【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第125話 私の本当の幸せは——。
マジで遅れてすみません。
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——何も見えない。
今戦況がどうなっているのか。
ゼロが私の目の前にいるのか。
敵が私の目の前にいるのか。
目を閉じるのとは訳が違う。
光が一切入って来ず、また瞼を開いても何も映らない異質さに恐怖すら感じる。
そんな私に追い討ちを掛けるように、何も映さない酷使した瞳は酷い痛みを伴って私の精神力を削いでいく。
元々目が見えなかったわけではない私には、視覚以外での空間把握能力は皆無と言っても良い。
まるでゼロの追憶で体験した、光源の一切存在しない深淵の森の中にいるみたいに右も左も分からなかった。
でも、悔いはない。
覚悟なら——あの日決めたのだから。
『——ケケケッ、未来視の女ァ……オレと手ェ組まねェか?』
教皇との戦いが終わると共に眠りに着いたゼロが目を覚ます数日前のことだ。
いつものように眠るゼロの傍らで彼の手を握っている私の頭に、突然そんな声が響いてきた。
『あァ……パスを繋げるまで長かった、誤算だったぜェ……。完全にこの国の王族の固有能力として変化しちまってたテメェの【未来視】と、オレが食らった女神の力を結び付けるのがこんなに難しいなんてよォ』
「……誰?」
『あァん? なんだテメェ、オレを知らねェのか? ……あァ、テメェは前線に立ってねェから知らないのも無理はねェか』
私の質問に答えることなく、一人で勝手に納得を示す謎の声。
だが、別に良かった。
大体の予想はついていたから。
「……ゼロの、悪魔」
『ケケケッ、正解だ。あの馬鹿と違って随分と頭は回るらしいなァ。オレの名はスラング、ゼロと契約した悪魔様だぜェ』
それを聞いた瞬間——私は居ても立っても居られなくなった。
「っ、ゼロは、目を覚ますの……!?」
『おいおい落ち着けよ女ァ。テメェだけにはちゃんと説明してやっからよォ』
その言葉を皮切りにつらつらと悪魔から説明されることは、悪魔の軽快な口調とは裏腹に、私の認識を超えていた。
——ゼロは転生者である。
——数日後に目覚めるゼロは元の身体の持ち主の方である。
——元の身体の持ち主であるこの世界のゼロは記憶喪失中である。
——元のゼロを取り戻すには、元の身体の持ち主にゼロではないと自覚させる。
——双方了承済みであり、数年は掛かると予測している。
その真実を聞いた時、私は何を思うよりも先に思い出したことがあった。
『——興味ないね』
『——誰だって隠したいモノはあるのよ。それを相手が嫌がっているのに、わざわざ聞きたいと思うほど性根は腐ってないね』
あの時、私を罵るアルベルトに彼が言い放った言葉。
確かに私の秘密など興味はなかったのだろう。
でもそれ以上に、彼は私と同じで自分の秘密を知られたくなかったのだ。
——ただ一人、この世界に異物として存在していることを。
きっとその認識は、私が、私達が何を言ったところで無意味なのだろうと思った。
無意味だと思うことが、酷く悲しく、悔しかった。
それを自覚した瞬間——私の心は決まった。
「……何を、すれば良い?」
『ケケケッ、話が早くて助かるぜェ。あの馬鹿ならもう何回かやり取りがあるだろうからなァ』
「ん、同意。ゼロは、ヘタレ」
だって、誘い待ちどころか誘っていた私達に手を出さなかったし。
なんてゼロが聞いてないことを良いことに好き勝手言うのも程々に、私は悪魔に尋ねた。
「……たぶん、貴方の狙いは、私の目。この目なら、ゼロを助けられる。違う?」
『いいや、完璧だ』
「……っ、なら、今すぐ——」
悪魔の声を聞き、私が急くように指示を仰ごうとして——。
『——だが、テメェの目はもう二度と未来を視ることは愚か、ゼロの顔すら見れないと思え』
それが代償だ、と悪魔は言った。
対して私は、何故、とは問わない。
だって、別に未来が視えなくても構わない。
だって、別に世界を見れなくても構わない。
だって、ゼロとまた軽口を叩けるのなら——。
——一生彼を見られなくても構わない。
「分かった、やる。ゼロが救えるなら、なんだってやる」
『…………この馬鹿はもっと他人の想いを自覚するべきだなァ。……まぁそんなこたァどうでもいい』
『じゃあ簡潔に説明するぞ——まず、オレとテメェの間で仮契約を結ぶ。代償は……まぁ特別になしでいい。そん次は、テメェにこの前オレが取り込んだ【運命の神々】の力のほぼ全てを譲渡する。元を辿ればテメェら王族の【未来視】は【運命の神々】の力の一部だ。身体が適合せず爆散、なんてのはねェだろうよ』
「……それから?」
何やら恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、そんなの今更なので無視して続きを急かせば。
『焦るんじゃねェっつってんだろ。……テメェは力の譲渡で過去と未来、そして運命に干渉できるようになるはずだ。だが、所詮人間。精々魂の繋がった者にしか出来ねェ。——そこで、オレとの契約の繋がりを使う。今のオレならテメェらの魂を繋ぐことも出来る』
「……あとは、ゼロの魂に過去を見せる? それで、気付く?」
そう述べる私に。
『ケケケッ、まぁそんな感じだ。だが……上手くいく確証はねェ。テメェの目だけ失って、ゼロが戻らねェってこともあり得る。——それでもやるか?』
「やる。少しでも、可能性があるなら」
『……どいつもこいつも覚悟が決まりすぎだろうが……』
それは仕方ない。
だって、好きな人がそうだから。
『まぁいい。じゃあ——始めるぞ』
「ん」
こうして私の——私達の計画がスタートした。
「——アシュエリ様……」
そして——私達の計画は、今この時、ゼロの目覚めによって『成功』という結果で終わった。
彼は……ゼロは私達の下に戻ってきた。
既に頭の中に響いていた悪魔の声も聞こえないし、彼と繋がっていた感覚もなくなっている。
見えないけど、私の良く知る彼の温もりを感じる。
温かくて。
優しくて。
愛しくて。
見えなくても——恋心が、本能が、全感覚が叫んでいる。
——今私の目の前にいる彼は、私の愛する人だと。
「……よかっ、た……ほんとうに……っ」
震えてままならない自分の言葉も気にならないほど……私は必死に手を伸ばし、手探りに彼を探す。
あぁ……今、私の顔はどうなっているだろう。
出来るなら、笑っていてほしい。
貴方の帰りは——笑顔でいようと決めたから。
貴方は涙が嫌いだと思うから。
でも、きっと……笑っていないだろう。
私は、みっともなく泣いているだろう。
私は——泣き虫だから。
貴方がいないと毎日が不安で、怖くて、恐ろしくて、苦しいから。
——そうだ。
私は——不安だったのだ。
私は——怖かったのだ。
私は——恐ろしかったのだ。
私は——苦しかったのだ。
貴方のいない——昨日が、今日が、明日が。
——貴方のいないこの世界が。
貴方がいてさえくれれば、私は幸せなのだ。
貴方がいてさえくれれば、他に何も要らない。
「……ゼロ……っ、ぜろ……っ」
「アシュエリ様、俺はここにいます」
虚空を掴む私の手が、ゆっくりと握られる。
そして、私の耳朶を彼の声が柔らかく揺らす。
「……本当に、ありがとうございます」
ああ、どうして敬語なんだ。
他の皆んなにはあんなに親しげに話しているのに。
……ズルい、ズルいズルい。
私にだって、みんなと同じように話してほしい。
こんなに頑張ったのだ。
それくらいの権利はあるはずだ。
「……敬語、やめて。二度と、しないで」
「……今は、二人きりじゃないですよ?」
「ん、もう必要ない。……だって——」
だって、私は——。
「私は——」
「——待って。それは、今じゃない」
…………えっ……?
少し強い口調で私の言葉を遮る彼の姿に、私は目を見開く。
……彼は、聞きたくないのだろうか……?
いや、彼は優しいから。
彼には心に決めた人がいるから。
だから、私の言葉は聞きたくないの……?
なんて諦めかけた私に、彼が言う。
「——アシュエリ、俺は貴女に見てもらいながら聞きたい」
瞬間、私の両目に彼の手が添えられ、そして——。
「目を閉じて。——【原初能力:再構築】」
突如、閉じた私の瞳が熱を持つ。
でも、痛みも不快感もない。
あるのは——彼の温もりだけ。
「さぁ、開けてみて」
少しして、彼が優しい声色で囁く。
そこに同情も悲観も一切ない。
——まさか。
まさかまさかまさか。
胸から溢れてきそうになる想いと共にゆっくりと瞼を開く私に。
「——俺、自分以外の犠牲って嫌いなんだよね」
色を、光を取り戻した世界に——彼の、ゼロの顔が映る。
いつかの時のような——屈託のない笑顔で。
…………あぁ……。
「どう? 驚いた? 魂が完全に一つになったから、不純物なし・純度百パーセントの【再構築】が使えるようになったんだ」
…………あぁ、ぁぁ……っ。
「それも、全部アシュエリのおかげだ。アシュエリが自らの危険も顧みず俺を助けてくれたおかげで……俺は今、貴女の目の前にいる」
それは違う。
違うのだ。
貴方が……ゼロが私の未来を照らしてくれたから、私がここにいるのだ。
貴方のおかげで私は生きているのだ。
だから——
「——ありがとう、アシュエリ。貴女は、俺の命の恩人だ」
…………貴方は、ズルい。
どうして、貴方はそんなことを言うんだ。
貴方は彼女のことが……エレスディアのことが好きなはずなのに。
私なんて、貴方が助けた人間の一人でしかないはずなのに
なのに、なんで。
なんで——今、私が一番欲しい言葉をくれるのだろう……?
「……ゼロ……っ!」
……分かっている。
今じゃないことくらい、分かっている。
でも、抑えられない。
私は——嘘を付こうとした。
でも、自分に嘘は付けなかった。
でも、貴方に嘘は付けなかった。
やっぱり、貴方がこの世界にいてくれるだけで幸せなんて、嘘だった。
私の。
私——アシュエリ・フォン・デュヴァル・アズベルト……いや、ただのアシュエリとしての本当の幸せは。
「————貴方が、ゼロが好き……っ! この世界の誰よりも、私は、ゼロが好き……っ!!」
——貴方と未来を誓う、ただ一つだけなのだから。
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