【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第121話 隻眼
「——ロウ……? いや、どこかで聞いたことが……——ま、待て、テメェがあのロウなのか!?」
「それはどうだろうな? ククッ、自ら確かめてみると良い」
軍服姿の屈強な老人——ロウの名前に心当たりがあったのか破天は少しの間逡巡したのちに滅多に上げることのない素っ頓狂な声を出し、対するロウは一糸乱れぬ完璧な制御能力によって空色のオーラを支配しつつ、薄ら笑みを顔に貼り付けた。
しかし流石『天』なだけあり、破天は驚愕に染まった自らの表情を一転させ、直ぐに嬉々とした享楽の笑みを浮かべる。
「嘘だろおいッ! なんてこった! 雑魚を片付けるクソおもんねぇ仕事かと思ったらこんなサプライズがあるなんてよぉ! ——『隻眼のロウ』っつー名前はあの陛下から聞いてるぜ? 確か『人間の最高到達点』やら『神に最も近かった英雄』とか大層な評価を受けてたなぁ!?」
「それは随分な評価だな。少々高すぎるのではないか?」
なんて飄々と笑いながら肩を竦めるロウだったが、次の瞬間——
「だが——私も良く覚えている。この片目が、朦朧爺となった今でも忘れさせてはくれんのでな」
「!?!?!」
笑みを消し、眼帯を撫でながら濃密な殺気を身に纏う。
それは、幾度の死線を潜り抜け、数多の強者と相対している破天を持ってしても強制的に戦闘態勢に移らざるを得ないほどのモノだった。
本能が最大級の警鐘を鳴らし、自らの死すら予感させる常軌を逸した殺気に、破天は笑みを深める。
「ギャハハハハハハ、こんな殺気は久し振りだぜぇ! それこそ陛下や『龍を喰らう者』以来の感覚だ! なら——遠慮は要らねぇなぁ!!」
そう言ったと同時、破天の身体の輪郭がブレた刹那の内に姿を消す。
常人には……並の精鋭騎士ですら見失うであろうスピードで動く破天は、その場で不動を貫くロウの背後に回り、即死の一撃を放つ。
——取ったッッ!!
その確信が彼にはあった。
実際、破天は本気だった。
音の壁をまるで薄皮の如く突破した超越したスピード。
陛下より賜った【天の拳】の避けようのない消滅の力。
この2つがあれば、確実に目の前の敵を殺せると確信していた。
幾ら人間の最高到達点と評された男であろうと、所詮何処までいっても人間。既にそれは過去の話であり、超越した実力も老化によって衰えているに決まっている。
ならば——オレに勝てない道理はない、と。
その確信を証明するように拳がロウに触れる——そう彼が視認した瞬間だった。
「——【牢剣】」
ロウがボソッと呟いた。
同時に、破天は自らの全身が無数の剣に貫かれる光景を幻視する。
ゾクッと背筋に電気が通ったかのような感覚に苛まれた破天は迷わず、魔法によって空中に足場を作ると、直ちに足場を蹴って回避行動と取る。
しかし——回避するには踏み込み過ぎていた。
「グッ……!?」
避ける最中に身体の至る所を斬られ、パッと血飛沫が宙に舞う。
破天は痛みに顔を歪めるも、何事もなかったかのように少し離れた所に着地。
依然としてその場を動いていないロウをキッと睨み付けた。
「テメェ……今何をした……?」
ギリッと歯軋りをして憎らしげな表情を浮かべる破天に、ロウは顔色を変えることなくまるで独りごちるように零した。
「ふむ、直撃を免れたか。これでも本気に近い一撃だったのだが……私も随分老いたものだな。フッ、これが人間の定めというものか」
まるで自嘲するような、それでいて悲しむような笑みを浮かべながら紡がれたロウの言葉に、破天は愕然とする。
(ば、馬鹿な……今のが本気に近いだと……!? つまりまだ本気じゃねぇってのか!? あ、あり得ねぇ! 全盛期など遠に過ぎた老体野郎に、このオレが殺されそうになったってのか!?)
「どうした、来ないのか? 来ないならば——私から行こうか?」
ロウは静かに、まるで波紋1つない水面のように揺らぎなく剣を構える。
それに対して最上級の警戒をする破天——。
「——固くなり過ぎだ。恐怖に囚われていては、二流以下よ」
気付けば、目の前に剣を薙ごうと腕を引き絞るロウが居る。
殺気もなく、敵意すら感じず、あたかも最初からそこに居たかのような、久しい友に会ったかのように自然さすら感じられる風貌で。
「——ッ、クソがぁああああッッ!!」
破天は間一髪で剣を避け、反撃の拳を叩き込む。
だがその一撃は、ロウの剣を握っていない方の腕で軽々といなされ、逆に腹に裏拳を撃ち込まれる結果に終わった。
「ゴハッ!?」
破天は目を見開きながら血反吐を吐き、身体をくの字にしてスーパーボールのように弾き飛ぶ。
どんどんと遠ざかっていくロウの姿をなんとか見逃すまいと視界に収める破天だが、その頭は混乱を極めていた。
(な、なんだ……なんなんだアイツは……ッッ!! アイツは陛下に片目を潰され、魂に治らぬ傷を付けられた死に損ないじゃなかったのか!?)
破天には信じられなかった。
——己が死に損ないに劣っているなど。
破天には武力ただ1つで『天』に登り詰めたが故に、自らの力に絶対的な自信があった。
幾ら皇帝に一目置かれた存在だとしても、既に死に体の単なる死に損ないなんかに己が遅れを取るはずがない、と信じていた。
しかし、結果は——自らの本気は本気に近いロウの攻撃に防がれるどころか腹に一撃を貰い、吹き飛ばされる始末。
それは——力を何よりも信奉する破天にとっては耐え難い屈辱であった。
「クソクソクソクソ……!! 巫山戯るな——ッッ!! オレがテメェみたいな死に損ないに劣るわけがねぇッッ!!」
城壁にぶつかり、身体の至る所から出血して血濡れた破天が自らに言い聞かせるかの如く呟く。
そんな彼に、ロウは小さくため息を付いた。
「現実の否定は己の道を閉ざすことになるぞ、若人よ。それに私にこれほど時間を使っていて良いのか? そなたらは王家……そしてゼロを抹殺しに来たのだろう?」
「!? な、何故それを……」
「そう難しいことではない。王家はもちろん、ゼロは今や我が国の象徴と言っても過言ではないのだ。その2つの主柱を失えば……我が国の士気がどうなるかなど火を見るより明らかであろう?」
開いた口が塞がらない、とはこのことなのだろう、と破天は思う。
こちらの動きが全て見透かされていた。
一体何故、と破天は混乱を極める頭をなんとか回して思案し——
「——【未来視】を持つ王家の仕業か……!!」
ギリッと歯噛みする破天に対し、ロウは少し見直したかのように唸った。
「ほう、答えに辿り着いたか。もう少し遅くなると思っていたが……まぁそう言うことだ。姫様はこの戦争が始まる前から予見していたのだ。だが、予見していることを敵側に知られるわけにはいかない。だから表向きは口を挟まず、内密に私を使った。流石、としか言いようのない采配だ」
老人心に嬉しそうな表情を浮かべるロウだったが、ふと思い出したかのように口を開く。
「もちろん、そなたが率いていたもう1つの部隊も対処されているぞ」
「っ!?」
破天は思わず『馬鹿なッッ!!?』と口を衝いて出そうになるものの、既のところで飲み込む。
(いや、オレはまだしも向こうが対処されるなんざあり得ねぇ。向こうは陛下によって強化された猛者ばかりだ。精鋭騎士もいねぇこの国に止められるわけがねぇ!)
平静を装って声を上げた。
「……ギャハハッ、それは無理な話だぜぇ。なんつってもよぉ——この国はもはやテメェ以外に碌な戦力がいねぇんだからなぁ!!」
瞬間——破天の身体から溢れ出すように漆黒の魔力が立ち昇る。
同時に拳に装着されていたガントレットが腕全体を覆い、バチバチと真っ黒な火花を散らす中、破天は獰猛な笑みを浮かべた。
「……テメェはオレを怒らせた。前時代の死に損ないはそろそろ舞台から降りる時間だぜぇ?」
そんな破天を前に、ロウは小さく笑みを零す。
まるで心配ないと言わんばかりのロウの態度に破天が怒号を上げた。
「何がおかしい!? 遂に頭がおかしくなっちまったのかテメェ!!」
「フッ、確かに私は前時代の死に損ないだ。この舞台に相応しくないのも重々承知している。……だが、そなたは分かっていないな。——あまり、男の友情を舐めぬ方が良いぞ」
刹那——ロウの全身から猛るように空色のオーラが噴き出す。
ロウが使ったのは、【極限強化・最高出力】。
破天の言う通り、ロウは老化と過去に負った魂の傷によって、既に【身体進化】は使えなくなっていた。
そして全盛期の力を出せないロウには、破天を足止め出来たとしても倒すほどの力はなかった。
では、なぜ此処に配置されたのか。
(——我が国の若人達が奮闘しているのだ。私が動かずしてどうするッッ!!)
それと——もう1つ。
ロウは力の限りに大剣の柄を握り締め、切っ先を破天に向けて言い放った。
「——ゼロは、必ず戻ってくる。奴は、私を越える強者なのだからな」
自らの足に力を篭め、不快げに顔を歪める破天へと肉薄した。
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近々書籍について色々と報告出来るかもしれませんので、もう少しお待ち下さい。
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