【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第126話 復活の一般兵士志望(三人称視点)
——黒装束の男、オルカは依然として困惑していた。
意識はつい先程まで寝たきりだった灰髪の青年——ゼロに向き、彼の一挙手一投足を見逃すまいと全てのリソースを割いて警戒する。
だが、もはやオルカの耳に、ゼロとアシュエリの話など聞こえていなかった。
——ゼロの恐ろしいまでに静かな気配が故に。
(……チッ、身体は動かない、ですか……どうする? どうすればこの状況を打破できるのです……!?)
オルカは自らの身体が恐怖で固まっていることに舌打ちをしながらも、必死にこの状況の打開策を模索する。
(不意打ち? ……いいえ、そんなのあのバケモノには一切意味がない! では正面突破? ……無理ですね、死ぬ未来しか見えません。……ならば——ッ!!)
やはりこれしかない、とオルカは鬼気迫る表情で皇帝より授かった奇跡の力の宿った右手を眺め……ゆっくりと手袋を外した。
黒い手袋に覆い隠されていた素肌は、既に皇帝から授かった力により黒く変色し、感覚があるが故に酷い痛みに苛まれていた。
(この力があれば……この——【権能奪取】であのバケモノの力を奪えれば……私の任務は完了する……!!)
しかし、奪取したところでオルカは死ぬことを悟っていた。
自らがどれだけ足掻こうと——目の前のゼロは倒せないと。
だが、オルカは知っていた。
(——あの方の命を果たせず滅されるより、まだこのバケモノに殺される方が遥かにマシだ……!!)
それほどまでにオルカの中で——いや全帝国民にとって、皇帝という存在は畏敬され、畏怖される存在であった。
特に帝国暗部の首として皇帝に長年付き従ってきたオルカにはそれが顕著だった。
オルカは冷や汗が背筋を伝う感覚に顔を顰めながらも、生唾を飲み込む。
全身の震えは収まらないものの……それを遥かに超える恐怖によって身体の硬直は解けた今——オルカの中で覚悟が決まる。
「——ッッ!!」
刹那の内に膨大で緻密な魔力操作により全身を淀みなく強化。
瞬きの間に自分とゼロとの距離を失くし、声も、音も、気配すらも消して——黒く染まった右手をゼロに伸ばす。
——あと数十センチ。ゼロは、動かない。
——あと十数センチ。ゼロは、動かない。
——あと数センチ。ゼロは——
——まるで最初からいなかったかのように掻き消えた。
「——なぁっ!?」
完全な死角からの一撃を避けられ、自らの右手が空を切ったことにオルカは驚愕に目を見開き、声を漏らす。
しかし長年暗部で働いていただけあり、直ぐに索敵に意識を切り替え——背後で空気の揺れを感じて振り返れば。
「いきなりでごめんな? 大丈夫か?」
「……ん、大丈夫。ずっと、このままで良い」
「それはまた終わったあとでな。……いや、ちゃんとやるよ? やるからそんな『嘘だ。絶対やらないでしょ』みたいな目はやめて!?」
アシュエリを優しく横抱きしたゼロの姿があった。
彼らの雰囲気は先程と全く変わらず……まるでオルカが路傍の石であるかのように意識すらされていなかった。
「い、今、何が——」
「や、何って言われても……。ただ避けただけ、としか……」
「っ!? くっ……!!」
オルカの困惑から零れた言葉に、アシュエリをお姫様抱っこしたままのゼロが困ったように苦笑する。
当然、いきなり意識を向けられたオルカは全細胞が発する警鐘に従ってさらに距離を取った。
そんな彼に、ゼロはいつも通りの気の抜けた声色で言う。
「ま、ちょっと待っててくれよ。アンタの前に、幾つかやることがあるんだ」
「や、やること、ですか……?」
なんとか絞り出したオルカの言葉に返事をするかの如く、ゼロは彼に背を向けてある場所——ピクリとも動かないフェイの遺体へと歩を進めた。
オルカは——動かない。
いや、ゼロから発せられる圧倒的な圧によって動くことが出来ず、ただ彼の行動を指を咥えて見ていることしか選択肢がなかった。
そんなオルカを他所に、ゼロはフェイの遺体の前でゆっくり屈み、ポツリと零す。
「全く……無茶しすぎなんだよ」
「…………」
「はいはい分かってるよ、『お前が言うな』だろ?」
「ん。……彼は、頑張ってくれた。凄かった」
アシュエリが悲しげな面持ちで言えば、ゼロが自分のことのように誇らしげに頷いた。
「そりゃそうだ、なんてったって俺の親友だからな!」
「……治せる?」
「そりゃもちろん」
二人のやり取りに——オルカは己の耳を疑った。
(治せる……? あの青年は既に事切れているのですよ……!? 仮に、もしそんな御業が出来るのなら——皇帝陛下に比肩する存在だとでも言うのですか……っ!?)
なんて内心驚愕を隠せないオルカだったが——次の瞬間、今度は自らの目を疑うことになる。
「【原初能力:再構築】」
ゼロの穏やかな声色から紡がれる言葉と共にフェイの遺体が輝きを帯び……。
「——おはよう、フェイ」
「………………なんて言えばいいのか、分かんねぇな……」
死んでいたはずのフェイの瞼がゆっくりと開き、彼自身自分でも分からないといった様子で言った。
ゼロは緩慢な動きで起き上がるフェイを介護しつつ、ニッと笑みを浮かべる。
「それなら、素直に喜んで、俺を罵るといい」
「…………すまん。それと、ありがとう」
「罵らなくていいのか? 今なら言い放題だぞ」
「……また、馬鹿騒ぎしようぜ」
フェイが力なく頬を緩めると、ゼロは嬉しそうに頷いた。
「りょーかい。……それで、いきなりで悪いんだが——フェイ、動けるか? 動けるならアシュエリとザーグを頼みたい。ザーグは気絶してるだけだから、その内意識を取り戻すはずだ」
「人使いの荒い奴め……俺は生き返ったばっかだぞ。……まぁでも、あいよ。……あとでちゃんとザーグとも話せよ」
「当然。じゃあ頼んだ」
ゼロはそれだけ言うと……目の前の光景が信じられないと言わんばかりに唖然としたオルカに向き直る。
瞬間——ゼロの全身から灰色のオーラが轟々と迸る。
膨大で圧倒されるほどのそれらは不規則に揺らぎ揺らめき、それでいて決してゼロの身を離れない。
灰色の髪はオーラによって生み出された風に靡き、灰色の双眸がオルカを射抜く。
「……アンタが、俺の大切な人と親友達をこんな目に遭わせたのか?」
「……バケモノ……ッ!!」
「あれ、言葉通じてる? 俺はさ、この惨劇はアンタがやったのか、って聞いてんだけど……答えてくんない?」
ゼロがコテンと首を傾げ、流し目にオルカを見つめる。
それだけでオルカの全細胞が警鐘を鳴らし、今直ぐこの場から離れたい衝動に駆られてしまう。
(なんなんだ……なんなんだこのバケモノは……ッッ!! こんなの……こんなの私にどうこう出来る相手ではない……!! なんとか、なんとか奴の権能だけは奪わなくては……!!)
それにはまず時間稼ぎが必須、と考えたオルカは全身の恐怖を必死に抑え込みながら、平静を装って尋ねる。
「……答えるのもやぶさかではありませんが……一つ良いでしょうか?」
「……まぁ、一応聞いてやるよ」
ゼロは一瞬の沈黙ののち宣う。
そんな彼の様子にオルカは微かに見え始めた希望を抱きつつ、口を開く。
「貴方は、一体、何者なのですか……?」
「そんなの、もう知ってんじゃねーの? 俺はゼロ——」
「——ただの一般兵士志望だよ」
これで十分か、とゼロが問えば、オルカはこれ以上の引き伸ばしは不可能と判断して慎重に言葉を重ねる。
「……ええ、良く分かりました。そして先程の回答ですが——そうだ、と言ったらどうするのですか?」
その返しに対して、ゼロは顔色一つ変えることなく——淡々と告げた。
「——再構築も出来ないくらい、完全に消滅させてやるよ」
刹那——ゼロの姿が掻き消えた。
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