【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第71話 ゼロの過去②
『———どうだった、私の戦い振りは?』
『……1つも見えてねぇよ』
『ふふっ、そりゃあそうだろうね。もし少年が見えていたら、私はショックで1週間は寝込んでた自信がある』
『……なら聞くな』
『確認だ、確認』
そう言って楽しそうに破顔させる美少女。
そんな彼女に呆れを孕んだ視線を送りつつ、脱出を諦めたことで胸に抱かれて宙ぶらりんになっている俺はぶすっとした表情を浮かべていた。
どうやら少し目を離せば俺が逃げると悟ったらしいこの騎士は———カーラと名乗り、街に戻ってからも俺を離さなかった。
故に街を守る騎士はもちろん、街の誰もが暴君と言っても差し支えない俺が大人しく胸の中に収まっている姿を見た時の目ん玉が飛び出そうなほどの驚きっぷりは———今でも容易に思い出せるほどに衝撃的だった。
しかし街の者達も俺同様に俺の姿が衝撃的だったのだろう。
誰もが暴れ馬より荒れ狂っていた恐怖の象徴みたいな俺が忠犬のように大人しい様子を見て、頻りにカーラを褒め称えた。
その結果———僅か数時間もせずに街はカーラを褒め称える声で一杯になった。
皆んなが口々にカーラを称賛し、俺に侮蔑の視線を向ける。
彼女が俺の手綱を握ってくれると安堵すると同時に、反撃されないとでも思ったのか、彼等は俺への今までの怒りが再燃させた。
もちろん今になって言えば、彼等の気持ちも分かる。
彼等は俺に理不尽な搾取を受けてきたのだ。
そんな元凶を卸せる者が現れたと分かれば、今まで必死に我慢して溜め込んだ怒りを爆発させるのも当然だろう。
そうして膨れ上がった憤怒は———その日の夜に爆発した。
俺にボコられ、限界まで金を略奪されてきたゴロツキや素行の悪い冒険者。
公道で血祭りパーティーを繰り広げる俺によって被害を被った町民達。
俺の来店によって売り上げを右肩下がりに落とされた店の店主達。
心の内に憎悪を溜め込んだ合わせて何十にも登る者達が、真夜中とも呼べる時間帯に俺の家に押し寄せてきたのだ。
カーラと別れて1人家に戻っていた俺は、『ドガンッ!』という音に飛び起きた。
そして急いで外に飛び出し———袋叩きに遭った。
流石の俺でも、何十もの大人達には勝てなかった。
反撃できないように何人がかりで押さえ込まえれ、殴られ、蹴られ、罵詈雑言を浴びせる。
お前のせいで。
お前のせいで。
お前のせいで。
お前のせいで。
お前のせいで。
誰もが俺を殴る時にそう言った。
言葉の端々に怒りを孕ませて口汚く罵った。
しかし俺は、全ての攻撃と言葉を受けてなお———感情はピンと張った糸のように一切揺らがない。
彼等の言葉は一切心に響かなかった。
既に感情の殆どを欠如させていた俺は、彼等の言葉に何とも思わなかった。
怒りも。
憎悪も。
痛みも。
苦しみも。
悲しみも。
ただいつ終わるのかなぁ……何て考えていたその時。
『———何をしているんだ?』
声がした。
別に大声だったわけじゃない。
俺を殴る彼等が放つ罵詈雑言に比べれば、本当に小さな声だった。
しかし———その声はその場の全ての動きを奪った。
そして、しんと静まり返った中にカツカツと地面を叩く音が聞こえたかと思えば。
『———少年、何があった?』
俺の眼の前でしゃがんだカーラが瞳に心配と安堵の感情を浮かべつつ、酷く優しくて温かみの孕んだ声色でそう言いながら、血に濡れた俺の顔をハンカチで拭おうと手を伸ばす。
ただ、俺はそれを拒否して。
『……必要ねぇ。もう俺に構うな。迷惑なんだよ』
そう言って彼女の言葉を聞くこと無く家に戻った。
これで俺と彼女の関係も切れる、完全に拒絶したと思っていた。
———住民にボコられてから3日が経つまでは。
3日後の朝、俺が眠りから覚めて1階に降りると———何処から持ってきたのか分からない紅茶の入ったティーカップに口を付けるカーラの姿があった。
この時は本気で驚きすぎて声も出なかったのを憶えている。
カーラは驚きで固まる俺を見つけると、ティーカップから口を離して微笑んだ。
『おはよう、少年。今日から数ヶ月、ここに住まわせて貰うぞ』
『…………は? お前、俺がこの前言ったこと……』
———分からなかった。
騎士がこんな屑の相手をする意味が。
お先真っ暗と言っても過言ではない最下層の人間である俺と関わる理由が。
きっとこの時の俺は相当酷い顔をしていただろう。
しかし、彼女はそんな俺の様子に一切気分を害した姿を見せず、クスクスと悪戯が成功したかのような笑みを浮かべた。
『憶えているさ、もちろんな。だが……ここ数日で私に当てられるはずだった数ヶ月分の依頼を全てやり終えたんだ。だから……暇なんだ』
『……知らねぇよ。早く出て行け』
そう言いつつも、俺は心の何処かでこの家に自分以外の誰かがいることに———ほんの僅かながら懐かしさを憶えていた。
だからか、カーラの押しに負け、数ヶ月の同居を余儀なくされることとなった。
そうすれば当たり前だが———彼女も俺の愚行に気付く。
全てがバレた時、俺と彼女の同居生活は終わると思った。
きっと彼女も愛想を尽かして何処かに行くと思っていた。
しかし———。
『———馬鹿だな、君は。とんでもない大馬鹿者だ。犯罪はしたらいけないから犯罪と言うんだ。だが———必死に生きようとするその姿勢は嫌いじゃない。ただ君はやり方を間違えただけだ』
そう言って俺の額にデコピンをしたのち———これまで1人で良く頑張ったな、と頭をガシガシと撫でるだけで、愛想を尽かすことはなかった。
どころか精鋭騎士という立場を使って、俺をまともな店で働けるように取り計らってくれた。
『———ゼロ、君はこれから様々な恨み言を言われるだろう。だが……それは君の自業自得だ、甘んじて受け入れろ。ただし……言われたことは私に全部伝えろ。理不尽だと思ったら、私が言った奴を突き止めてぶん殴ってやる』
その言葉があったからこそ———俺は騎士団修練施設に行くまでの間に、周りとの関係をある程度改善できたのだと思う。
この言葉がなければ。
彼女と出会っていなければ。
———絶対に今のゼロはいなかった。
ただ、感謝する一方で、一緒に生活するようになって分かったが———カーラは年上とは思えないほどに生活能力が皆無だった。
良く今まで生きてこれたな、と思ってしまうくらいに。
例えば……。
『……おい、洗濯物は脱ぐ散らかすなと何回言えば分かるんだ?』
『別に良いじゃないか。何なら嗅いでも良いぞ?』
『……っ、誰がするかっ!』
とか。
『……この黒い粉は一体何か聞いても良いか?』
『……パンケーキ』
『今後キッチンには出禁だからな? 良いか、絶対に俺がいる時以外は入るなよ?』
とか。
『ゼロ、掃除をしておいてやったぞ』
『何を威張っているのか知らねぇけど……余計汚くなってんじゃねぇか』
『フフッ———悪かった』
正しく今とは真逆な関係性だった。
だらしなくて頼りなく、偶に大胆な行動に出るカーラを俺が文句を言いながら世話を焼く。
しかし彼女は———どれだけ俺が口悪く言おうと、無愛想にしようと、常に笑みを絶やさなかった。
俺も、そんな彼女に少なからず好感を抱いていた。
そして。
『———ゼロ、苦しいなら苦しいと言えば良いんだ。甘えたいなら、甘えても良いんだ。まだ小さい君が1人で何でも自己完結させようとしなくても良い。君は、人に頼るというものを知った方が良い。こうして、私がここにいるんだから』
時折そんな言葉と共に———大人っぽい艶やかな笑みを浮かべるのだ。
その普段とのギャップが凄くて、彼女の綺麗な瞳に思わず吸い込まれてしまいそうになるのだ。
『……普段のアンタの様にか?』
『ふふっ、上手いことを言うじゃないか。だが、これでも頼りになるぞ?』
『寝言は寝て言え』
随分と棘のある返しだが……カーラも俺が徐々に感情を取り戻していることに気付いているのか、嬉しそうに微笑んでいた。
そんな彼女に間違いなく助けてもらっていて。
いつしか心に開いた穴も埋まっていて。
真っ当に生きる道を与えてくれて。
でも同時に———この生活のタイムリミットも着々とやって来ていて。
そして彼女との同居生活の最終日。
その日は最後ということで2人で街に出ていた。
この頃は一切俺が暴れなくなったことで、僅かにだが……俺を見る住民達の視線が変わっていた。
職場の人達も、軽くだが声を掛けてくれるようになっていたりもしていた。
俺自身も大分立ち直り、心身共に安定していた。
死にたいと思うことも無くなっていた。
だから———カーラに何かお礼がしたかった。
そんな折だ。
カーラがたまたま街に来ていた写真屋を見つけて、写真が撮りたいと言いだしたのは。
この世界の写真は前世とは違って物凄く高価な代物だ。
それこそ平民の数ヶ月分の給料でやっと1枚撮れるか撮れないかくらいの値段。
だが、今まで彼女にしてもらったことを考えれば———この程度安いものだった。
『……金は俺が払う』
『む? 物凄く高いし私にはお金があるが……?』
『それでも簡単に払える値段じゃねーだろ。俺が気が変わらない内に決めないと後悔するぞ』
本当に最後の最後まで可愛げのない奴だ。
しかしカーラは気にした様子もなく嬉しそうに笑うと。
『———ありがとう、ゼロ。君に出会えて……一緒に過ごせて本当に良かった』
俺達に向けられた魔導カメラの前で、小さく囁くのだった。
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ヤバい、昔の団長ヒロインし過ぎでは??
それと、極力返すので応援コメントやハートお願いします!
物凄くやる気が出ます。
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