やれるだけの事はやった。
まず式典中は教会に人を近寄らせない。マーガレットちゃんには大人しくしているよう言った。伝わったかは分からないが、塀から体が出ないよう少し屈んでくれてたので多分大丈夫だ。
リンにも事情を説明してこの日だけは街に近付かないよう頼んでおいた。まぁ実際リンに事情を説明して頼んだのはルイだし、そのルイは荒地から物言わぬ焼死体となって教会に戻ってきたのだがそれはいつもの事なので多分大丈夫だ。
勇者たちにも姫に失礼が無いよう十分な周知をしたつもりだ。多分大丈夫。多分……
できる限りのことはした。式典の段取りもしっかり頭に入れた。リハーサルにも余念がない。あとは運を天に任せるのみ。
そして、式典の日はあっという間にやってきた。
「……なんか、思ったより皆さんしっかりしてますね」
明確なドレスコードの指定はなかったが、みんなそれなりの格好をしている。
もっと滅茶苦茶なことをしでかすんじゃないかと戦々恐々だったが、意外にも王族への敬意は持っているのだろうか。
秘密警察が仮面越しにも分かるドヤ顔で言い放つ。
「知らないんですか、神官さん? 優秀な勇者は姫と結婚できるんですよ。姫に見初められるために俺も頑張りました」
なに言ってんだコイツ。っていうか仮面取れや。俺は首を振る。
「そんなのおとぎ話の話でしょう」
「そんなことありませんよ! 姫の結婚相手は代々勇者だって聞きますよ」
「大昔は本当に優秀な勇者が姫と結婚していたらしいですけどね。今は形式だけですよ。新郎は洗礼を受け、形だけ勇者になって結婚式に臨むんです。実際には魔物なんか倒したことない貴族や王族ばっかりですよ」
「えぇ……そうなんですか? なんだ。ガッカリです」
まさかみんなそれを狙ってるのか? 浅ましい奴らめ……
「お願いですから求婚とかやめてくださいよ。不敬罪でしょっ引かれますからね」
「分かってますよぉ」
くだらない話を続けていると、式典用の馬車が立派な白馬に引かれて街の前へとやってきた。
来るぞ。自然と背筋が伸びる。普段は焚火に突っ込んでいく虫のように滅茶苦茶な勇者たちも、今日は借りてきた猫のように大人しい。王族ってすげぇな。
馬車からカーペットの上に降り立ったのは、薄い青の華美なドレスを纏った少女と……彼女によく似た顔の少年?
「女の子の方が姫ですよね? あの小さい男の子は?」
秘密警察の言葉に、俺は首を傾げる。
予定ではフェーゲフォイアーを訪れる王族は姫一人だったはずだが。
「姫の弟君……王子ですかねぇ」
あとから話を聞くに、あの少年はやはり姫の弟君である第四王子とのことだった。急遽式典に参加することになったらしく、詳しい理由は姫たちに同行した騎士にも知らされていないらしい。
いきなりの予定外に一抹の不安を覚えた俺であったが、式典自体はスムーズに終わった。
そして。
「これが噂の勲章か……」
ボロボロの旅人ローブで体を覆ったシャルルが興味深そうに呟く。
麗しの姫君より授かった“大聖白銀章”が光を受けて誇らしげに輝いている。教会の紋章をパワーアップさせたようなデザイン。金剣星章と違い、ネックレスのように首から下げるタイプである。
なんか、勇者たちが星だのなんだのに固執してんのくだらねぇと思ってたけど……確かに嬉しいなコレ。血で錆びないかどうかが心配だが。
シャルルがフードを目深に被ったまま、目線だけで辺りの様子を窺う。
「今のところ大きな混乱は無いみたいだね」
「そうだな。っていうかお前なんでそんな格好してんの?」
「そりゃあ、監察官が監察対象の神官と仲良くしてるのマズイでしょ。本当はできるだけこの街にだって近付きたくないんだ。この街の惨状を知れば知るほど自分の首を絞めるから……」
「そんな悲しいこと言うなよな?」
俺が肩を組むと、シャルルはフードをガッシリ押さえながら疲れ切った顔で微笑む。
「ま、とにかく式典は乗り切った。ありがとうユリウス」
「あぁ。まだ終わったわけじゃないけど」
俺は街の真ん中にそびえ立つ大きな屋敷を見上げる。
国からの命令で突如建築された豪邸だ。今日はここで晩餐会が開かれる。勲章を授けられた勇者は魔族の首を刈り取ったアイギス一人だったが、晩餐会にはこの街の全ての勇者と、もちろん俺も招待されている。
晩餐会のために屋敷まで建ててしまうとは。魔族倒した甲斐があったというものだ。
さて、そろそろ晩餐会が始まる時刻だ。勇者が少しずつ屋敷に吸い込まれていく。
姫様も……ん? 姫様の隣でなにやら談笑している神官がいる。俺は目を凝らしてヤツを見る。
……ルッツ?
「ば、馬鹿とはいえ怖いもの知らずにも程があるだろ。姫様と喋ってんぞ。アイツが姫様となに喋るってんだよ」
「あぁ……まぁ、アイツは良いんだよ」
シャルルは妙に達観したような表情でルッツを眺め、そして俺の背を押した。
「俺はもうしばらくしたらこの街を出るよ。晩餐会楽しんで。あ、酒飲むなよ」
「分かってるよ」
手短に別れの挨拶を済ませ、俺は促されるがまま真新しい屋敷へと足を踏み入れた。
デカい屋敷だ。家具や照明、細かな内装も美しい。建築者が意匠を凝らして作ったのが分かる。
大ホールにいくつも並べられた白くて長いテーブルには、綺麗に畳まれたテーブルナプキンや花瓶に生けられた花が等間隔に並べられている。それを取り囲むように、借りてきた猫のように大人しくなった勇者たちがお行儀よく座っていた。
正直晩餐会など消化試合だと思っていた。式典を乗り切ったのだ、もう安心だとばかりに気が抜けていた。
が、俺の戦いは終わったのではない。第二ラウンドが始まったのである。
勇者と同じように借りてきた猫のように座っていると、給仕が俺の隣の椅子を引き、手際よく誰かを座らせた。
姫様である……ひ、ひひひ、姫様である……
な、なんて高貴な佇まい。俺より年下だろうに、その風格はまさしく王者のそれである。
額から汗が噴き出す。心臓がその動きをにわかに早める。口から急速に水分が失われていく。
どうしよう……なんか普通に緊張する……
「アリア姫、今日はこのような辺境の地にまでご足労頂きありがとうございます。道中、危険なことはありませんでしたか?」
おっ、俺と同じく姫の隣に座ったアイギスが口を開いた。
さすがは元王国騎士団所属。王族や貴族との交流にも慣れているのだろうか。
姫も可憐な笑みを浮かべて答える。
「同行してくれた騎士たちのお陰で楽しい旅になりました。そうそう、騎士団長も今回の式典に参加したがっていましたよ。たまには里帰りをしてあげなくてはね?」
そういって姫様は口元に手を当ててクスクスと笑う。
そういえばアイギスの親父さんは王国騎士団の団長だったな。なんか異次元の会話だ……
どこか他人事のように会話に耳を傾けていると、姫が急にこちらへくるっと顔を向けた。
「そうそう、ユリウス神官はセシリア神官の教え子だそうですね? 彼女は王家の儀式を執り行ってる神官なのです。貴方の今回の働きをとても喜んでいましたよ」
さすがは姫様。俺のことも調べていたのか。
セシリア先生は確かに俺の神官学校時代の恩師である。呪術学担当の教師で、試験で見せた俺の物理解呪を「逆に凄い」と褒めた上で落第させた先生として記憶に残っている。
しかしそんなドン引きエピソードを姫に話すわけにもいかないし、そもそも急に姫に話しかけられた緊張で相槌を打ちながら曖昧に笑うことしかできない。
クソッ。同じ人間なのに……相手が“姫”というだけで上手く話せなくなってしまう。悲しいかな、魔族相手のほうがよほど気楽に話せる。
料理がテーブルに並べられ始めるが、正直まったく食欲がわかない……
しかしそんな俺とは裏腹に、恐れ多くも姫に近付く二人組……いや、三人組がいた。
「姫、お久しぶりです」
振り返った姫が、肩越しに笑みを浮かべる。
「ルイ、それにユライ! フェーゲフォイアーにいたのですね」
「覚えていてくださったんですか」
驚くユライに、姫が当然とばかりに己の胸に手を当てる。
「当然でしょう。私が貴方に金剣星章を与えたのですよ」
そうか、そういやこいつらも星持ちか。
さすがはエリート。姫と面識もあるスゲーやつだったんだな。まぁもう星はないんだけど……
「あら? ロージャの姿が見えませんけど」
小首を傾げる姫に、ルイが満面の笑みで答える。
「ここに居るじゃありませんか!」
そう言って、ヤツは晩餐会に相応しくない呪いのキツネぬいぐるみを掲げた。
さすがの姫様も困惑したらしく、笑顔が少々強張った。
「あー……そ、それがロージャなのですか?」
「お、おい姫様の前だぞ。やめろって」
「は? なんでロージャを姫に見せちゃいけないんだよ?」
さすがにユライが止めに入るが、ルイも引かない。
そして当のロージャも絶好のチャンスとばかりに新搭載されたおしゃべり機能を存分に使う。
「コロ……ス……」
物騒な言葉に、会場の警備に当たっていた護衛の騎士たちが敏感に反応して速やかに集まってくる。
しかし集まってきたのは騎士だけではなかった。
「姫様に呪いをかけるつもりか!」
「許さんぞ、悪の手先め」
これ幸いとばかりに姫との結婚を狙う不届き者がカビの生えたセリフを口にしながら躍り出てくる。
クソッ、どこまでも浅ましいヤツらめ。
「姫様の前だぞ! 席へ戻れッ!」
アイギスが席を立ち、勇者たちを一喝する。しかし晩餐会には武器の持ち込みが禁止されている。半ば反射的に腰の剣に手をやるアイギスだが、その手は虚しく空を掻くばかりである。
勇者たちもそれが分かっているのだろう。素手のアイギスなど怖くないとばかりに、姫の前から動こうとしない。まぁアイギスが本気を出せば片手で首の骨を粉砕することなど容易いのだが、姫の前で殺られるのもそれはそれで非常に困る。
あまり時間が無い。アイギスが生意気な勇者の首を飛ばしたくてウズウズしている。
くそっ、マズイことになった。せっかくうまくいきかけていたのに、こんなとこでミスってたまるか! なんとかしてこの場を収めなくては。
「…………っ!」
だ、だめだ。緊張で口がパッサパサだ。口が全く回らない。
俺はテーブルの上のグラスを引っ掴み、中の液体を喉に流し込む。よし、これで大丈夫。
あとは冷静に勇者たちに話をし、席に戻ってもらおう。俺はゆっくりと席を立ち、冷静に勇者の胸ぐらを掴み、丁寧に勇者の頬をぶん殴った。
「え……え?」
頬を押さえてキョトンとしている勇者に、親が子を諭すように穏やかに言う。
「ふざけんなクソ共、こんな時くらい大人しくできねぇのか!」
「し、神官さん!? どうしたんですか急に!」
「うるせぇ、お前らのせいで俺がどれだけ苦労してるか分かってんのか!? あぁ!?」
俺は勇者の頭を掴んで前へ後ろへシェイクする。
「神官さんがキレた……いや、酔ってる!?」
「そういや、さっき食前酒飲んでたけど」
会場中の視線がこちらへ向くのを感じる。
俺はアホ面の勇者共を睨みながら声を上げた。
「なに見てんだ! 見せもんじゃねぇぞ!」
「ま、まぁ落ち着いて……」
ここにきてなぜか落ち着きを取り戻したらしい勇者共がなんとも言えない表情で一斉に俺を取り押さえにかかる。こんなとこで無駄な連係プレイ見せやがって!
「クソッ、離せ~!」
俺の体に伸びる手を振り払い、強引に床に倒れ込んでジタバタと手足を動かし懸命の抵抗を試みる。
「姫様~! 俺を異動させてくださ~い!」
「晩餐会でなんてこと言うんですか!」
「うるせぇ! もう無理ぃ~助けてくださぁ~い」
すると姫様は席を立ち、そして脚が汚れるのも構わずに俺を覗き込むようにして床に膝をついた。
金色の長い髪を耳にかけ、紫の瞳でジッと俺を見る。そして真剣な表情で言った。
「どうしたら貴方を助けられるのですか?」
何この人……優しい……女神かよ……
そうだな。俺はどうしてほしいんだろう。王都での勤務? いや、シャルルの顔色を見るに王都での勤務もなかなかのブラックだ。どっか田舎の教会でのんびりするか……いや、もうなんか仕事をしたくない。養ってほしい。
あっ、そうだ。
俺は姫に手を差し出した。
「俺と結婚してください!」