「ユリウス! 退院したのか、良かった良かった。そうだ、王都行ったんだってな。シャルルに会っ」
「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッツ!! ルッツ! ルッツルッツルッツ!!!」
俺は名を叫びながらヤツにズンズン迫る。
ルッツは小さく悲鳴を上げて足を止め、怯えた表情でこちらを見る。
「な、なんだよ。怖い怖い」
「ふざけんな怖いのは俺だよ。拉致られて肋骨折られてようやく帰宅したと思ったら家にド犯罪者がいたんだぞ」
「あ、はい。それはお気の毒だけど……」
俺には関係ないとばかりに困惑の表情を浮かべるルッツ。俺はヤツの肩を掴んで揺さぶった。
「お前だよ、お前お前お前お前!! お前のせいだろうが! なんで破門されたヤバい元神官が勇者の蘇生させて、お前がふらふら遊び歩いてんだよ」
「お、俺もちょっと手伝ったよぉ……?」
「嘘つくな!」
「だ、だってさぁ、あんなグズグズの死体蘇生できねぇよ。俺ハロワ神殿にしかいたことないから、蘇生とか実習以来やってないしさぁ……」
「チィッ!」
俺は盛大に舌打ちをかまし、ルッツの首根っこを引っ掴む。
「来い。今後俺になにかあったときのために特訓するから」
「えぇ……それ時間かかる? 俺これからバイトがイテテテテ」
*****
「蘇生の練習をするのにこの教会はうってつけだ。なにせ検体は文字通り湧いて出てくるからな。焼死、爆死、溺死、轢死、圧死、凍死、失血死、中毒死、窒息死、犬死……ありとあらゆる死に方をした勇者たちがやってくる。お前もすぐに蘇生マスターになれるぞ」
「最後のは死因とは違うんじゃ……」
ブツブツと文句を言うルッツと教会で待つこと数分。仕事はすぐにやってきた。
扉を開け放ったアイギスが、俺を見て固まる。
「し……神官さ……」
感極まったように口元に手をやり、目を潤ませるアイギス。
「神官さんっ……!」
涙がこぼれるのも構わず、こちらへ両腕を広げて駆け寄ってくる。
刹那脳裏をよぎるあの惨劇! 耳元に蘇る骨の砕ける音! 呼吸するたび身を震わせる痛み!
俺は手を突き出し、声を張り上げる。
「ステーイッ!! アイギスステイッ!!!」
両腕を広げた格好のままピタリと固まるアイギス。
感極まっての抱擁のつもりなのかもしれないが、俺には捕食直前の獣のようにしか見えない。
俺はフラッシュバックにより乱れた息を整え、アイギスへ静かに告げる。
「貴方は力が強いんですから、それを自覚しないといけませんよ」
「くうん……」
アイギスが肩を落としてしゅんとする。
まぁ彼女に悪気がないのは分かっている。責める気はないが、しつけ……じゃなかった。教育の必要があるのは間違いない。
まず気になるのは、アイギスの後ろにずらっと並んだ棺桶だ。
「で、その棺桶の山はなんです。大規模作戦があるとは聞いていませんでしたが」
するとアイギスは困ったような顔をして言った。
「いえ、みな秘密警察の隊員なんですが。訓練で少ししごいたら壊れてしまいました」
悲しきモンスターかよお前は……
まぁアイギスの切り口は滑らかで美しく、蘇生も簡単だ。初心者向けと言える。
俺はルッツに向き直って言った。
「じゃあやるぞ」
「オッケー。頑張れ。あっ、俺ジュース買ってこようかイテテテテ」
確かにルッツの蘇生学の成績は優秀とは言い難かった。まぁそれを言えばだいたいの教科で優秀とは言い難かったが、学生時代優秀だった奴が必ずしも社会に出て優秀な人材になるとは限らないし逆もまたしかり。
だがルッツに関しては、学生時代からあまり進歩が無いようだった。
「無理ィ。もう無理ですユリウス先生~」
ルッツが血塗れの手で俺の神官服に縋ってくる。
クソがっ、本当にその辺の神官学生以下だな。俺が十人かそこら蘇生させているうちに、ルッツはまだ一人の蘇生も終わっていない上に音を上げている。
なにやってんだもう、ぐちゃぐちゃにしやがって。蘇生前より損傷酷くさせてどうすんだ。
このままじゃ日が暮れる。渋々手を貸してやると、ヤツは感心したように言った。
「やっぱさ、人には向き不向きってもんがあると思うんだよね」
コイツ……
説教かましながら秘密警察の死体の山一体一体をコイツに蘇生させたいところだが、そんなことをしていたら死体はどんどんと降ってきて仕事の山はどこまでも高く高く積まれていく。結局絞めるのは自分の首だ。
くそっ、結局俺がほとんど蘇生させてしまった。
アイギスと再び地獄の訓練へ向かう秘密警察たちを見送る。おっかしいな〜蘇生させたはずなのに目が死んでるぞ〜
さて、次の訪問者は意外にも棺桶を連れてはいなかった。
「神官さん! よかった、思ってたより元気そうだ」
「貴方こそ。オークションの前よりも元気そうじゃないですか」
ルイだ。その表情は以前よりもずっと明るい。オークション会場でリンに焼き殺されていたが、あの後マッドに蘇生されたのだろう。
ユライも一緒だ。そして、ルイの腕には――
「随分、毛並みが良くなったんじゃありませんか?」
「へへ、分かる?」
ルイはそう言って、腕に抱いたキツネぬいぐるみを愛おしそうに撫でる。
どうやら“彼女”も救出されたらしい。恐らく、マッドより先にパステルイカれ女に見つかり処置を受けたのだろう。
これですべて元通り。ルイの精神状態も。
「見てよ、神官さん。機能もパワーアップしてるんだ。こう、お腹を押すと」
ルイがキツネのまるまるしたお腹をゆっくりと圧迫していく。
すると。
「ヤメ……ロ……」
その可愛らしい姿に似合わぬ、地獄の底から響いてくる亡者の如き声。
……腹話術、じゃないよな。
ルイは目を輝かせながらぬいぐるみを撫でまわす。
「ね? 喋るんだ」
「わぁ、本当に高機能ですねぇ~」
「コロス……ゼッタイコロス……」
呪詛の言葉を吐き続けるキツネという見慣れぬものを見たせいか、ルッツがガタガタと体を震わせながら俺の背中に隠れた。
「な、なぁユリウス。これは解呪の依頼か?」
「いや、どちらかというと蘇生案件だけど……今回はパーティメンバーからの依頼もないし見送りだな」
彼らは戻ってきた俺の様子を見に来てくれただけのようだった。
俺はルイの惚気話を聞き流し、キツネの呪詛の言葉を無視し、そして少し疲れた顔のユライを労わり、教会を去っていく彼らを見送った。
「残念だったなルッツ。まぁ、次はきっと死体がくるだろ」
「やだなぁ……俺、怖いの苦手なんだよ。普通の死体だといいけど……」
「なに言ってんだよ。神官が死体を怖がってどうすんだ。生きた人間が一番怖いんだぜ」
ほら。言っているそばから“生きた怖い人間”がやってきたぞ。
「神官様!? もう帰られてたんですね」
オリヴィエである……
相変わらず天使のような顔をしているが、ヤツがパステルイカれ女と組んで拉致の重ね塗りを仕掛けたことを俺は忘れていない。
俺は慌てて辺りを見回し、オリヴィエから少し後ずさる。
「……貴方のこと信用していませんよ」
「そんな、あんまりじゃないですか。僕ら誰よりも先に駆け付けたのに」
オリヴィエは誰もが同情したくなるような表情を浮かべて項垂れ、力なく首を振る。
だが、ヤツはすぐに顔を上げた。
「ま、それはそうと蘇生をお願いします」
そう言って、オリヴィエはカルガモの雛のように後ろにピッタリとくっついた棺桶に視線をやる。
カタリナか? いや。
「……ルッツ。早速練習です。やってみなさい」
「えぇ。俺ぇ?」
「他に死体が来たら私がやります。この勇者の蘇生を終えられたら、今日の授業は終わりにしましょう。一人ぐらい成功させてみせなさい」
「わ、分かったよ……てかなんで急に敬語なんだよ……」
ルッツがブツブツと文句を言いながら、その棺桶に手を掛ける。
……予想通り。棺桶の中はパステルカラーでいっぱいだった。
「……ッ」
「あー、この娘か。本当に俺やって良いの? お前と仲良いんだろ?」
「良いから! 早くやれ!」
「な、なんだよ。そんな怒んなくたっていいだろ。さっきから変だぞお前。大丈夫か?」
大丈夫なものか。
俺は遠巻きに棺桶の中のリエールを見る。幸い、それほど酷い傷はなさそうだ。蘇生難易度は高くない。
頑張れルッツ。病み上がり状態でのリエールはキツい……そうじゃなくとも、そいつにはできるだけ関わりたくないんだ。
棺桶の中のリエールを見下ろして、オリヴィエが気の毒そうに呟く。
「神官様がそろそろ帰ってくるって情報を聞きつけて、リエールは病み上がりの神官様を元気づけるために色々食材を集めていたんです。その途中で魔物に襲われて……」
「おっ、もしかしてこれ?」
ルッツが棺桶の中から革の袋をズルリと引きずり出し、よせば良いのに袋を開いて中から“食材”を取り出して見せる。
……しかし、それがなんなのか一目で理解することは難しかった。
「これ本当に食材? 黒魔術の道具じゃなくて?」
ルッツの言い分ももっともである。
俺は袋の中にごっちゃにされていた食材を摘まみ上げ、鑑別する。
「マンドラゴラ、カミコロシ亀、イモリの黒焼きに……このコロコロしたのは……木の実?」
「いえ、魔獣の睾丸です」
オリヴィエがサラリと言う。
なに食わす気だよ……
さて、そんなことより蘇生だ。ルッツが棺桶の中のリエールに手を伸ばす。しかしすぐに手を止めてしまった。
「お、おい。この子……」
俺は思わずビクリと体を震わせる。な、なんだ。また体にヤバいメッセージでも刻んでるのか。俺はショックが少ないよう、薄目で棺桶を覗き込む。
「な、なんて書いてる?」
「えっ、書いてるってなに?」
ルッツが困惑の表情で俺を見てる。どうやら俺が思っていたのとは違うらしい。
俺は改めてルッツに尋ねた。
「なんだよ一体。どうしたんだよ」
「いや、……いま動いたような」
はぁ? なにを言い出すのかと思ったら。
俺はビビリルッツを鼻で笑った。
「神官のくせに情けないな。死体が怖いのか?」
「ち、違ぇよ! 今たしかに……いや、分かったよ。作業進めるから」
ルッツは首を振りながら、再びリエールの死体に目を向ける。
「えっと、まず死因の特定だな。外傷はなさそうだけど……!?」
ルッツの動きが固まる。
俺の心臓も一瞬動きを止め、反動のようにバクバクと胸腔を跳ねまわる。
リエールの瞼が開いたのだ。
光を失ったパステルカラーの瞳が露わになる。俺は思わず息を呑んだ。
「ッ!?」
「ひっ……ユリウス!?」
「い、いや」
俺は一呼吸置き、平静を装う。
「死後硬直だよ。たまにある。筋肉が収縮して、瞼が開くんだ。見ろ。瞳孔が開いてるだろ?」
「そ、そっか。そうだよな。お前蘇生学の先生みたいだな」
「気が狂うほど蘇生し続けてるからな。続けるぞ。死因究明だ。ほら、傷は前面だけとは限らない。ちゃんと背面も見ろ。ひっくり返せ」
ルッツは曖昧な返事をしながら、そうっとリエールの体に手を伸ばす。
だがその手はリエールの体に触れる前にピタリと止まった。
「あ……あ……?」
ルッツの手首を掴む、蒼白い手。
リエールだ。まるで痴漢の手を掴むように、力強くルッツの手首を掴んでいる。
死んでる……よな? 俺は恐る恐るリエールの瞳を覗き込む。うん、死んでる。間違いなく死んでいる。はず……だが……
「なぁ! なぁこれ!」
ルッツがリエールの手を振り解こうと必死に腕を振っている。しかしリエールはなかなか手を離さない。
俺は彼女から目を逸らしながらなんとか言葉を振り絞る。
「あれだよ……死後硬直だよ……」
「んなわけあるか! この娘はお前が蘇生しろよ!」
「ふざけんな、練習になんないだろ。ゴチャゴチャ言わず早くやれよ!」
クソッ、どうなってんだ! このままじゃパステルイカれ女の蘇生をルッツに押し付ける計画が……
「……ユリウス」
「っ!?」
い、今リエールの声が。
「お、おい! 今喋ったろ! 今喋ったよなぁ!? ほら!! ご指名だよ!!」
「ふざけんな教会に指名とかねぇよ。ってか死体が指名すんじゃねぇ!!」
*****
……ネクロマンサーってさぁ、自分の死体すら操れるの?
もう理屈が良く分からない。
ルッツはテコでも動かないし、これ以上怪現象が起きるのも嫌なので結局俺が蘇生させた。
腕に絡みついたリエールが、じっとりした目でこちらを見上げる。
「自分の友達にさせようとするなんて……ユリウスの要望には応えたいけど、私そういうアブノーマルなのはあんまり好きじゃないな」
「ハイ……スミマセン……」
アブノーマルな蘇生ってなんだよ。アブノーマルなのはお前の存在だろ。
「はぁ、俺もう帰っていい? 今日の宿題やんなきゃだし……」
結局一体も蘇生させられなかったルッツ君が生意気にも帰ろうとしている!
俺はヤツの腕を掴み、詰め寄る。
「なんだよ宿題って。いつまで学生気分でいるんだよ!」
「いや、本当にあるんだよ宿題が。ほら!」
ルッツはそう言って懐からノートを取り出す。表紙に教会の紋章が刻まれている。
「なんだそれ」
「日記だよ。これをシャルルに提出してんだ」
「シャルルに……?」
俺の脳裏に、見舞いに来たシャルルの姿が浮かぶ。
……まさか。
俺はルッツの手からノートを掠め取る。
「ちょっ、や~め~ろ~よ~」
ルッツの制止を無視し、俺はヤツの日記をペラペラと捲る。
日記は日記でも、絵日記のようだ。
『〇月×日 ユリウスがなぞの植物に蜜をもらっていた。うまいのか? 植物、けっこうカワイイ』
『〇月☆日 ユリウスが火だるまの女の子と喋ってた。良く近付けるな。熱っい』
『〇月◆日 銀色のドロドロが街にやってきた。なんかユリウスに懐いてる。アイツはいつも変なヤツに好かれるんだよな』
雑な文章に下手な絵。
この体中から緑の線が生えた人間的なヤツ、マーガレットちゃんか?
この赤いインクで塗り潰された人間的なヤツはリン?
この人間的なヤツがいくつも飲み込まれた銀色の物体はジェノスラ?
「恥ずかしいからやめろってぇ!」
ルッツにノートを掠め取られた。
ノートを抱きしめて口を尖らせるルッツに恐る恐る尋ねる。
「な、なんだよそれ。なんで俺のことばっかり」
「当然だろ。ユリウス観察日記だもんこれ」
俺は言葉を失った。汗が額を伝う。
観察されてた……だと?