【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第46話 その頃恋する乙女達は(最初セラside、途中からアシュエリside)
真剣な話は疲れるのよ。
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「———はははははははっ! クソやべぇ状況だなおい!」
「あ、貴方は……私を差し出していればこんなことには……」
「んなことするかってんだ。俺はお前と話すために死んでも戦ったんだぞ!」
私を抱いて戦場を駆け抜ける彼———ゼロは、絶体絶命のピンチだというのに楽しそうに笑っている。
そんな私達の後ろには……。
「…………」
終始無言を貫きつつ、漆黒のオーラで身体を装飾した銀髪の女性———カエラム騎士団長が迫っていた。
しかし、何か変だ。
言っては悪いが……彼を捕まえることなど、彼女にとっては朝飯前のはず。
さらに言えば、彼は私というお荷物を抱えている。
それなのに何故か、この数分間の間……私達と彼女とは一定の間隔が保てていた。
「……どうして……」
こんな状況に私が理解できないとばかりに眉間に皺を寄せていると。
「まぁちょっと見てなって」
何故か先程の様に叫ぶわけでもなく、落ち着いた声色で彼は言った。
その表情はどこか信頼を孕んでおり……それが誰に向けられているのかなど、一目瞭然だ。
彼が、駆け抜けながら辺りに視線を巡らせて頷くと。
「……ここらで良いかな」
戦場からも、両方の本陣からも離れた鬱蒼と繁る森の前で立ち止まる。
同時に、全身に纏っていた白銀のオーラを霧散させると。
「———皆んなの前ではパワハラ上司を演じて俺を逃げ出させて、わざとらしく俺をここに誘導したり……ホント、団長も損な人ですね」
同じく漆黒のオーラを霧散させて立ち止まったカエラム騎士団長に、呆れた様子でそんなことを言い出した。
そんな彼の言葉に、腕を組んだ銀髪の美女が憮然とした表情で鼻を鳴らした。
「……フンッ、私は元々傍若無人な人間だ。別に演じてなどいない」
「それにしては問答無用で動かなかったし、何か言ってることに纏まりがなかったけどなぁ……」
ニヤニヤと、揶揄うような笑みを浮かべてカエラム騎士団長を見つめる彼。
傍から見れば先程のやり取りは普通に見えたが……どうやら図星らしく、カエラム騎士団長は頬を朱色に染めてキッと彼を睨む。
今までとは違い、恐ろしさは1ミリもなかった。
「う、五月蝿いっ! 貴様、本当に捕らえてやろうか!?」
「是非ともご遠慮願いたいですね。団長がガチになったら俺なんて秒っすよ?」
「ならとっとと消えろ、この減らず口の我儘団員が! あまり長居していれば、私の部下がやって来るだろう。バレたら私でも完全な口止めは出来ん」
「え、全部纏めて『喋ったら殺す』とでも言えばいいじゃないですか。団長が言ったならきっと皆んな守りますよ?」
「……本当に死にたいのか……?」
揶揄い過ぎたらしく、彼女の身体から薄っすら現れた漆黒のオーラが揺らめく。
その様子に、彼は慌てて取り繕うように口を開いた。
「い、いや冗談ですって! マジでごめんなさい、ちょっと調子乗っててお巫山戯が過ぎました! はい、直ぐに逃げますね!?」
「分かったならとっとと行け……」
そう言ってゼーハーゼーハーと荒く息を吐いては吸うカエラム騎士団長だったが、1度深呼吸して呼吸を整え、一変して真剣な表情で彼を見据えると。
「———絶対帰ってくるんだぞ。お前を待っている人間がそれなりにいることを……決して忘れるな」
何て言ったのち、『も、もちろん私もな……』と顔を赤くしつつ、目を逸らしながら小さく零すカエラム騎士団長。
そんな彼女の様子に、彼は目を丸くして何度か瞬きをすると。
「———やっぱ団長は、そっちの方がモテると思いますよ」
口説き文句にしか聞こえない言葉を宣いつつ、嬉しそうに笑みを浮かべる。
カエラム騎士団長は、彼の言葉に一瞬驚いたように目を見開くと。
「……私は帰る」
照れ隠しのようにスッと目を逸らしてその場から消え去った。
その速度と言ったら……如何に手加減して追いかけて来ていたのかが良く分かる程に速かった。
「いやぁ……やっぱりあの人はバケモンだな。魔法を発動した時は死ぬかと思った」
「な、なら何故揶揄うのですか……?」
困惑を極める私の質問に、彼は何てこと無い風に言った。
「そりゃあ楽しいからな。あの人、いいリアクションしてくれるんだよ。もしもの時はアルフレート副団長に泣き付けばなんとかなるし……ってそろそろ行くか」
彼は再び全身に白銀のオーラを纏う。
そのオーラはとても暖かかった。
「取り敢えず街に行こうぜ。案内は頼んだ」
「……分かりました。それと……貴方を皆んなが馬鹿と言う理由が、ちょっと分かった気がします」
「それは分からなくてもいいからね? てか否定できないけど否定させて?」
優しげな表情で頼ってくる彼が私の言葉に表情を一変させ、どこか不貞腐れたような様子を見せたかと思えば……。
「ほら、行きましょう? この先を真っ直ぐです」
「ちょっと待って、スルーしないで!?」
ワタワタしつつも私が指示した方に歩みを進める彼の姿に、私はクスッと笑みを浮かべるのだった。
「———カエラム・ソード・セレゲバンズ、ただ今戻りました。そして報告ですが……貴女様の言った通り、彼は『殲滅の魔女』を連れて逃げました」
「……ん、分かった」
私———アシュエリ・フォン・デュヴァル・アズベルトは、戻ってきた団長の言葉を聞いてホッと安堵の息を吐くと共に背もたれに身体を預けた。
今回の戦いは、ゼロが『殲滅の魔女』に勝ったことで我が国が勝利した。
やはり敵国にとって『殲滅の魔女』は切り札で兵士達の心の支えだったのだろう。
それが負けた……それも脱走兵となったのだから士気がだだ下がりするのは目に見えている。
「……ありがとう。もう戻っていい」
「…………はっ」
何か言いたげな間を開けながらも私の言葉に従い団長が天幕から出ていくと。
「……アイツ、勝ったのね……そう」
私の後ろで控えていた私の護衛で、天才騎士で、私の恋敵でもあるエレスディアが安堵にずっと強張っていた表情の険を取って胸を撫で下ろした。
やはり信頼していても心配なものは心配なようだ。
かく言う私も心配で気が気じゃなかったのだが。
そう———彼を前線に送ったのは私だ。
昨日の夜、エレスディアと団長、副団長にのみ知らせた未来のこと。
彼が前線で『殲滅の魔女』と呼ばれた少女と戦い、そして彼女と共に……。
「……むかつく」
この言葉がお門違いであることくらい承知済みだ。
エレスディアが言うならまだしも、これは自分が全部仕組んだことで、私達の国が勝つためにはこれしか方法がなかったのは理解している。
でも……感情は別だ。
自分の好きな人が、別の女とふたりきりでいる。
それだけで言い様のない不安と焦燥感がこの胸を焦がすのだ。
しかも相手はとびっきりの美少女ときた。
あの美少女に弱いゼロのことだ、彼女に迫られたら絶対に断らないだろう。
今までは押せばいけるならラッキーだと思っていたが……自分の近くにいないと不安の種でしか無い。
それは私よりも彼と長く居るエレスディアも同じなようで……。
「……アシュエリ様、貴女の未来視ではゼロは戻って来るのよね? 『俺、セラと関係持ったから公国行くわ!』なんて言わないわよね?」
少しソワソワと落ち着かない様子で、真紅の瞳に僅かな焦燥の色を宿しながら問い掛けてくる。
意外と彼が言いそうな言葉を添えるという要らないおまけ付きで。
「……なきにしも、あらず。私の未来視は、完璧じゃない。一応、今の所は戻って来るようにはなってる」
「…………そう」
そう短く言葉を返し、難しい顔をして黙り込んだ。
しかし指が短いスパンでトントンと机を叩いており……一応は納得してくれたようだが、私と同じで不安は拭えないらしい。
もちろん、彼から何かを無理やり迫ることはないと、私もエレスディアも分かっている。
彼は優しいし何よりヘタレなので、自分から行動を起こせない。
でもあの女誑しの鈍感ゼロのことだ。
どうせあの女も誑かしてその心を完全に奪ってしまうのだろう。
———私達のように。
「……そもそも、あの馬鹿は釣った魚に餌を与えなさ過ぎるのよ。まぁそんな奴にまんまと釣られた私達も悪いのだけど」
完全にオフモードに移行したらしいエレスディアが机に頬杖を付くと、大きなため息と共に不貞腐れた様に口を尖らせた。
彼女の真紅の瞳に憂いが帯び、さらっと綺麗な真紅の髪が机に垂れる。
エレスディア・フォン・ドンナート。
私は立場柄見目麗しい女性をたくさん見てきたが……その中でも1、2を争うほどの絶世の美少女。
ちょっと色目を使えばこの世の殆どの男を落とせそうな容姿を持つ美少女が、たった1人の男を想って悩ましげなため息を吐いているのだ。
更に自分で言うのもなんだが、彼女と同じくらい容姿が整っている私も絶賛彼女と同じ状態に陥っている。
中々お目にかかれない光景だろう。
そして、かくいう私も彼女の言葉には大いに賛成である。
如何せん彼は朴念仁過ぎる。
私達が勝手に好きになっただけだろうと言われれば何も言えないが……逆に全女性に聞きたい。
———一緒に居て楽しくて、不思議と落ち着く男の子。
———絶望感に苛まれる中、手を差し伸べてくれる男の子。
———欲しい言葉をくれて、その言葉を自らの命を賭けてでも成し遂げる男の子。
———もう無いと思っていた命を助けてくれるだけでなく、大切なモノまで護ってくれる男の子。
もしそんな男の子が現れたら———果たして好きにならない人がいるだろうか?
しかも私やエレスディアは王族と貴族だ。
貴族令嬢達は恋愛など半ば諦め、夢物語に過ぎないと覚悟を決めている者が殆どである。
結婚も親同士の野心や家のためという愛のない政略結婚で、恋人がいようがいまいが強制的に一生を捧げなければならなくなる。
そんな私達の前に、何のしがらみもなく、あまつさえ国王に気に入られている男の子が現れたら———私は無理だと思う。
しかもこれがまだ物凄くブサイクなら……恩義は感じても好きになるかは分からないが、たちの悪いことに———ゼロは普通に顔は整っているのだ。
誰に訊いても、別にブサイクなどとは言われないだろう。
彼の言葉を借りて言えば『中の上から上の下』くらいの見た目だ。
更に、騎士ということで物凄くムキムキというわけではないが、筋肉質な身体付きをしている。
彼の上半身を1度見たことあるが……普通に意識が飛びそうだった。
———まぁ何が言いたいかと言うと……ゼロは釣った魚に餌を与えなさ過ぎるということに行き着く。
「……帰ってきたら、全力で甘える」
「えっ!? な、なら私だってあ、あの馬鹿と……」
お互いに彼との未来のことを思い浮かべて……頬を染めるのだった。
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