やってきました領主様のお屋敷。というかブチ込まれました。なんで俺が。交渉なんてやったことねぇのに。
この街では神官と関係ないスキルを求められるから困るぜ……
強面の兄ちゃんに連れられて執務室へ通された俺を、領主様はチラリと見るやため息をついた。
「……ユリウス神官」
なんだよ、滅茶苦茶嫌な顔されるじゃん……
領主は姫そっくりの可愛い顔を不機嫌そうに歪め、机に視線を落とす。
「手短に頼む。仕事が山積みで忙しいので」
あー! 俺も死体の山持ってきてそのセリフ言いたい!
しかし物理的にも衛生的にも厳しいものがあるので、俺は泣く泣く話を進めることにした。内容はもちろん、男性勇者の消費税撤廃についてである。
しかし領主様は書き物をしながら、話を聞いているのかいないのか。
俺が話を終えてようやく、領主様は顔を上げて口を開いた。
「ユリウス神官。あなたも他の住民たちも誤解してるみたいだけど、私はなにも意地悪で税を課しているわけじゃない。この街をよくしたいんだ。インフラ整備、治安の維持、王都との安全な交易路の確保、新米勇者のサポート。やるべきことを数え上げればきりがない。開拓から五十年、老朽化している場所も街のあちこちにある。フェーゲフォイアーは魔族殺しの街としてその名が全国に知られるようになった。この地を訪れる勇者も増加していくだろう。今までのように住人たちが片手間で公共事業をやるのでは間に合わない。とにかく必要なのは資金と人手だ。体が丈夫で力のある勇者には是非その手も貸してもらいたい。かなり高い税率を課したことは認めるが、工事等に協力してくれた勇者には減税する仕組みも作るつもりだ」
まくし立てられ、思わず面食らってしまった。
子供のくせにこんなにベラベラ喋れるのか。ヤベェ、どうしよう。理論武装が全然足りねぇ。これも準備の暇すら与えずに俺を担ぎ出した勇者のせいだ。クソ共め。
気圧され、納得させられかけて――はたと気付いた。
「女性勇者が免税なのはどういった理由ですか?」
すると領主様はピクリと眉を動かし、やれやれとばかりに首を振り、呆れたとばかりに大きくため息を吐いた。
えっ、俺そんなアホなこと聞いたかな?
数秒の沈黙の後、領主が重い口を開く。
「…………女性勇者は非力で魔物を狩るのも土木作業に従事するのも大変だろうから」
なんだそれ! ペラペラ喋ってたくせに急にふわっとしだしたぞ!
俺はすかさず反論する。
「そんな話誰から聞いたんです? この街の女はヤバ……じゃなくて、心身ともに男性に引けを取らない強靭な勇者ばかりです。魔族の首を取ったのだってアイギスですよ」
「……もう良いか、本当に忙しいんだ。外の連中にも伝えてくれ。これ以上の譲歩はない」
「待ってください! 税を取るにしたって税率千パーセントはおかし――」
しかし領主様はこれ以上俺の話で時間を浪費したくないらしい。
強面の兄ちゃんに肩をガッシリ掴まれ、俺はなす術なく屋敷の外へとつまみ出された。
くっそ、なんなんだよアイツ。最初から交渉する気なんてなかったんじゃねぇか。
屋敷を追い出され玄関前で尻もちをついた俺を見て交渉の決裂を察した勇者たちはますます激しく新領主を罵る呪詛を撒き散らし、黄ばんだ汚ねぇ旗をぶん回すのだった。
*****
とはいえ、税金逃れの方法は簡単だ。
勇者以外の人間、あるいは女勇者に頼んで買い物をしてもらえば良い。実際、女勇者のいるパーティは今までとそう変わらない生活ができているようだ。
この街は勇者ありきで回っている。街の住民や商店街のメンバーも勇者に課せられた重税に懐疑的であるらしく、税金逃れに目をつむってくれているようだ。
しかし中には己の力だけで悪徳領主の重税に立ち向かう猛者もいた。
「まったく、困っちゃいますね。買い物のたびに着替えるのが大変ですよ」
たいして困ってなさそうなオリヴィエがロングヘアのカツラを取り、“オリヴィアちゃん”モードを解く。
コイツ女装に抵抗無くしすぎだろ。大丈夫か?
俺は若者の将来を案じつつ、光射し込む窓から外の様子を窺う。
相変わらず――いや、抗議活動はますます激しさを増している。
「魔物と魔族の跋扈する辺境の地で、どうしてわざわざ人間同士争わなきゃならないんでしょう。こんな無駄なことはありませんよ」
カツラの長い髪を梳きながらオリヴィエも頷く。
「おっしゃる通りです。魔族を倒した僕らへの仕打ちがコレだなんて、あんまりだ。王国は一体なにを考えているんでしょう。あんなのを領主として寄こすなんて。いや、あんな無茶苦茶な事をするような人間だからこんな辺境に飛ばされたんでしょうか」
「誰の話だ?」
教会の玄関から噂の領主様が入ってくる。領主様の護衛か、強面兄ちゃん軍団も一緒だ。
オリヴィエが素早くカツラを装着したのが横目で分かった。
やっべ、ガッツリ聞こえたな。まぁ俺はそこまで酷い事言ってないから。オリヴィエは領主様の悪口言ってたけど、俺は言ってないから。
悪口言ってませんアピールのため顔に神官スマイルを張りつけながら、俺は領主様に恭しく挨拶をする。
「これは領主様。お祈りですか?」
「ああ。王家は代々敬虔な信徒だ。税金逃れのクソ野郎に神罰が下るよう、神頼みに来た」
口悪いなこのガキ……
よく見ればこの前屋敷に行った時よりも少々やつれている気がする。勇者たちの抗議活動は多少なりとも少年領主様にダメージを与えているようだ。それもあって攻撃的になっているのかもしれない。
領主様は腕を組み、フンと鼻を鳴らした。
「まぁ祈るだけで何もしない人間に神も手を差し伸べてはくれないだろうから、私も色々考えている。このままでは真面目に税を納めている勇者が報われない。不平等だろう?」
不平等なのは男勇者にだけ税率千パーセント制度を作ったお前だろ!
「税金逃れのため、女性勇者や街の住民に買い物をさせている者がいることは把握している。街の住民については監視もしやすいし、税金逃れを助けた際の罰則を設けることも容易い。問題は女勇者に頼む場合だ。勇者は入れ替わりも激しく、パーティメンバー間の関係は密で監視の目も届きにくい。そこで税金逃れを前提とした新たな税を導入することを考えている」
「あ、新たな税!?」
慄く俺たちに、領主様は子供らしくない冷徹な表情で言う。
「例えば、女性から多くの協力を得られるような勇者には追加で税を課すとか」
「女性からの協力というのは……パーティメンバーに女性がいる場合の税ということですか?」
尋ねるオリヴィエに、領主様がズンズン近付いていく。そして女装オリヴィエの顔をまじまじ見上げながらニッコリ笑う。
「いや、固定パーティを組んでいない勇者もいるからそれでは不十分だ。そうだな。勇者オリヴィエなら金貨十枚ってとこか」
「げっ……」
オリヴィエの綺麗な顔が引き攣って固まる。金貨十枚にショックを受けたのか、女装がバレていたことにショックを受けているのかは知らない。
しかし金貨十枚か……これはつまり、モテそうな人間ほど重い税を課すということか? 美少年とはいえ結構取られるな……
次に領主様はこちらをクルリと向いて言う。
「ちなみにユリウス神官は五百枚だ」
は!? ケタが違ぇ!!
「なんでですか! いくらなんでもオリヴィエの五十倍はおかしいでしょう!?」
「単純な容姿だけを見ているわけじゃない。色々なことを加味し、独自の計算式を使っている」
独自の計算式ぃ? まただ。詳しい事を聞こうとすると急にふわっとしだす
「その計算式教えてくださいよ」
「…………アハハ、冗談冗談。ユリウス神官は銅貨二枚で良い。まぁ貴方は勇者じゃないからそもそも対象じゃないけど」
えぇ……オリヴィエ並みとはいわないが銅貨ってことはないだろ……普通にショックだわ……もしかして俺嫌われてんのか?
いや、待て。女にモテるかどうかなんて曖昧なこと、客観的に測れるはずない。これはつまり、領主が気に入らない人間から多額の税を取れる制度と言えるんじゃないのか?
そんな税制が施行されたら、本当にヤツの思うがままになってしまう。
脅しなのか、本当に施行するつもりか……
領主様は大袈裟に肩をすくめる。
「勇者の皆が税金逃れを止めてくれればそんな事しなくて済むんだけど。私だって本当はこんなことしたくないんだ。まぁそれはそうと……今日はユリウス神官に新しい税の徴収に協力してほしくて来た」
「税金税金税金。また税金の話ですか」
領主は口元だけを三日月型に歪め、無機質な笑みを浮かべる。
「次は死税だ。食べること、着ること、住むこと……生きることに税金がかかるのに、死ぬことに税金がかからないなんて不平等じゃないか。ユリウス神官にはここで蘇生させた勇者に税を徴収するのを手伝ってほしい」
俺は静かに首を横に振る。
「蘇生費は教会の管轄。領主といえど手出しはできないはずです」
「蘇生費に税金をかけるんじゃない。死んだことに対する税だ」
「はぁ。物は言いようですね」
呆れを通り越して、もはや感心すらしてくる。
まぁ蘇生費が上がればヤツらももう少し死なないようになるかもな。
なーんて呑気に考えている場合じゃないかもしれないぞ。俺は心の底から領主様を――いいや、世間知らずの幼い少年のためを思って言う。
「王都ならともかく、ここはそれほど大きくない街です。ご近所さんとは仲良くしておいた方が良いですよ」
「ご近所……? 僕は王族でお前は平民。僕は領主でお前は神官。身分をわきまえろ」
身をわきまえるのはお前の方だ。ここは王都じゃないんだぜ。
領主様は後日詳細を伝えに部下を寄こす旨を不機嫌そうな表情で吐き捨てると、さっさと護衛を連れ教会を出て行ってしまった。
その後ろをついて歩く人影にも気付かず……
******
「がっ……うっ……」
真昼間、この時間はただでさえ人通りの少ない飲み屋街を更に奥へ入った細い小道にヤツらはいた。
肌を刺すような剣呑な空気が充満している。
ガッガッと足蹴にする音と苦しげなうめき声が静かな路地裏に響く。
「うぅ……」
「ガッ……」
「あぅ……」
「うぐぅ……」
呻き声多いな。
領主様は床に伸びた勇者たちを大量の生ゴミでも見るような眼で見下ろす。
彼らは屋敷へ戻る途中の領主様たちを路地裏に引き込んだものの、領主様の護衛に返り討ちにされた哀れな勇者の群れだ。護衛の兄ちゃんたち強ぇ。いや、襲ってきた勇者たちが弱いのか……?
「うぐぅ……」
地面に這いつくばった勇者が立ち上がるも、間髪入れず護衛の兄ちゃんの強烈な蹴りが襲う。
「あんまりやると死んじまいますよ」
立ち上がっては伸され続ける勇者たちにちょっと引き気味な護衛たち。
なるほど、殺す気はないのか。だがそんな心持ちじゃヤツらとは渡り合えないぞ。
「ゾンビかこいつら!」
ボコられてもボコられても立ち上がる勇者たち。
最初からヤツらの目的は理不尽な重税への抗議だ。喧嘩で負けても、それならそれで構わないらしい。
ヤツらの抗議は次の段階に移った。
「へ……へへ……」
腫れあがった顔が微かに歪む。笑顔のつもりか、あれ?
ヤツが懐に手を入れる。すかさず護衛たちが領主様を背中に隠す。
しかし勇者は懐から取り出した小瓶を自らの頭に叩きつけ、中の液体を被った。
「なんだ一体」
得体のしれない行動に動揺を隠しきれない領主様。
液体を浴びてテカテカ光った勇者が輝く笑顔を浮かべながら人差し指を掲げる。
「これは抗議だ。領主様、アンタが俺を殺したんだ」
そう言って、勇者は人差し指の先に小さな火種を灯す。
初級の魔法だ。攻撃には使えない、ごくごく小さな火。しかしそれはヤツがさきほど被った油を伝い、瞬く間に全身を覆って薄暗い路地裏を煌々と照らした。
「っ……」
たじろぎ、後退りする領主様を俺は背後からひょいと抱え、その両目を手で覆った。
「なっ……なにすんだ、離せ!」
暴れる領主様の声に、護衛たちが振り向く。俺の存在に気付いた。
俺みたいな素人に背後を取られるようじゃまだまだだな。おっと、そんな怖い顔すんなよ。俺は何もヤツらの仲間じゃねぇ。
「こんなの子供に見せるわけにいかないでしょう。夜トイレに行けなくなりますよ。ほら」
焼身自殺を皮切りに、ボコボコにされた勇者たちがニヤニヤしながら立ち上がる。
まったく。痛覚遮断の麻痺毒がやけに売れると思ったらやっぱりこうなった。やっすい抗議だぜ。
俺は領主様を路地の奥に連れ込む。
「腕の立つボディガードを連れてきたようですね。でもこの街の勇者達は強者との戦いに慣れています。王都暮らしの貴方にはキツ――イテッ!?」
俺は弾かれたように領主様から腕を離す。
このガキ、噛みやがった!
ヤツは口元を拭いながら俺を睨みつける。
「こんなことで僕が屈すると思っているのか。余計なお世話だ!」
なんだよ、人が親切でやってやってんのに……
歯型のついた腕をさすりながら、俺は口を尖らせる。
「神官として、青少年の健やかな成長を応援したかったのですが……」
「子供扱いすんな!」
そう吐き捨て、護衛たちのもとへ戻る領主様。
しかし目の前に広がる地獄絵図にその足が止まった。まさに死屍累々、自殺死体の博覧会が如く棺桶が整列している。
先程の焼死体に、ナイフで首を掻き切った出血死体、鈍器により味噌をぶち撒けた死体に……おっ、懐かしのトゲトゲ爆発フグ毒死体もあるぞ。ヤツら、死んでも教会に転送されないよう予めパーティを組んでいたようだ。ここにいるすべての勇者が自殺を終えて全滅するまでこの悪夢が消えることはない。
瞬間、領主様は壁に手を付き胃の中のものを地面にぶちまける。
いや、領主様だけじゃない。護衛の強面兄ちゃんたちも顔を真っ青にしている。どいつもこいつも死体より顔色が悪い。
前髪を揺らす生臭い風。
血と臓物と吐瀉物に彩られた路地裏。
笑顔で自殺する大人、それを見せつけられる子供。
地獄かな? あの子の将来が心配です。