【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第114話 奇妙な二人（三人称）
「———カエラム団長、これはどういった状況なのですか？ 一体何をやらかしたんです？」
気絶するように眠るゼロを抱き抱えたカエラムを待っていたのは、ニッコリと笑みを浮かべるアルフレート。
その笑みは一見柔和そうに見えて、廊下を歩く看護婦達が小さく悲鳴を上げて逃げ出すほどの底知れぬ圧を放っていた。
平たく言うと———ブチギレていた。
「い、いや、これは、だな……」
ゼロに黙殺すると堂々と言った異性は何処に行ったのか。
ダラダラと冷や汗を流し、視線を縦横無尽に忙しなく動かしたカエラムは、言い訳を考える時間を稼ぐべく、たどたどしく言葉を紡ぐ。
とても王国最強、そして世界でも数人しかいない大国級の強者とは思えない動揺っぷりである。
「あー、えーっと……」
「落ち着いてください、団長。大丈夫です、しっかり言葉に出来るまで待ちますから」
（何処が大丈夫なんだっ！）
まるで子供をあやすように言うアルフレートに、思わず声を大にしてツッコミたくなるカエラム。
とはいえ、自分が１００：０で悪いことは自覚しているので、グッと飲み込んで持てる知識を総動員して熟考する。
（どうする？ どうすればアルフレートの追及を逃れられる？）
残念ながらそんな方法は幾ら探ってもない。
なぜならどんな言い訳があろうと、今のゼロは絶対安静と医者から告げられていたからである。
そんな人間を外に連れ出して１日中連れ回し、あまつさえ帰ってきた時には眠っているという状況に陥っている時点で、詰みであった。
そして、カエラムが必死に言い訳を考えているということは、もちろんアルフレートにはバレバレだった。
「……団長、貴女がなんの理由もなくゼロ君を連れ出すような人ではないことは知っています」
「っ、じゃ、じゃあ……」
アルフレートから差し出された救いの手に、カエラムがパッと顔を明るくするが———彼の言葉は終わっていなかった。
「百歩譲って、エレスディア君達をなんの用もなく呼び出したことには目を瞑るとしましょう。ですが、ゼロ君は今、不安定な状態です。彼が元気だから忘れがちになるのかもしれませんが……彼の状態は本来廃人になっていてもおかしくない、大変重たいモノです。それは———貴女が１番良く分かっているのではないですか？」
「…………ああ、そうだな。すまなかった、私が浅慮だった」
幾らゼロのためとは言え、流石にやり過ぎたったか、とグッと唇を噛んで俯くカエラム。
そんな彼女の姿を見たアルフレートは、仕方ないとばかりに小さく息を吐くと。
「彼については、僕が事情を説明しておきます。ですので———」
再びニッコリと笑顔を向けて言った。
「———貴女が溜めに溜めた書類作業をしていてください。もちろん、終わるまでゼロ君に会うのは禁止です」
「んなっ！？」
カエラムがどんな戦いより真面目な顔で机に向かって書類を片付けていた頃。
薄暗く肌寒い、そしてインクや紙の独特な匂いに包まれた———巷では『秘密の図書館』と呼ばれている『王立第一図書館』の一角で、１人の少女が開いていた本をパタリと閉じたかと思えば。
「……ゼロ、起きた、かな？」
此処には居ない、１人の青年を想ってポツリと零した。
そんな少女、アシュエリの言葉は冷え切った宙を舞って消える———ことはなく、彼女の頭の中で響く、聞いただけで背筋が凍るような禍々しい声が受け止めた。
『今はまだ眠ってるぜェ。それにしても……ケケケッ、相変わらず健気なこった』
「……大丈夫、なの？」
『ま、心配しなくて良い。今回はちっと不完全だったお陰か、アイツのことだし直ぐに起きるだろうよ』
「……そう」
非常に淡白な返しに思えるだろう。
しかし、彼女のピクリとも動いていなかった口角が僅かに上がり、心做しか固かった表情も柔らかくなっていることから、ホッと安堵しているのが分かった。
（まぁ常人には分からねェだろうがな。ケケケッ、顔だけでこの女の感情をある程度読み取ってたアイツがバケモンってことか）
つくづくおもしれェ奴、とケタケタ笑うスラング。
そんな彼の様子に、アシュエリはコテンと首を傾げた。
「……なんで、笑ってる？」
『なんでもねェ。それよか、次の計画を立てるとしようぜ？』
「ん」
僅かに弛緩していた空気が引き締まり、辺りにピリッとした緊張感が漂う。
因みにスラングが言う計画とは、ゼロの記憶喪失という名の魂の著しい欠損を、契約と大国級強化魔法【高次元化】によって同化したことによる、強いスラングとゼロの魂の繋がりを利用して再生を試みるといったモノだ。
ゼロの意識がハッキリとして普通に会話が出来ているのは、偏にスラングという高次元の魂と一時的にでも同化したお陰だった。
『まず、今回の結果だけ見れば、アイツの魂を揺さぶることが出来たわけだから及第点って言える……が、成功とは口が裂けても言えねェ。それはテメェも分かってるな？』
「……ん。同じ時間軸に、ゼロが２人存在してしまった」
『そうだ。仮に過去のアイツと今のアイツがあの場で出会い、互いが互いに同一存在だと認識した瞬間、オレですらどうなるか分からねェが……間違いなく良い方向には進まねェ。下手したら再生不可能な状態まで行っちまうこともあり得る。ま、今回ばかりはアイツが記憶喪失で救われたっつーわけだ』
なんて軽く宣うスラングとは違い、アシュエリは最悪の事態を思い浮かべて、恐怖に身体を震わせた。
しかし次の瞬間には決意を瞳に浮かべていた。
「……次は、絶対に成功させる」
『ケケケッ、そう気負うな。今回はオレも誤算だった。オレらの相性が悪ぃわけじゃねェが……アイツにはてんで及ばねェ。オマケにテメェにやったその力は、まだ完全にテメェに馴染んでねェ。元は同じ力だが……テメェらのは時の進みで半ば【固有能力】になっちまってるからなァ』
次はミスらねェ、と息巻くスラングを他所に、アシュエリはズキズキと痛む自らの右の目にそっと触れる。
未だ熱が冷めず、火傷しそうなほどに熱かった。
『どうした？ まさか———』
「———どうして、貴方は私に協力する？」
「あ？ あー……そうだなァ……」
突然なんの脈絡もなく、スラングの言葉に被せるように紡がれた問いに……彼は数秒間の沈黙の後。
『アイツほどおもしれェ奴はいねェからなァ』
「……そう」
『あとはあれだ』
「……？」
ケタケタと、どこか自嘲するように嗤った。
『ケケケッ、オレもテメェみたいに———随分アイツに侵されたみてぇだ』
意外も意外。全く予想もしていなかったスラングの言葉に、アシュエリはパチパチ目を瞬かせたのち……溢れそうになる何かを抑えるように目を閉じる。
瞼の裏側で、嘗て自分の考えを、在り方を変えた数々の情景を思い出し———。
「……そう。それは、良かった」
嬉しそうに、そして懐かしむように———開いた金色の双眸へと穏やかな色を称えるのだった。
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