俺たちを競り落としたいと値段を提示する者は少なく、ハンバートと例のマッド男の一騎打ちとなった。
それはすなわち、今後の俺の職務がマゾ変態のとこで変態プレイの手伝いをさせられるか、マッドのとこでマッド研究の手伝いをさせられるかの二択に絞られたということである。
ハンバートが余裕綽々に札を掲げるのが見える。六十番だ。
「百」
マッドは大富豪に果敢にも挑んでいく。九八番の札を掲げる。
「百五!」
「五百」
「えっ……ご、五百五」
「千」
「せん!? えっと、千……五」
マッド君の勇気には感心するが、やはり金がモノを言う世界でハンバートは強い。
どうやら俺の進路が決まったようだ。
「六十番の方! 二千で落札です!」
二千かぁ……二千って金貨二千枚ってことだよな? いや、そりゃあ普通の人間がポンと出せる額ではないけど、人間の値段ってこんなもんなのか?
あれだな。俺の値段が千九百で、他の奴らが百って内訳だな。
にしても変態に買われるとは。俺やっていけるかなぁ……いや、待てよ。
今の教会よりはホワイトな職場かもしれない。ポジティブに言えば金持ちの専属神官ってことだし。日々の仕事量もグッと減るだろう。
まぁ転職というのは不安がつきものだが、これもなにかの縁。幸い知人たちも一緒だし……そういえばアイツらはハンバートのとこで何するんだ?
疑問の答えはハンバート本人によってすぐに提示された。
「あ、勇者たちは不要だからもし良ければ九八番に譲るよ」
さすが、金持ちは余裕だ。せっかく競り落とした勇者をその場で手放すとは。
どうやら勇者たちとはここでお別れのようだ。
「し、神官さぁん」
カタリナと秘密警察が泣きそうな顔でこちらを見てくる。確かに彼らにとってあのマッドは最悪の買い手だ。
だけど……こんな時だからこそ、俺は笑顔でお別れが言いたい。
「行く道は違えど、お互い頑張りましょうね」
「他人事だと思って!」
だって仕方ないだろぉ、俺だって嫌だけどさ。どうしようもないんだよぉ。
取り敢えず引き取り先が決まった俺から、カートに載せられて奥へと運ばれていく。
客席から怒声が聞こえる。勇者の引き取り先についてなにやらモメてるらしい。
「譲るだと!? 馬鹿にしやがって! ジッパー!」
おっ、マッドがキレてんな。
ん……? なんか舞台の方が騒がしいぞ。檻がひっくり返るような金属音に、日常生活で上げるレベルを超えた悲鳴。
「キャーッ!」
「逃げろッ!」
「押すな押すな」
「あっ……首が……」
えっなに? 首? こわいこわい。
「ちょっ……大丈夫ですかね?」
不安のあまり、思わず俺の乗ったカートを押す警備員らしき人間に尋ねてみる。が、その顔を見ると不安なんて吹っ飛んでしまった。
「オリヴィエ!」
帽子を深くかぶったオリヴィエがニッと笑う。
「お怪我はありませんか? もう大丈夫ですから」
あぁ……まるで天使みたいだな、お前は。
女神なんかよりよほど拝みたくなる神々しさだぜ。
ちゃんと救出作戦が動いていたんだな。ってことは舞台上での騒ぎも勇者たちによるものか。
俺は檻の中でくつろいだ。もう負ける気がしねぇわ。
「ユリウスっ……!」
「ひっ」
俺は秒で居住まいを正した。今まで感じていたのとは違う種類の恐怖が襲ってくる。
こちらへ駆け寄ってくるパステルカラーに、半ば反射的に震えが発生する。
「大丈夫だった? 大変だったね」
檻の中を覗き込む潤んだパステルカラーの瞳が揺れる。
いや、大丈夫だ。落ち着け落ち着け。フェーゲフォイアーの有志たちが助けに来てくれたんだ。リエールがいても不思議じゃない。
リエールが立ち上がり、オリヴィエとなにやらこそこそ話しだす。
「じゃあオリヴィエ、あとはお願いね」
「うん。任せて。そっちも頑張って。お幸せに」
えっ、なに?
いや、作戦が色々あるのは分かるよ。でもさ、一体どんな作戦立ててたら「お幸せに」なんてセリフが出るんだ?
おや? カートの繰り手がオリヴィエからパステルイカれ女に移る。
嫌な感じだ。凄く嫌な感じだ。
「あのっ……ど、どこへ行くんですか?」
絞り出すように尋ねると、リエールが微笑む。
「教会にいたら、またいつあの女狐に攫われてしまうか分からないでしょ? 仕返しに来るかもしれないし、今回よりもっと酷い目に合わされるかもしれないよ。だからしばらく私と安全な場所に避難するの」
なにが避難だ! これ拉致だろ! 拉致に拉致を重ねるんじゃねぇよ!
「オ、オリヴィエ!」
俺はオリヴィエに助けを求める。
しかしオリヴィエは溶けるような満面の笑みで、助けを求める俺の手を払いのける。
「大丈夫です。マーガレットちゃんの世話は僕に任せてください。彼女も世話をする人間がいなくなれば僕に頼らざるを得なくなるでしょう……」
天使みたいな顔でなんてこというんだテメェ!
クソッ、くつろいでる場合じゃなかった。俺は檻の中でめちゃくちゃに声を上げる。
「ここです! ここにいます! 誰か助けて!」
「まだパニックが抜けないんだね」
「よほど酷い目に合わされたんですね、可哀想に……」
酷い目に合わされるのはこれからなんだよ! 白々しいこと言いやがって!
助けに来たのはまさかこのサイコ二人組だけなのか?
他にいないのかよ! もう誰でもいいから!
「神官くぅん」
あっ、誰か来た!
俺は希望を胸にバッと振り返る。
希望は潰えた。
「お待たせ! 約束通り迎えに来たよ」
マッドだ……