抗議活動は続いています。
街の住人と違って勇者は活動の場所を選ばない。
この街が気に入らないのであれば別の街に移ることは容易い。全国でも屈指の過酷さを誇るフェーゲフォイアーで活動している勇者ならなおさらどこの街でもやっていけるはず。しかしなぜか抗議活動を行う勇者ほど全く引っ越しを考えていなさそうである。
勇者たちも意地になったのか、それとも楽しくなっちゃったのか……より領主サイドのメンタルをえぐるショッキングでクリエイティブな死に方を模索している。
お陰で俺の仕事は増えるばかりだ。
「あんまり汚い死に方するのやめてもらえません? 蘇生が大変なんですよ」
ポコポコポコポコ死にやがって。誰が尻拭いしてると思ってんだ。
ウキウキで痛覚遮断麻痺毒を買いに来た活動家勇者に苦言を呈すると、ヤツは照れ臭そうに頭を掻いた。
「へへへ、仕方ないじゃないですか。あの子の怯えた顔が頭から離れないんですよ。それより、トゲトゲ爆発フグ毒みたいなグロ死体製造毒の新作作る気ないんですか?」
俺は絶句した。
思っていた以上に性癖がねじ曲がっている……。
とはいえ、重税に対する抗議活動という建前があることも事実。あの狂った税制に不満を持っているのは俺も同じだ。
新作毒については考えてみる旨を話し、俺は硬貨と引き換えに小瓶入りの麻痺毒を渡す。ん? なんだろう、視線を感じる。
振り返ると、玄関からこちらを見る領主様ことロンド君と目が合った。
「……やっぱりお前が手引きしてたのか」
いつの間に!
ジト目でこちらを睨むロンド君に、俺は慌てて首を振る。
「いやいや! 私は商品を売ってただけです。その使用方法までは責任もてませんよ」
俺は必死に無罪を主張するが、ロンドに納得した様子はない。
だが言い訳どころではなくなった。買ったばかりの麻痺毒を飲んだ勇者が、興奮した様子で俺たちの間に割り込んできたからである。
ヤツは息を荒げながら、懐よりスプーンを取り出す。
「ロンド君、見てて見てて! 今度は一見安全そうなこのスプーンを使ってね」
なにする気だ!
俺は慌ててヤツの肩を掴む。
「ちょっ、教会で自殺はやめてください」
「えぇ……?」
「えぇ……?」じゃねぇよ。こっちが「えぇ……?」だわ。なんだその不満そうな顔は。ぶん殴るぞ。
逃げりゃ良いのに、領主としてのプライドがそうさせるのか。ロンドが変態に立ち向かう。
「女神から賜った加護をこんなくだらないことに使うのは許さない。今後、新しく自殺税を課す」
税金、税金。また税金の話。
だが変態は、とても澄んだ綺麗な眼でロンドに問いかける。
「お金払えば俺が死ぬの見ててくれるってこと……?」
もうダメだ。コイツになに言っても無駄だ。
俺は幼い少年が変態の餌食にされそうになっているのを目の当たりにして良心の呵責に耐えきれず、ロンドを抱えて脱兎のごとく逃げ出した。誰も助けに来ないとこを見るに、コイツ護衛も付けずにここまで来たのか。なに考えてんだ。
ある程度教会から離れられた。本当は屋敷まで送ってやれれば良いのだが、さすがにこれ以上ロンドを抱えて走るのは体力的にキツい。
俺は変態が追ってきていないことを確認し、ロンドを下ろした。
喉が灼ける、腕が重い……俺は肩で息をしながらロンドを見下ろす。
「……これ以上あいつらの性癖を狂わせるのはやめてください」
俺はたまらずそう言ったが、ロンド本人にしてみれば「そんな事言われても」という感じだろう。ロンドは虚ろな目を虚空に向けて独り言のように呟く。
「ここの勇者はどうして嬉々として死ぬんだ」
本当にね。それについては俺も常々考えている。
「死とは永遠の眠りである」なんて言う人がいる。ならば永続的でない死は、本人たちにしてみればちょっとしたうたた寝とそう変わらないのかもしれない。
また、一説によると死ぬ寸前の人間の脳内には快楽物質がドバドバ分泌されているという。ヤツらが嬉々として死ぬのはその辺に理由があるんじゃないかと俺は睨んでいるが、まぁそんなこと考察したってなんの役にも立たない。
俺はロンドを宥めるようにして言う。
「これで分かったでしょう。勇者と敵対したってなにも良いことはありませんよ。すぐに税率を、せめて王都程度の水準に下げてください。魔族を倒したこの街の勇者たちに対する敬意はないんですか?」
ロンドは遠い目をした。その視線の先にあるのは、彼の屋敷前の広場だ。
この距離からでも、押し寄せた勇者たちの抗議活動の様子が見える。
広場を染め上げる鮮やかな赤。義憤に駆られるがまま自らの命を燃やし、権力者に抗議をする革命家たち。風に乗って彼らの言葉が聞こえてくる。
「ロンド君、見て! ハァハァ……俺が死ぬとこ見てて!」
それはもはやシュプレヒコールなんてチャチなものではない。文字通り魂からの叫びだった。
魂の叫びというのは聞いた者の魂に呼応し、共鳴するものである。
ロンドは静かに目を閉じ、そして開く。その目に嫌悪の色を浮かべて。
「……敬意なんてあるはずないだろ」
まぁね。俺は納得した。
とはいえこのままではますます抗議活動は激しさを増すだろう。これ以上激しさを増すことができるかどうかは別として。
「手段と目的が逆転しつつあります。手遅れになりますよ」
ロンドからの返事はない。ただこちらに表情を見せまいとするかのように顔を背けるばかりだ。
どうしてコイツはこんなに意固地になっているんだ?
「ユリウスとロンドじゃん。なにしてんだよ、そんなとこで」
ゲッ、ルッツ。
路地からひょっこり顔を覗かせた教会公認ニート野郎がフラフラとこちらへ歩いてくる。
税金ならああいう働いてないのに飯食ってるヤツから取ってくれよな。
「ゲッ、ルッツ」
……ん? 領主様が忌々しそうに教会公認ニート野郎の名を呼んだぞ。ロンドはさらに続ける。
「なれなれしく話しかけんな! あと僕のことは領主様って呼べ」
「じゃあ俺のことも神官様って呼んでよ」
ヘラヘラと反論するルッツに、ロンドは人差し指を突きつける。
「なにが神官様だ。知ってるぞ。ハロワ神殿追い出されたんだろ」
「異動だよ。人聞きが悪いな」
「なんでも良いよ! とにかく僕に話しかけんな。馬鹿が移る」
捨て台詞を吐き、領主様が一人駆け出していく。
まぁまぁ酷い扱いを受けていたが、ルッツに気にする素振りはない。ロンドの罵倒に慣れている印象すら受けた。俺は恐る恐る尋ねる。
「お前さ、あの王子様とどういう関係なの? そういや式典の時も姫と喋ってた気がするけど……」
「うーん、遠い親戚?」
王家の親戚って……貴族じゃん。
貴族の家の跡取り以外の子が聖職者となり神に仕えるのはまま聞く話だ。神官学校時代そういうやつは何人か見た。でもお前が? 貴族?
「な、なんで黙ってたんだよ」
数年の付き合いになる友人からの突然の告白に衝撃を受ける俺だが、当のルッツは「なに言ってんだ」とばかりに首を傾げる。
「言ったことあるよ。でもユリウス“寝ぼけてんのか”って言って相手にしてくれなかったじゃん。覚えてないの?」
あぁ……覚えてないけど言いそう……
ま、まぁ神官になった以上は身分もクソもない。むしろあの偏屈領主様の昔馴染みを見つけられたことに喜ぶべきだろう。俺はルッツの肩に手を置いた。
「お前からもこの狂った税制度をどうにかするよう言ってくれ。このままじゃ街がヤバいぞ。色んな意味で」
ルッツは苦笑しながら頬を掻く。
「いやぁ、俺もそう思うけどさ……アイツ頑固だし俺の話なんて聞かないと思うぞ」
だよなぁ。
俺は腕を組み、背中を丸めて足元に視線を落とす。
「アイツさぁ、なんでこんなことするんだろ。勇者に恨みでもあんの?」
「どうだろう、聞いたことないけどなぁ。ま、扱いにくいけど根は良いヤツなんだよアイツ。姉ちゃんに凄い懐いててさ。あ、そうだ。アイツの姉ちゃんの言うことなら聞くかもな?」
姉ちゃんって……お姫様じゃん……そう簡単に話ができるかよ。それに、この状況を王国側に知られるのも問題だ。
「ロンドくーん。いるんでしょ。見てて俺の大技」
叫んだ勇者に不気味な布袋を被った大男が近付き、その体をひょいと担ぎ上げて空高く放り投げた。太陽と重なった勇者のシルエットが空に浮かび上がる。
瞬間、数人の男女がバッと地面を蹴り跳躍する。彼らと空中ですれ違うたびに勇者のシルエットに眩い光の線が入り、そして――重力に従って地面に降り立った瞬間、勇者の体は光の線に沿ってバラバラと崩れた。
「このナイフ、切れ味最高ゥ~!」
勇者をバラバラにした男女がわざとらしく手に持ったナイフを褒める。ん? あのナイフのデザイン、どこかで見たことがあるような。
布を被った不気味な大男がシーツと見紛う大きさの紙を広げる。
『お求めはアルベリヒの武器屋まで』
俺は感心した。なるほど、勇者の集まるこの広場なら実演販売に最適だ。
若手有望鍛冶職人は広告チャンスを逃さない……。